風船に願いを
解決策は見つからないのに時間と言葉ばかりが無駄に経つ。焦りか、風船をつなぐ紐を指先でねじるしぐさが多くみられるようになった。
「その風船はどんな夢に変わるの?」
好奇心からか、会話を途絶えさせないためか、こんな質問がこぼれ落ちた。白いワンピースの裾を引っ張りながら、彼女は答える。
「この赤い方は誰かの願いをかなえるために飛ばされたから、人の願いをかなえるために使う。紫は分からない。何も見えないけど、その分夢がつぎ込めると思う」
ユメワタシの仕事は風船と夢や願いを叶える対価を持った者が揃えば、成せるのだという。
そうだ、その手がある。思わず少女のほうへ身を乗り出すと、少し驚いた顔をされた。だけどきっと、次に放つ言葉のほうが威力は強い。
「ユメワタシが自分の願いを叶えられないなら、僕が代わりに望めばいい。君を、君がもといた場所に帰す。これを叶えて欲しい」
「――君は、頭がいい」
驚きののちに、たくらみを含んだ笑みを彼女は浮かべた。そして赤の風船を僕に差し出す。
「この風船に願いを。私があちらに戻ったら、その願いを叶える。そうすれば、戻れたことがわかるでしょう? それに、対価なら十分だ。おいしいおにぎりとこれをありがとう」
若草色のマフラーが朔風にたなびく。
「分かった」
僕の願いはふたつ。ひとつに絞り、愛しいものを抱きしめるように、風船をとり、彼女に返した。片方の願いは、自分で行動を起こせば必ず叶う。自信があった。
「ねぇ、もうひとつだけ、願ってもいいかな」
冬の風が肌に突き刺さる。彼女が今すぐ帰ってしまいそうで、咄嗟に握った手は雪のように冷たかった。
「僕を忘れないで、君といた時間が楽しかった。忘れられない思い出になった。忘れないで欲しい、身勝手かも知れないけれど」
音を轟かせる烈風に思わず目を瞑ったから、僕は彼女の表情を見ることが出来ず、彼女の残した言葉を聞くことも叶わなかった。
ただ目を開けた時には、何も掴んでいないこの手と、街に沈む夕日が映るだけだった。