海
ユメワタシは人と変わらない見た目はもちろんのこと、睡眠を取るようだ。帰宅した僕は翌朝目覚めてからすぐに家を飛び出し、ベンチで過ごすといった彼女へ会いに土曜の朝を自転車で漕ぎ出す。
辿りついた丘のベンチには早起きの老夫婦が座り、昨日と同じ端のベンチに彼女は腰掛けていた。夢ではなかったと安堵する。
おはようと声をかける。自転車のかごに積んだ二つの袋を持ち、隣に座った。
「食べる?」
コンビニで買ったパンやおにぎりを袋から取り出す。そしてもう一つの袋からは若草色のマフラーだ。彼女の春先のような格好は見ているだけで寒くなる。
「食べ物は摂取しなくても生きていける。ただ、人があまりにも美味しそうに食べるから、娯楽品として食べることはある。これは?」
「おにぎり。日本人の主食のお米だよ。こっちはマフラー。お下がりだけど、使って。今の季節、その服だけじゃ僕らには寒いんだ。見てるだけでもね」
「風が肌に触れるのは分かるけれど、寒いとかはないよ。でも、ありがとう」
それでも首に巻いてやることにした。彼女はにっこりと笑って――それは初めて見た笑顔だった――シャケのおにぎりをほおばり始めた。僕はその間に彼女を帰す方法を考える。
こことは違う世界に帰すには、ここにどうやって来たかを知るしかない。だが彼女はその過程を知らないらしい。風船を追いかけ、捕まえた先で海を眺めていたら、いつの間にかあの場所にいたのだと言った。
「この町は広い、私たちの世界の海よりも」
年々涸れていく海のことを少女はぽつぽつと話した。にぎわう海の姿を見てみたいなと、寂しそうに呟く。
依然、僕には帰り方の名案が思い浮かばず、ベンチにとどまっているくらいならと街に繰り出すことを誘えば、彼女は首を横に振るばかりだった。