おとぎ話との出会い
赤と紫の風船がゆらゆらと風に揺れる。それを握った少女の長い髪も、風にさらわれさらさらとなびいていた。
クリスマスムードへと染め上がっていく町、忙しなく進む人々、路地裏の酒屋から聞こえる大人達の談笑。
自転車を押しながら人を避け家路につくさなか、町から置いてきぼりにされた様にたたずむ1人の少女と僕は目が合った。瞬きをして、また目が合う。違和感に気づいたのはすぐだった。
彼女は町から置いてきぼりにされていたのでもなければ、離れようとしていたわけでもなかった。彼女は、町にも、町ゆく人にも気付かれなかったのだと。
僕も彼女も人を避け、互いに手を伸ばし取り合った。恐れも不安もなく僕らは手をつなぎとめる、それが必然だった。
人混みに逆らい僕は帰路ではなく街の避難場所となっている日和丘へ向かう。町へ沈む夕日を眺めることの出来る場所は夜に飲み込まれ、今や夜景を映すデートスポットになっている。そして、僕が幼い頃に風船を飛ばした場所。
一番端のベンチの近くへ自転車をとめ、二人で座った。クリスマス前もあり、人は僕ら以外にいなかった。
彼女の手は、冷えた僕の手に温もりを残して解けていく。
「聴きたいことが沢山あるんだ」
君が誰なのか、どこから来たのか、なぜ僕だけが君を見えて、触れられるのか。彼女はじっと町を眺めていた。
「私はユメワタシ。山と海、風船と風だけが流れてくる丘に囲まれた町に住む。あなた達が飛ばした風船を、幸福な夢に変えてあなた達に贈る仕事をしている」
なれない言葉なのだろうか、ちぐはぐな言い方だったが、現実味のない内容を証言するにはしっくりくる。
「風船は、膨らんでから自分たちの周りの景色をすべて映す。この赤い風船は小さな男の子が、この場所で飛ばしていた。だから私はこの場所を知っている」
確信はないのに、その男の子は僕だと思えた。
「風船から捉えた世界は綺麗だったけれど、人に認識されなかったのは少し悲しかった。住むべき世界が違うから、私は人の目に映らなかった」
「君は、元の場所に帰りたいの?」
「外の世界は、風船から見る景色だけで十分だと分かったから。私に必要なのは、ユメワタシの仕事と仲間、過ごし慣れた世界なの。でも、帰れない、帰り方が分からない」
彼女はきっと自分が住んでいた町とこの町の景色を重ねてみている。
「さがそう、帰り方を」
僕だけが彼女を救えると、なぜだか思えた。僕だけが彼女を見える優越感からか、町に気付かれなかったひとりぼっちの少女への情けからか、どちらかよく分からないが、できると思った。