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少女は白本を抱いて世界を渡る  作者: 柚森 信
一章:発端
7/44

007

本日、一話目。

ある程度キリの良いところまでで、続きは後ほど。

 


「――服と靴は買ったでしょう。

 部屋のカーテンとソファー、食器とカトラリーも一通り揃えて、あとは何かしら」


「文具類も、ミアの手に合わせた方がいいねえ」


「あら、それも大事ね!」


「教材も、家にある本よりもう少し初心者向けがあるといいんじゃあない?」


「ミアの理解力では、必要ないんじゃないかしら?」


「文字の習得から始めるなら、二人が持ってる本はどうかと思うけどなあ」


「うーん……、それはそうかもしれないわね。ミアは欲しいものある?」


「……お二人にお任せます」


 トールの監視の下で作成された買い物リストを片手に盛り上がる母と兄に対して、雅は絶賛疲労困憊中だった。アイルに抱えられたままぐったりと力尽きて、二人の会話も半ば右から左である。

 正直なところ許されるなら今すぐにでも寝てしまいたいが、目を離したら何をどこまで揃えられてしまうかわからないので、必死で意識をつなぎとめている状態だ。


(そういえば、私病み上がりだよ…!)


 そのうえ、すっかり忘れていたが現在6歳児である。病み上がりの6歳には、はしゃぐ成人二人に付き合う体力など初めからなかったのだ。

 一軒目の仕立て屋で雅が着せ替え人形化したのを皮切りに、テンションの高さに振り回されて残る気力も燃え尽きた灰ばかりである。


 話し合いとやらが終わった後、養子のために正式な手続きに向かうというトールに見送られ、三人は敷地内の転移法陣から近くの街へ移動していた。

 というよりも、考えてみれば雅にとっては療養していた部屋から出るのも初めてだったというのに、いきなりの展開に目を白黒させるしかない。

 そもそも、街へ買い物に行くと言われて普通に門を出て外出するのかと思いきや。


「騒がしいのは好きじゃないから、この家は街から離れたところに作ってあるの」


 屋敷と言っても良いくらいの邸内を案内された後、楽しそうに庭へと連れ出されて、雅は敷地の端とやら《・・・》から突然開けた景色に唖然としたものだ。

 眼下に広がる街並み――あれが一番近い街だという。

 ……一番近い?


「そうね、歩いて3時間くらいかしら」


「歩くというより、半分以上は登山だよ」


「でも良い景色でしょう? あまり人も来ないから気楽なの」


「だろうねえ……」


 美しい森に囲まれているのは、庭先というより切り立った山肌である。現在地は、見下ろした感覚からすると標高にしておそらく五百メートル程度はあるだろう。

 空気の薄さや気温等は、結界で環境を維持しているとのこと。同時に概観も周囲にあわせて偽装しているらしい。

 もしかして技術の無駄遣いなのでは、と疑ったが、その感覚はおかしくないらしく彼らの息子までが疲れたように苦笑していた。


「ここまでしなくても、と思うんだけどなあ」


「だって、せっかくの長期休暇を邪魔されたくないんですもの」


 鋭角に眉を跳ね上げたメリアの髪を撫でるトールも、奥方を宥めはしても異論を口にしない。同意見ということか。


(……『逆行』の魔道具作れるくらいだから、きっと研究者としても忙しいんだろうなぁ)


 おそらくは、雅のためだけに組上げられた術式で魔道具だ。時間に作用する精密な法術を安定運用する二人の手腕は、自分の想像を絶するほどの知識と技術に裏打ちされているのだろう。

 思わず、服の上から貴重な腕輪を撫でる。


「その腕輪は、あまり他人に見せないように。

 よほどの術者以外は術式を把握できないと思うけれど、魔道具というだけで問題が起きることもあるからね」


 膝をつき、額を合わせて瞳を覗き込むトールに頷く。

 青褐の瞳が穏やかに和んで、それじゃあ気をつけて、と微笑まれて――気付けば見知らぬ森の中だった。何が起きた。

 その後は、呆然としている間にアイルに抱き上げられ、メリアが喚んだらしい騎獣に乗せられて間もなく街の仕立て屋へ連行…いや、連れ込まれて以下略という流れだ。


(本当に、たまに展開についていけないんですが…)


 雅から尋ねれば、ちゃんとした説明をしてくれる。必要があって求めたことへの理不尽な拒絶は一度もない。

 だが、こうして時折色々な事象をぶっ飛ばして事態が進展するのはどうしたものか。


「そこは慣れるしかないよ」


 クツクツ喉の奥で笑う義兄に視線を投げれば、面白そうに眺め返された。また思考が漏れていたようだ。


「俺も知り合いに規格外とはよく言われるけど、あの両親ふたりほどじゃあないと思うんだよねえ」


「……この兄様が言うってことは、よほどなんですね」


「酷いなあ。俺なんてまだまだだよ?」


 楽しそうに笑い転げながら、それでも腕はしっかりと雅を抱きかかえている。抱き上げられてかなりの時間が経っているはずだが未だに疲れた様子が見えないあたりは、さすがに冒険者といったところか。

 弾むような足取りのメリアの後を追い、それなりに人通りの多い市場を足早に抜ける。

 唐突にクルリとターンされる。驚いて小さくしがみつけば、鈍い音とともに軒先の看板がアイルの逆肩に跳ね返って揺れていた。


「可愛い妹に怪我なんてさせられない」


 礼を告げれば、当たり前、と返る声が不本意そうな響きに満ちていた。


「礼を言われるほどのことでもないよ?」


「それでも……嬉しかったですし」


「そう? じゃあ、いいか」


 素直なのは嬉しいとクスクス笑って、雅を抱き込む腕に力がこもる。

 変に猫可愛がりされるのは居たたまれないが、こうしてさり気ない好意を向けられるのはそう悪いことでもない。ただ、あまりにもストレート過ぎて気恥ずかしさが先に立ってしまうが。

 目当ての文具屋を見つけたらしいメリアが、ドアノブに手をかけてこちらを振り返っている。


「このお店よ。…どうしたのミア、真っ赤になって」


「可愛いよねえ」


「変にからかってないでしょうね」


「そんなまさか」


「あの、本当になんでもないんです」


「……ミアがそう言うなら良いけど」


 珍しく雅が擁護すると、そちらに驚いた様子でメリアから呟きがこぼれた。

 が、すぐに笑みを浮かべて「早く」と誘うように開いた扉を支え持つ。耳に心地よいドアベルの奥から、控えめな来店の挨拶が流れ聞こえる。


「今度は、その敬語が抜けるといいねえ」


「私は、今度はあまり買い物をせずに済めばいいなって、思ってます」


 ぼやくような雅の言葉に、義兄はさも楽しそうに喉を鳴らして笑った。

 言うまでもないが、この文具屋でも買い物はペンだけで済むはずもなく、今まで同様、抵抗した挙句の購入用品多数はメリアによって転移法術で順次邸内へ送られることとなる。





   *****





「――おかえり。思ったよりは《・》早かったね」


 出迎えた父は、声も出ない様子の雅を目に留め苦笑を浮かべた。


「……父様、ただいま」


 抱えられたまま眉を下げた娘の呻きに一瞬何とも言えない複雑な表情を見せたが、上機嫌な妻の笑顔を前にそれ以上の言及は回避した。

 その代わり、疲れきった面持ちの娘へ腕を伸ばす。雅も抗議の代わりに、トールに逆らわず無言で腕を移動する。不満げな兄など知ったことではない。

 言いたいのは唯ひとつ。


(……頼むから、引く前に止めてよ)


 結論、母に対して兄はあてにならない。


「うふふ、やっぱり沢山買い物しちゃったわ」


「……届いていた荷物は、一通り相応の部屋へ収めたけどそれで良かったかな」


「トール、ありがとう!」


 三人は、軽やかな足取りで雅へ割り当てられた部屋に向かうメリアの背を見送る。アイルも肩を竦めその後を追っていく。

 ご機嫌テンションMAXな彼女を止められないのは皆変わらないようで、トールは腕に大人しく収まったままの雅にまた苦笑してその背を撫でた。

 トールがリスト作成に関わってくれていたのにこの有様だ。それがない状況ではどうなっていたかなど、考えたくなかった。

 差をつけて先行する二人へは聞こえないように「お疲れ様」と呟かれ、雅は弱々しく頷く。


「先に部屋で休む?」


「……そうしたいのはやまやまですけど、父様のお話も聞きたいですから」


「私の話?」


「手続きは無事に済んだんですか?」


「ああ……、それのこと」


 すぐに聞きたい?

 そう問われて雅は即座に頷いた。ふと、トールにまじまじ見つめられる。


「ここで別れた場合、君が眠るまで私が姿を見せないかもしれないなどと、そこまで警戒しなくても良いと思うが」


「…………」


「心配しなくとも、これ以上の精神的消耗は与えないつもりだよ?」


「……ありがとうございます」


(完全把握されてない……?)


 穏やかな微笑みに安堵の息を吐きながら、雅は内心青ざめている。

 家族で最も頼りになる父は、同時に、その洞察力から敵に回すべきではない人物のようであった。


 

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