005 メリアーシュ
短く、メリアさん視点。
後でもう一本投稿予定です。
長期休暇を水入らずで過ごしていたその夫婦は、彼からの唐突な連絡に大層驚いた。
ずいぶん前に独立した彼はそれ以降ほとんどこちらに接触もせず…それは自分たちの種族的に珍しいことではなかったし、彼の性格からしても不思議ではなかったので、問題を起こさない限りこちらから接触するつもりもあまりなかった。
数年に一度は互いの仕事で係わることもあったし、同じ街に滞在しているとたまたま知った時は会いに行くこともあったが、元気そうな顔を見ればそれで満足する。
会うだけで満足して別れる関係を友人たちから肉親なのに淡白だと驚かれても、自分たちの有り様を変える必要を感じたこともなかった。
それが。
突然の連絡にも驚いたが、『行動の結果は自己責任』を標榜する彼が助けを求めてきたことにも更に驚いた。
しかも、見知らぬ女性を保護して欲しいのだという。
「――こんなに驚いたのは初めてだったわよ。しかも、ひとつじゃ終わらない驚きの連続」
「そこまで?」
「ええ、そりゃあもう! 女の子を連れ帰って来るだけじゃなくて、その子が世界転移者だなんて!」
果物を剥く手を止めず力強く頷いたメリアは、机向こうの椅子に腰掛けたまま淡く苦笑する青年へ視線を向ける。
つるりと顔をひと撫でした彼は巧みに表情を隠して、ただ頷いた。
「まあ、それはそうだよなあ」
「あなたは気付いてたの?」
「…属性の気配がないってことはすぐにわかったから、なんとなくそう《・・》かな程度だけど」
治癒術が通らなかったからねえ。
小さく呟き、今度は隠すことなく苦い笑みをはっきり浮かべる。
「治癒術は簡単なものしか覚えてないけど、それでも普通『全く』術が通らないってことはないよ。
反作用で弾かれるのでもなくて、素通りするようなあの感覚はないよね。さすがに慌てたなあ」
今でこそ普段通りのどこか掴みどころのない物言いだが、連絡がきた時の真剣さにもメリアは驚いたものだ。
ああまで真剣な彼を見たのは何年ぶり…はて、本当に見たことがあっただろうか。
「よく、完全万能薬を持ってたわね」
「…まあ、それはね、非常用にね」
「………ねえ。それ、本当に完全万能薬なんでしょうね」
「ちゃんと効果あっただろう?」
「あとでトールと一緒に詳しく訊きますからね」
無邪気そうな笑みに念を押せば、欠伸のふりでさりげなく視線を逸らされた。これは確実に事情聴取が必要だ。
ため息を落として、皮を剥き終わったシャリカを皿に乗せる。
あの後目覚めたミアが「ナシのようだ」と喜んで食べてくれたものだ。食欲が少し戻ったようでほっとした。
もうひとつ剥いておこうと手を伸ばせば、横から青年も手を出してくる。
「アイルも食べる?」
「いいや、俺も手伝うよ」
「……珍しいことって、続くものなのね」
「そこまで驚く?」
しみじみ呟くと、青年が困ったように眉を寄せていた。
自発的に自分たちの手伝いをするなどという殊勝なところはなかったように思うが、やはりあの子のことは気になるのかとメリアは小さく微笑んだ。
黄色い果実を手の中で転がしながら、アイルは言葉を選ぶように口を開く。
「切ったり削いだりは、慣れてるからと思ったんだけど…」
ポンと掌で跳ねた果実の外側を、浅く『風』が撫でて――円形に剥かれた実だけが皿に落ちた。
「こんな感じでいいのかなあ」
「…やるならちゃんと、食べやすい大きさに切るところまでなさい」
「俺が子供の頃って、丸かじり推奨じゃあなかった?」
「男の子と女の子を一緒にしないで」
呆れを含んだメリアの指摘に、半ば放任で育てられた息子は「兄妹格差ってこういうことを言うのかな」と世の真理をひとつ悟ったような顔をしていた。