第二話
目標は一章辺り10万文字ですが、このペースだと5万文字もキツそうです
魔法が使えない。目の前の少女は確かにそう言った。
「じ、冗談キツイな~。魔法は私達人間全員が使えるんだよ?魔法が使えない人過去の伝説でしか聞いたことないよ~」
「ホント。わたし、剣しか使えない。」
「もう、嘘言わないでよ。」
ここでこの世界の魔法の源、『魔力』について説明しよう。
この世界の人類は全員、大陸の地下に伝わっている見えない力、『龍脈』が地上へと発する力を体の中に取り込み、それを『魔法』という自然の現象に干渉する形で一気に吐き出す事が出来る。魔法を使った際に現れる魔法陣は自然の現象に干渉しているサインであり、その魔法陣が大きければ大きいほど強力な魔法となる。
まとめると、龍脈の力を取り込める量、それを一度に吐き出す事が出来る量も多いほど、強力な魔法を発動することができる。だが、そのコントロールには個人差があり、魔力が多いが強力な魔法が使えない人、魔力は少ないが強力な魔法が使える人、或いは魔力が少なく、強力な魔法も使えない人等もいる。
そして、魔法を使う時に闇雲に魔力を一度の魔法に込めすぎると、魔法が暴発する。
だが、魔法の発動に関しては、『詠唱』を使って無理矢理体内の魔力を吐き出し、強力な魔法を発動することが出来る。そして、詠唱は魔法を安定させるのにも使えるため、魔力のコントロールが苦手な人は大抵詠唱を唱える。
「ほら、ここに魔力を測る道具があるからこれで測ってみてよ。」
と、モモカが取り出したのは電子体温計のような物。これのスイッチを入れて握り込む事で勝手に体内に溜め込むことの出来る魔力を測ってくれるという優れものだ。
大体10~18が落ちこぼれと言われる部位に入り、19~30が普通、40~60がかなり上位に入り、70~90になると天才や、城に仕える騎士レベルになってくる。
限度は100だが、そのレベルの魔法使いが出てきたことは未だ一度もない。そして、1~9と言うのも、生まれたての赤ちゃんレベルで、0を出した人も未だに居ない。
「えっと、ここを押して、ギュッて握ると……」
ガラスの下に数字が現れる。数字は15。
普通の人より魔力が少ないということを表した。
「ほら、こんな感じに。ちなみに私は落ちこぼれで~す。」
あははと笑い飛ばすが、何度見てもこの数字は心にくるものがある。
「ほら、あなたもやってみて。」
「えっと……こう?」
少女が真似してそれを握る。そして、表れた数字は、
「ぜ、0?」
そう、未だに悪い意味で一度もなかった0だった。
故障かな?と思ってモモカ自身で測ってみるが、結果は15。少女にもう一度やらせると0。もう一度やってみても結果は変わらなかった。
「な、なんで!?」
魔力が無いなんて有り得ない。魔力が0という結果を見てもなお、信じきれなかった。
なにかないかと周りを見ると、そこには一部に触れると体内の魔力を少しだけ使って何時間も灯りを灯すランプが。ちなみに、どの家にもこのランプと同じようなものが家の部屋の一つにはつけられているため、電気が通っていなくとも街は家の灯りに包まれている。
「これのここを触ってみて。」
「……こう?」
ランプに灯りを灯すための所に触ったが、灯りはつかなかった
「あ、あれ?」
壊れたのかな?と思って自分で触ってみるが、ランプは問題なくついた。
すぐにランプを消して少女に触らせるが、ランプはつかない。
「ほ、ほんとに魔力がないの?」
「さっきからそう言ってる。」
魔力がない。そんなの信じられない。が、目の前に魔力のない少女がいる。そして、家中のパンを詰込んだバスケットが空になっている。
ここでふと気付いた。空のバスケット。その中にはとてもじゃないが一日じゃ食べきれない量が入っていた筈だ。だが、その中にパンが無い。それすなわち、
「ぜ、全部食べたの?」
バスケットを指さして聞く。
少女は美味しかった、ごちそうさま。と一言言った。
あ、お粗末様でした。と返すが、そうじゃない!とすぐに叫ぶ。
「わ、私が3日かけても食べれるか分からない量だったんだよ!?」
「一カ月ぶりのまともな食事だったから。つい。」
ついで3日分の食料を食べ尽くされるとは夢にも思わなかっただろう。だが、目を背けてはいけない。それは現実だ。
「ってパンの材料も無いじゃん!買いにいかないと!」
「……手伝おうか?」
「ほんと!?じゃあ……あなたの服も買っておこ!」
「え……?」
「だって行く場所無いんでしょ?しばらくここに泊めてあげるよ。代わりに働いてもらうけど。」
「……でも、迷惑かける。」
「毎日パン食べさせてあげる。」
「しばらくの間よろしく。」
パンで釣れた少女だった。どうやらモモカの目測通り行くあても無かったらしい。そして、少女ももうひもじい雑草で食いつなぐ日々は嫌だったらしい。
「じゃあ早速、パンの材料とあなたの服を買いに行こ!」
「いや……服まで買ってもらうのは……」
「そんなボロボロな服を着た子は家で働かせません!」
少女の服装は黒の服に茶色っぽいズボン。靴は真っ黒なブーツだったが、何よりその服はボロボロだった。
「あ、その前にお風呂に入ってもらうよ!結構汚れてるしいろんな臭いが混ざってカオスな事になってるから!」
「……分かった。」
泊めてとらう身なので従うしかなかった。
「あ、そうだ。名前、まだ聞いてなかったね。私はモモカ・キャロル。」
「……トウカ。トウカ・アヤノ。」
遅めの自己紹介を終えたところでモモカはトウカを風呂場にブチ込むのであった。
そしてトウカをブチ込んでからすぐにモモカはある場所に移動した。
「ふぅ…………えっと、設定してっと。」
そこは風呂場のちょうど下にある湯を沸かす場所にある湯を沸かす装置のある部屋。その装置はランプと同じような物で、ランプと同じくマジックアイテムの類に入る。
それの魔力注入装置に手を当て、魔力を注入する。すると、機械が勝手に湯を沸かしてくれるのだ。
この装置は魔力の少ない人でも気軽に使えるように、一度で使う魔力は下位魔法数回分のため、魔力の少ない人も気軽に使え、炎系の魔法を使えない人でも気軽に風呂を沸かすことができる。
「そろそろ入っていいよ~」
上の方から分かった。と声がしてから湯に入る音が聞こえた。湯加減は?と聞くとちょうどいい。と返ってきた。
その間に脱いであったトウカの服をこれまた服を自動で洗ってくれる(乾かしはしない)、所謂洗濯機に入れてこれまた魔力でそれを動かす。現代でいう家電の殆どは、この世界では魔力で動かすものになっている。余程乱用しなければ測定器で魔力量が10と表された人でも、魔力の使いすぎで倒れたりなどはしない。
脱衣所には代わりにモモカの私服を出しておく。
それが終わったあと、椅子に座って水を飲みながら待つこと数分。トウカの服が乾いたのでベランダでそれを干した。そしてそれが終わり椅子にまた座った頃に脱衣所から声がした。
『わたしの服は?』
「洗濯中だからそれ着ておいて~」
『わ、わかった。』
断っても無駄だと分かったのか、トウカは脱衣所で服を着る。モモカは結構早かったな~と思いながら、財布を持ってポケットに入れる。
と、そこでトウカが出てきた。
なるべく質素な色で固めたのだが、トウカの雰囲気と合ってかなり似合っていた。
脱衣所から出てきたトウカの髪はまだ半乾きなのか、少し湿っている。
「じゃあここ座って?」
「ん……」
持ってたタオルを首にかけてトウカがモモカが指した椅子に座る。そして、トウカの首にかけてあったタオルを取ってトウカの髪の毛を拭く。
「髪の毛乾いたら外に行こっか。」
「ん。」
丁寧に髪の毛を拭いていくモモカ。それが気持ちいいのか、目を細めているトウカ。
しばらくして大部髪の毛も乾いてきた。
「じゃあ行こうか。」
タオルを起動してない洗濯機に入れてトウカと共に家の外に出た。
行く場所は服屋と最初から行く予定だった食材売り場だ。
「何買うの?」
「えっと、パンの材料の小麦粉と、薄力粉とドライイーストと……あとホットドックとかのためのソーセージとかサンドイッチ用のハムとか……」
(……荷物もたされそう。)
買う物を声に出していくモモカを見て、トウカは静かにそう考えていた。
****
「えっと……殆んど持ってもらっちゃってごめんね?」
「これくらい軽い……」
その後、服は難なく数着買ったが、食材売り場で食材を買った後、モモカが一人で全部持とうとし、持てたがフラフラと危なっかしかったため、トウカが殆んどそれを持った。ちなみに、その場で貰った袋二つをトウカが片手で持っている。モモカはトウカの服の入った袋を持っている。
「いつもフラフラしながら持っていくから結構危ないんだよね~」
「……この重量は普通、一度に持ち運ぶ重さじゃない。」
日頃からサバイバルをしているため自然に筋肉と力のついたトウカなら材料を難なく持てたが、特にサバイバルとか筋トレをしてない人が一度に持ち運ぶ量では無い。
「……そういえば。」
「どうしたの?」
「そのバッジ、何?皆つけてるけど」
と、トウカが目立たないところにつけてあるモモカのバッジに目をやりながら聞いた。
トウカが見た中では、鉄製、銅製、銀製の三種類だった。
「これはね、簡単に言うと魔法使いとしてのランクを一目で分かるようにしたような物なんだよ。」
「ランク?」
「うん。鉄が一番下で、そこから順番に銅、銀、金のバッジが王国から支給されるの。一年に一度ランクを上げたい人は試験を受ける事が出来るんだ。」
「じゃあモモカは……」
「えへへ、実は落ちこぼれでした。」
と、モモカは明るく振る舞っているが、内心では悔しいと思う物もあるだろうと思い、それ以上は言及しなかった。
「あ、でも私、炎系の魔法を使えるんだけど、一つだけオリジナルの魔法があるんだよ?」
「オリジナル?」
「うん。『イクス』っていう魔法なんだけど、これ、私しか使えないんだ~。」
おぉ~と、トウカが声を上げる。が、すぐにモモカはそれでも落ちこぼれなんだよね~と付け足す。
ちなみに、この世界の魔法は何種類かある。
炎、水、風、土の四つの属性魔法。この属性魔法は普通の魔法使いは一種類しか使えない。炎を使える者なら水、風、土が使えず、水が使えるのなら炎、風、土が使えない。だが、二種類以上の属性を使う事が出来るものや、その二つ以上の属性を同時に使う事が出来る者もいる。が、二種類以上の属性を使えるようになると、金バッジを支給されるレベルなので、かなり希少なのである。中には城に仕える騎士から直接スカウトされる者もいる。
そして、後は暗視や水中呼吸等の生活面や遊びの面を補助してくれる魔法。そして、エルフか極少数の魔法使いが使う事が出来る転移魔法。そして、王のみが継ぐことを許される封印魔法がある。
モモカは、炎の属性魔法と基本的な補助魔法を使う事が出来る。
「大丈夫。魔法使えないわたしからしたらモモカは充分すごい。」
「そんなにおだてても何も出ないよ~?」
なんてことを話しながら、帰路を歩く。
そして、途中の公園を通ったとき、そこで遊んでいた子供の投げたボールが手が滑ったのかトウカへ向けて飛んできた。
「危ない。」
が、それを片手で難なくキャッチ。結構な速さでボールもそれなりに硬いし拳以上に大きいものだったが、涼しい顔でそれを受け止めた。と、言うか片手で掴んだ。
「気を付けて。」
「す、すげぇ……」
思わず公園で遊んでいた男の子の声が漏れた。
「ほぇ~……凄いね~」
「魔獣はもっと強くて速い。それに比べたら楽。」
それは比べる次元が違うんじゃ……とモモカは思ったが、言及は止めた。が、すぐにさっきの男の子がもう一人の男の子から投げられたボールを取り逃し、公園から出て民家の壁に当たって転がったボールを取った。
が、その瞬間、その民家の窓にかけてあった植木鉢が運悪く、男の子へ向けて落ちてきた。
「あ、危な……」
「持ってて。」
「い……へ?」
モモカが危ないと叫ぼうとしたが、気付いた時にはトウカが荷物を全部自分に持たせ、かなりの速さで走り出していた。
件の男の子は上を見て固まっている。
(間に合う。)
そして植木鉢がもう数瞬後には当たる。と言う所でトウカが体勢を低くしたまま走り着き、スライディングをするようにブレーキをかけ、スライディングをしながら、男の子の膝に手を当て、そのままお姫様だっこのような形で抱き上げ、さらに植木鉢に当たらないように体を低くしながら、植木鉢の真下をスライディングで男の子を抱き上げたまま滑って行った。
この間僅か二秒。トウカと男の子の距離が十メートルも無かったのが幸いした。
「大丈夫?」
「え……あ、うん……」
「よかった。」
しばらくしてからその民家の窓から家主らしき人が顔を出して大丈夫かと聞いてきたが、トウカはちょっと笑って手を振った。それで大丈夫だと察した家主の人は顔を引っ込めた。
「じゃあね。」
呆然としてる男の子を下ろしてモモカの元に戻る。モモカは荷物を持ってプルプルと震えていた。
「ごめん。」
「い、いや、いいよ……」
半分崩れ落ちかけているモモカから荷物を預かる。
「足速いんだね~」
「いつもは鉄の防具着けてたまま走ってるから。」
そういえば装備してたっけ。とトウカがマントの下に着てた物を思い出す。
外した時も結構重そうな音してたし、それを装備してた時に走ってたあの時も足は結構速かった事も思い出した。
「そういえば、何で王国の外を旅してたの?王国の外に住んでたとしても、そこにいればよかったのに。」
興味本位でその事を聞く。前に王国の外でも暮らしている人が極少数だが居ると聞いたことがある。だから、トウカもその極少数に当てはまるのではと聞いた。が、返事は返ってこなく、トウカの方を見る。
トウカの顔はかなり険しくなり、何か後悔してるような、恨んでいるような、そんな顔をしていた。
「と、トウカ?」
その表情に驚きながらも声をかける。
トウカがハッと声を上げながら顔を振る。その後、すぐにさっきまでの表情に戻った。
「えっと……聞かない方が良かった?」
「……出来れば。」
そう答えられ、モモカはその先を聞く事は出来なかった。
****
その日の夜中、トウカは夢を見た。幼い頃の、自分の運命を歪め、決定づけたあの日の出来事を。度々見る、トラウマとも言えるその日の出来事を。
その日は約五年前。トウカが11歳の事だった。トウカは両親と共に六つの王国からかなり離れた森の奥の山に家を建て、そこで三人で暮らしていた。昔は祖父母が居たのだが、トウカが生まれる前に他界してしまった。
それはあまりにも唐突で呆気なかった。家族の中では格段に運動神経が良く、元気で剣の才能があったトウカはその日は外に出て刀の素振りをしたり、木を登ってから飛び移ったりして遊んでいた。両親からは「才能や運動神経がいいところ、それと魔法が使えないところはひいお祖父ちゃんによく似た。」と言われた。
そんなトウカが泥だらけで家のある場所に戻った時。それは既に起こっていた。
両親二人が一人の男に魔法を撃っていた。両親は二人とも炎属性の魔法を使えた。銀バッチ級の魔法使い───二人ともバッジは持ってなかったが───二人の魔法が一人の男に放たれていたが、男の周りには何か透明な膜があるかのように放たれる炎は男の前で逸れ、上へと飛んでいった。トウカはその後気づいたが、家の一部が吹き飛んでいた。
「と、トウカ!逃げなさい!」
「お母さん……?」
「子供の方心配してる場合かァ!?『ストーム』!」
その瞬間、男の翳した手に一瞬で魔法陣が展開された。そして、トウカの母親の足元に風が集まった。その瞬間、強烈な竜巻と共にトウカの母親を空へと運んでいった。何が起こったのか分からなかった。
次に母親が地面に体をつけたときは、着地するときのストッとかトスッとかではない。グチャッという音だった。
母親の体は全身に切り傷があり、頭から落ちたからか、頭部からは夥しい量の血が地面に向かって流れていた。
一体何がどうした?母親は今どうなっている?そんなことが頭の中をグルグルと回っていた。父親の方も同じだった。その数秒の出来事に頭がついて行かなかった。
「そんなボーっとしてる場合かァ!?『エアハンマー』!」
男の声を聞き、我に帰った父親が横に飛ぶ。また、先程の『ストーム』と同じ類の物なのだろう。と思ってのことだったが、それは外れた。
男が魔法陣を形成した手を左から右へと振るうと、空気の塊のようなものが父親の左に形成され、一瞬で父親を打ち、吹っ飛ばす。
近くにあった木に頭から当たり、ドガッ!!と音が響く。そして、首はあらぬ方向へと曲がる。
わずか一分もない時間だった。母親は血を流し、父親は首があらぬ方向へと曲がっている。
「お母……さん?」
フラフラと歩き、途中で男の横を通りながら母親の元に行って母親の体を揺らす。体は軽く冷たくなり、反応はない。
死んでいる。それを認識するのに時間はかからなかった。そして、父親も。
何で。どうして。それを再度確認するのにも時間はかからなかった。後ろを振り向き、男を見る。男はめんどくさそうな顔をしていた。
その時、何かつぶやいていたが、覚えてはいない。もう、両親を目の前で殺されたショックと怒りで意識はあってないような物だった。が、その時のことは覚えている。
「死ねぇぇぇぇぇぇぇ!!」
トウカはそう叫びながら、腰に吊っていた、ひいお祖父ちゃんの使っていたと言われている刀を抜いて振りかぶって男へと走った。
銀色に鈍く光る刀身が煌く。が、男はそれを見てもなんら表情を変えない。
刀より魔法が強い。そんなもの、とっくに証明されていることだ。
「邪魔だ、ガキ。『エアハンマー』。」
男が手を左から右へと振るう。その瞬間、強烈な衝撃がトウカを襲った。が、それは魔法名を聞いた瞬間に分かってたこと。地面に受け身をとって当たり、なお体を引っ張る『エアハンマー』の衝撃を刀を地面に刺して殺す。
止まったところで刀を抜いて走る。
不思議な事に男は魔法を使わなかったが、トウカは気にせずに走る。
そして、一飛びで男を斬れそうな場所まで走った瞬間、刀を構えて飛んだ。
狙うは男の首。一太刀で首を断ち切る。そのつもりで全力で刀を振るった。
「んなもんで殺せるわけねぇだろうが。『シールド』。」
男が使ったのは防御魔法、シールド。男の手に形成された魔法陣が盾の役割を果たす。
ガキン!!と金属と金属がぶつかるような音が響く。トウカの手を伝う衝撃が魔法に阻まれたと知覚させる。
すぐに離れてもう一度、と思った矢先、男はもう片方の手の指先をトウカへと向けた。
「いい加減楽になれ。『エアバレット』。」
男の指先に小さな魔法陣が現れ、風が収束していく。ヤバイと思った時にはもう遅い。魔法陣から放たれた風の弾丸がトウカへと直撃した。
右手、左手、腹、左胸、額。順番に、素早く撃たれ、体が後ろへ引っ張られる。
抵抗も出来ずに地面に激突し、地面を転がる。たった五発の風の弾丸でも、トウカの意識を奪い去るのは容易いことだった。
近くには、父親の遺体。もう動かぬその体へ。何時も、甘えた自分を抱きしめてくれたその暖かかった手に手を伸ばす。
「おとう……さ…………」
が、手は届かなかった。その前に、トウカの意識は暗い闇の底へと沈んでいった。深く、深く……
「お父さん!!」
すぐに聞こえた自分の声。視界は打って変わり、夜中の部屋の天井。そして、伸ばされた自分の手。
夢だと気付いたのは数秒経ってからだった。
旅を始めたのは金目の物を全て盗まれた家で一週間ほど暮らした後だった。
食料だけは少しあったので、それで飢えをしのぎながら一週間耐えた。体中ボロボロだったが、その体に鞭打って、父と母の墓を石の表面を包丁で削って作り、その下に埋めた。父親と母親は体が冷たく、固くなり、生きていた頃のあの暖かさは何処にも無かった。泣きそうなのを耐えながら埋葬したあの時の事は決して脳裏から離れる事は無かった。
一週間経ってから、家の中を探して防具とブカブカのマントを見つけ、防具を袋に詰め、マントを羽織って旅に出た。父と母を殺した男を自分の持つ刀で殺すために。
たが、その復讐を達成する事は出来ず、五年間王国の周りをウロチョロして魔物を倒して実戦を積み重ね、体と金目の物目当てで襲ってきた山賊共を切り伏せてきた。何度刀の血を拭いたか。そんなもの覚えてはいない。
そして、腹が減ってほぼ無意識のままにたどり着いたのがこの王国だった。気が付いたらガミルに当たって『ウォーターボール』を切り伏せていた。
服は山賊のアジトから拝借していた。食料もその時に補充していた。が、マントと防具だけは五年前と変わらなかった。キチンと手入れしたからか、耐久性を上げる魔法でもかかってたのか、刀と防具は錆びたり脆くなったりする事はなくずっとトウカと共に戦ってくれている。
「会いたいよ……お父さん……お母さん……」
モモカの貸してくれたベッドの上で涙を流す。おそらく、モモカは恩返し的な意味で泊めてくれたのだろう。そのモモカに何時でも甘えて泊まるわけには行かない。何時かはまた自分は復讐鬼へと戻って王国の外で男を探しながら山賊と魔物を切り倒す日々が再開する。
さっき見た夢は甘ったれるな。復讐を忘れるな。と叫びかける自分の心の中の声だったのかもしれない。が、この時だけは。この僅かな間だけは。
「復讐は、忘れよう……」
せめて、普通の女の子として。
トウカは再びベッドに潜り、眠りについた。
そして、気づいた時には朝だった。どうやら、夢は見なかったらしい。
寝ぼけた目を擦ってベッドから降りる。まともなベッドで寝たのは久しぶりだったのもあってよく眠れた。
起きてからモモカを探しにモモカの部屋まで行く。ドアを開ける。が、そこにモモカはいなかった。
小首を傾げながらそのまま先日買ってもらった靴を履いて二階の玄関を開けて外に出る。
まだ太陽は東の方にかなり傾いている。この世界では時間を知るには魔法を使うか太陽の位置から割り出すしかない。が、トウカは一度部屋に戻って自分の荷物の中から棒とその世界の数字の書かれたシンプルなものを持ってきた。
「……こっちが東。」
それを床に置き、ちょっと離れる。すると、影が数字を示した。
これはトウカの家にあったひいお祖父ちゃんのこの世界の何処でも使われてない言語で書かれた本を見て作った日時計である。
「……6時。」
王国の外に居た時は日の出と共に起きてきたが、久しぶりのベッドでぐっすりと寝てしまったようだ。まぁ、日が出てから一時間程度しか経ってないが。
そのまま歩いてパン屋モモの裏口から中に入る。
「あ、トウカ!おはよ……ってなんでパジャマのまま出てきてるの!?」
「……着替えるの忘れてた。」
早く着替えてきてとわたわたと手を振りながら言うモモカを尻目にまた裏口から出ていき、すぐにトウカが寝てた部屋に戻る。
そこでパパッと昨日買ってもらった服に着替え、また玄関を出て、裏口から入る。
「あ、今度は着替えてきたね。」
「さっきは寝惚けてた……」
ちょっと顔を赤くしながらポリポリと頬を掻く。
そしてすぐにトウカがモモカの向かってるテーブルの上を覗いた。そこにはまだ完成してないパン生地があった。
「あ、朝ごはんの分も作ってるからちょっと待っててね?」
「……手伝う。」
「あ、別にいいよ~。あとちょっとだから。」
と、言われたのでちょこんと近くにあった椅子に座った。
数分経ってモモカがバンバンと叩きつけてたパン生地を発酵させ、また何やらしたあともう一度発酵させた。そして、発酵させてる間にモモカはチョコを溶かしてたりソーセージ等を用意してたりとしていた。そして、発酵させ終わったドデカい生地を何等分にも分けて今度はオーブンで一気に焼く。
「後は焼き終わったらトッピングするだけだよ。」
「おぉ~」
と、ここまで大体十分程かかった。
「取り敢えず焼き終わってトッピングとか終わったらすぐにお店開くよ。トウカも働いてもらうからね?」
「分かってる。」
そんなこんなでパンが焼き上がるのを待つこと数十分。パンは焼き上がった。
すぐにチョコだったりソーセージだったりをトッピングして、すぐに店の方に直通するドアからパンを運び、モモカの指示のもとパパッとパンを並べ終えた。
「……そういえばお腹すいた……」
「あ、そういえば食べてなかったね…………ちょっと食べちゃおっか。」
「いいの?」
「まだプレートはひっくり返してないからね。それに、店主の私が言ってるんだから別にいいよ。」
そう言いながらモモカはパンを二つ取ってきて、一つをトウカに渡した。
二人でもぐもぐとパンを食べ、食べ終わったあと、すぐにモモカがドアに引っかかってるプレートをCLOSEからOPENに変える。
「……って、これ部屋着だ!?営業服に着替えないと! 」
「……わたしも?」
「ちょっと待ってて!」
ドタバタと部屋から出ていきしばらく経ち、ドッタンバッタンと二階から慌ただしい音が響き、またドタバタと音がしてモモカが降りてきた。
そんなに急がなくてもいいのに……とトウカは思ったが、モモカはトウカに服を突き出した。
「これ、着て!」
「わ、わかった……それに近い……」
持ってる二着の内一着をトウカに差し出しながらもずいずいと近づいてくるモモカを手で制す。そして服を受け取ると、モモカはその場でちゃっちゃかちゃっちゃかと着替えた。
「こ、ここで?」
「どうせまだ来ないよ!ほら脱いで脱いで!」
ものの数秒で着替え終えたモモカはトウカの今着てる服を掴んでグイグイと脱がそうと引っ張り始めた。
「じ、自分で出来る……」
「早く早く!」
離してとトウカが言おうとした時、カランカランと来客を示すベルが鳴った。
モモカと半分くらい顔が隠れているトウカは何も見えないがモモカがそっちを見ると、そこには白と黄色を基調にした高級そうな鎧を着けた一人の好青年がいた。
そんな少し派手な鎧を着るものは王国の騎士位のものだ。
「いやぁ、ちょうど開いててよかっ……」
たはは。と少し笑いながら入ってきた青年は二人を見た瞬間硬直した。
一人の少女が見知らぬ少女の服を脱がせている。二秒程経ってモモカに掴まれてる服からトウカが抜け出した。
「自分で出来るって……」
そして青年と目が合う。自分は下着。青年は困ったような笑みで固まっている。暫く考える。何が起こっているのか。
上だけだが、下着をバッチリガッチリ見られている。
状況を理解したトウカは無表情で近くに立てかけてあった箒を持ち、逆に持って箒の先を青年に向けて、
「殺す」
「う、うわぁぁぁぁ!!?」
飛びかかった。箒と言えど当たりどころが悪ければ死ぬ事もありえる。必死に避け、時々鎧で受け止める少年と、それを殺気を出しながら上半身下着だけで追う少女。
これはモモカが我に返る一分後まで続いた。