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ただ、至高を目指して  作者: テイク
第一章 始まり
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第7話 御門陽水

この辺りから視点が色々動くようになります。

 御門陽水(みかどようすい)

 彼は神州五大陰陽家筆頭たる御門家の長男として生を受けた。

 陰陽師の子は陰陽師となる。生まれながらに彼は己の道を決められた。

 そんなことはつゆ知らず陽水はのびのびと育つ。誰にでも優しいとても良い子であった。

 そんな陽水が3歳になった頃。陰陽師としての修行が始まる。陰陽師筆頭たる御門家の修行。控え目に言っても優しいものではない。それでも陰陽師になるため彼は修行に精を出した。

 当時の陽水は天才と呼ばれていた。3歳という幼く修行を始めたばかりでありながら札――神威符(かむいふ)――を一度に2枚も使えたのだ。熟練と呼ばれる陰陽師であれば、2枚という数字は確かに少ないのだが、子供であった上に最上級と言われるような神威符を使えたとあれば、天才と呼ばれるのは必然であった。

 さすがに神童と謳われる姉には及ばないまでも天才、逸材。成長すれば素晴らしい陰陽師になるだろう。御門家に連なるものは皆、御門の未来は安泰だと思った。

 しかし、賞賛は憐れみ、侮蔑、落胆へと変わる。なぜならば、御門陽水はどうやっても神威符を2枚以上扱うことが出来なかったからだ。

 最上級の式神が使えなくなったわけでもなく、2枚以上扱うことが出来なかっただけだが、御門家においてそれは致命的な欠陥であった。

 御門家の陰陽術たる御門流は1度に扱える神威符の枚数を尊ぶ。1度に使える神威符が多いということはそれだけ神を封じれることとイコールであるからだ。

 天才は一転落ちこぼれに変わる。努力してなかったわけではない。むしろ姉を追い越さんと誰よりも努力していた。

 だが、彼が1度に同時に扱うことが出来る神威符の枚数は増えない。何をしても増えなかったのだ。

 親族からは憐れみが向けられ、同期の陰陽師からは侮蔑を向けられる。かつてのように純粋な思いはなく。常に失望がついて離れない。

 単純な力だけならば誰よりもあった。もしも、御門家以外の別の流派に生まれついていたならば彼もまた神童と呼ばれていただろう。

 しかし、悲しいかな。陽水はどこまでも御門なのだ。直系の長男なのである。どうやっても2枚しか神威符の使えない彼が認められることはない。それでも彼は、陰陽師をやめることはできないのだ。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「…………」


 朝。

 天條教導院の入学試験の日の朝。朝食の場。家族が4人集まってはいるが、そこに会話はない。もとより陰陽師の家では会話は少ないのだ。

 そこで16年過ごしたため慣れたものではあるが、陽水にとっては居心地が悪い。


「ごちそうさま」


 ゆえにすぐに食べ終わり食卓を出る。母や姉が陽水の詞に頷いた気がするが、気のせいだろうとし部屋に戻る。


「さてと、準備しないと」


 入学試験の詳細は知らされていないが、噂で聞いた限りであれば何かしらの実技だろうということがわかる。

 この日の為になんとか用意できたいくらかの神威符をホルダーに入れる。どれもこれも最弱、最底辺。一度使えばもう使えない使い捨ての神威符。式神を封じた神威符などありはしない。


「……できれば使いたくないなあ」

「はいる」


 と、準備をしていると1人の少女が入ってくる。姉である御門晴明(みかどせいめい)であった。陽水がもっとも苦手とする家族。


「な、なに?」

「…………」


 無言で、晴明は1枚の神威符を差し出す。陽水を見る晴明の目には憐みがあるように感じられる。

 つまりはそういうこと。この姉は、落ちこぼれである弟を憐れみ、施しを与えに来たのだ。


「これ、使える。そっち弱い。いらないからやる」


 そう言って、神威符だけを押し付けて興味をなくしたのだろう。何も言わず晴明は部屋を出て行った。

 残されたのは1枚の神威符。見ただけでそのレベルはわかる。名もない神ではあるが、その力は土行式神の最上位レベル。並みの陰陽師ならばそれだけで切り札になるような神威符だ。

 それをいらないと言える姉。もはや諦めや嫉妬、憤りを通り越して溜め息しか出て来ない。

 いらないと破り捨ててしまえれば少しはマシになるかとも思うがそんな度胸など陽水にあるわけもなく、葛藤するも結局、溜め息を吐いて神威符をホルダーに仕舞い、早々に屋敷を出るのであった。

 それから停留所で路面魔導車を待っていたのだが指定の時間に路面魔導車が来ることはない。

 少し考えて、


「ああ、そっか、今日は特別運行予定(ダイヤ)だっけ」


 今日は特別運行予定だったことを思い出す。


「えっと、確か今日の運行予定は……」


 折り畳みホルダーに入れてあったプリントを取り出して見ようと悪戦苦闘していると、ちょうどよく路面魔導車が停留所にやって来た。

 ちょうどよいと乗り込んで一番後ろの席に座る。発車した路面魔導車の車窓から過ぎ去る景色を見ながら揺れに身を任せる

 停留所に止まる度に乗り込んでくる受験生達を横目にただ陽水は外だけを見ていた。過ぎていく景色は見慣れたもので真新しいものはない。

 ただ思うのはようやくこの陰陽御門町から離れられるかもという希望だ。嫌いな町ではない。むしろ、良くしてもらった。

 ただ、居心地が悪い。落ちこぼれである陽水にとって陰陽師の町というのはどうにも居心地が悪いのだ。憐れみを向けられて。

 教導院に通えれば寮暮らしになる。教導院に通うという大義名分を得て晴れて町を出れるのだ。


「がんばらないと」


 だから、不合格になるわけにはいかなかった。御門家の人間として都を出るわけにはいかない。これは町を出る唯一のチャンスなのだ。


「ん、次か」

『次は天條教導院前、天條教導院前、終点です。御降りの際はお忘れ物のないようお願いいたします』


 アナウンスが鳴り路面魔導車は教導院前に止まる。陽水は忘れ物がないか再三確認してから路面魔導車を降りた。


「ふう」


 息を吐き吸えば郊外特有の新鮮な空気が肺を満たす。


「受験生はこちらに集まって下さい!」


 係員の指示に従い控えの教室にて待たされる。それからしばらくして、


『受験生の皆々様におきましてはたいへんお待たせいたしました。準備が整いましたのでこれより受験会場への移動を開始いたします。

 では、ご健勝をお祈りいたします』


 という放送の瞬間、莫大な神威の奔流と共に術式が起動し移動させられる。

 陽水は気がつけば薄暗い洞窟の中にいた。予想はしていたので予想していたので混乱はしていないが、予想していなかった他の受験生も同じようで口々に混乱を漏らしている。


「はいはーい、ちゅうもーく!」


 ただ、それも長くは続かず設置してあったステージ上に可愛らしい少女が現れるたことにより注目はそちらに向く。


「やあやあ、受験生のみんなーはじめましてー! ボクが学長先生の医綱彩愛ちゃんだよだよー。ブイ! ブイブーイ!」


 そんなハイテンションで医綱は笑顔でVサイン。大半の受験生は呆れるかついてこれず呆然としていた。陽水もそうである。

 ただ、陽水にもわかることがある。彼女から放たれる気は強大で濃密。

 さながら吹き荒れる暴風。それでありながら、台風の目のような静かさが同居していた。

 語っている。紛れもなく彼女は強者であると。

 そんな彼女は皆を置き去りにしたまま話を続ける。


「さぁってぇ、これから入学試験実技の部を始めるよー。

 試験内容だけど、単純明快。ここを進むだけでいいよ」


 受験生たちがざわめく。迷宮踏破。簡単なようで難しい試験内容に黙ってなどいられないらしい。


「ああ、やっぱり」


 都暮らしであり陰陽師の端くれである陽水は逆に噂を聞いていたので納得した。


「この学生迷宮を進めば合格。それが実技の部だよー。あ、安心してね、何か不測の事態が起きない限りは死にはしないから。もちろん、1人で行かなくてもいいよ。

 じゃっっ、試験開始!」


 そうして試験は始まる。だが、誰も動かない。陰陽師である陽水ですら動けない。

 迷宮というものが発する妖気や瘴気と呼ばれるような気は人に恐れを与える。言ってしまえば陽水は躊躇してしまったのだり

 大広間、巨大なこの広間から出る道は数十、数百はあるだろうが、そのどれもが受験生たちには地獄へ通ずる窯の口にしか見えなかった。

 ゆえに、試験が始まっていたが、陽水を含めて誰一人として動こうとはしない。


「あー、あまりここにいられても困るから、早くいかないと不合格にするよー」


 だが、医綱のその言葉が切欠になる。受験生たちは意を決して迷宮へと足を踏み入れて行く。


「よ、よし、行こう」


 不合格にされるわけには行かない陽水も1つの入り口へと入る。パーティーを組むという選択肢はなかった。

 今会ったばかりの見ず知らずの相手とパーティーなど組めるはずもない。それならば知り合いと組めば良いだろう。都住まいならばいくらか知り合いがいるはずである。

 当然のように知り合いもいるが知り合いと言えば陰陽師以外におらず、彼らとパーティーを組むのは精神衛生上良いとは言えないため必然、1人となる。


「さて、どうしよう」


 そんなわけで1人で穴に入ったは良いがどうすれば良いかわからない。そもそも試験というが、明確な目標を提示されたわけではない。


「たしか、進め、って言ってたよね」


 そう、進め。言葉通り迷宮を進めということなのだろうが、踏破でもなくただ進めというのは厄介極まりない。目標もなく暗く狭い迷宮を彷徨うのは結構な精神力を使う。

 それに、妖魔もいる。前方に典型的獣系の妖魔が姿を現す。臨戦態勢。逃げてくれそうにない。


「よし、やるぞ」


 ホルダーから神威符を取り出す。


「――神霊解放・発――」


 言葉と共にその神威符を妖魔へと投擲する。投擲された神威符は半ばにて炎へと転じ、妖魔を焼き尽くす。断末魔をあげた妖魔はそのまま炭に変わった。


「よし!」


 この調子ならばやれるかもしれない。そう思うのに先の結果は十分。とりあえず歩き回ることに決めて、そうしてすぐに後悔する。

 断末魔が妖魔を呼んだのだろう。いつも間にか囲まれていた。


「えと、逃げ……」


 逃げようにも既に囲まれている。逃げることは不可能。戦うしかなかった。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「――神霊解放・発――」


 最後の妖魔を焼き尽くす。


「っは、はあ、やった! ――!」


 そこで張っていた気が抜けてしまった。背後から飛びかかる妖魔。気が付いたその瞬間、風が吹き抜ける。

 斬撃が妖魔を斬り裂く。ついでとばかりに寄ってきていた妖魔もまとめて斬ってしまう。一連の流れが終わったところで、初めて陽水は自分が助けられたことに気が付いた。

 刃を収める男――坂上秋継が立っていたからだ。慌てて礼を言う。


「あ、ありがとう」

「礼などいらん」


 しかし、秋継はそれをいらんという。それでも助けてもらったのだから礼を言うのは当然という。


「そ、それでもだよ」


 秋継はどうでもよいのか陽水が使っていた術について聞いてくる。


「そうか。さっきのは術だな。陰陽術か?」

「え、う、うん、御門流のね」

「なるほどな」

「うん、それにしても助かったよ。あれ以上はきつかったからね。あ、僕は御門陽水よろしくね」

「坂上秋継だ」


 この人ならば良いかもしれないと思う。助けてくれたのだ。信用できるかもしれない。それに先ほどの戦いで神威符をほとんど使い切ってしまったのだ。ここから先へ行くには誰かの助けが必要だった。

 なので陽水はダメ元でお願いしてみる。


「秋継君だね。えと、いきなりで悪いんだけど、一緒に行ってくれないかな。正直、僕だけじゃきついんだ」

「そうだな…………」


 一瞬、秋継は考えるようなそぶりをみせて、


「お前が、生きていられたらな」


 その一刀を抜き放った(・・・・・・・・)

 鋼の線が走ってくる。

 陽水に見切れたのはそれだけだった。だが、その一撃が陽水を捉えることはない。間一髪ながらその一撃を弾くことに陽水は成功した。

 その一撃を弾けたのはひとえに御門家の人間としての修業のおかげだ。陰陽師はその特性上肉体的にも多くの修業を行う。

 何せ、陰陽師は神を屈服させる必要があるのだ。どのような方法でも構わないが一番多いのが決闘。戦闘で使えるような力を持つ神のほとんどは戦神であったり、激情型の神であるのだ。そんな神と戦い屈服させ、認めさせることで力を得るのが陰陽師。

 そんな神に対抗するべく修業を行ってきた陽水であるがゆえに、この結果はある意味で必然であった。ただ性格はついていかない。

 いきなりの交戦。そんな状況でありながら目の前の人物に事情を問うてしまう。


「な、なにを――」

「お前は強いのだろう。そんな気配だ。苦戦など本来はするはずがないだろう。さあ、見せろ!」


 言葉とともに斬撃が放たれる。


「うわっ」


 それも躱し、何とか息を整える。

 思考はよどむ。過剰な評価。ありえない。自分はそんなにできた者ではない。強いはずがない。なにせ、自分はおちこぼれなのだからと。

 ただ、その片隅で思う。秋継に悪意は感じられない。純粋な思いが向けられている。家にいても感じることのなかった純粋な思い。皆、陽水を見るときは常に憐みがついて回っていた。それがないのだ。

 そんな思いに応えてみたい。手段なんて最悪で、本当はこんなことやりたくもなんともない。

 だが、それでも、この向けられた純粋な思いに応えてみたい。昔に向けられた純粋な気持ちには応えられなかったから。

 それにきっと彼にも何か理由があったのだとどこかズレたことを陽水は思った。

 そうと決まれば、やることは1つだ。というかできることは1つしかない。持ってきた神威符が少ないのだ。というかあと1枚しかないのだ。

 天才の姉がお情けでよこした1枚。


「なんで、君がそんなことするのかわからないけど、やるというのなら僕だってやるよ。――式神招来・解――」


 言葉共に、その神威符を解き放つ。封じられた式神は言葉に引き寄せられ、その姿を現した。土くれ。土の塊。それはただの土の玉。それであって、そこに宿る神気は莫大でいて荒々しい。荒ぶる神。


「行け!!」


 迷宮の壁が床が天井がその全てが蠢いて、土石流の流れとなって、秋継へと殺到した。


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