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ただ、至高を目指して  作者: テイク
第一章 始まり
7/48

第5話 天帝

――ぶつかり合い火花を散らす刃と刃。


 合わせた刃が火花を散らしている。それは、それだけ強い力をお互いがかけていることに他ならない。

 刀と槍の穂先。接触面の小さい方に大きな力がかかる。つまりは、刀の方に一点に巨大な力がかかっている。

 だが、尋常ならざる技量が、異常なる剣気が刀を砕けさせはしない。

 それを槍を持った初老の男は一度の交差にて知った。

 良い、と思う。楽しみもない仕事であると諦めていた仕事ではあったが、なかなかどうして決めつけるものではないと知った。

 初老の男は一度だけ女に目を向ける。女が頷くのを確認し全身に力を込めた。

 飛空船の上にいたはずの男たちの姿もなく。ここには女と男、そして秋継だけ。戦うのに支障などなく。

 ゆえに、戦うのみ。


「そういうわけだ、見せろ」


 その言葉が秋継の耳に届いた瞬間、彼は背後に風を感じる。

 振り返る愚は犯さない。どうやって移動したのか正確に視ることは叶わなかったが、既に眼前に男がいないことはわかっている。

 背後にいるのは自明の理。気配もまたそう言っている。ならば、と秋継は振り返らず前へと跳ぶ。

 相手の得物は槍。長さはだいたい1メートル半から2メートルほど。槍の攻撃は突きによる点の攻撃である。

 ただ躱すだけならば横に跳ぶだけでもよいが、槍の攻撃は突きを基本として、薙ぐなどの派生が存在する。

 おそらくではあるが横に避けたならばそのまま柄が秋継を襲うだろう。それを見越して前へと跳ぶ。

 それと同時に、秋継は刀を横へと薙ぐ。背後へと感じる槍へと薙いだ。

 薙ぎの身体の移動を利用して振り返りつつ槍を弾き、男へと踏み込む。


「ほう」


 大きく横へ反れる槍。それをとどめるにはより大きな力がいる。

 今現在、大きく突いた姿勢の男はそれを押し戻すには一度踏ん張りなおさねばならない。それは隙だ。単純に一つの動作を行えば相手にとっての隙となる。

 ゆえに、男は力の流れに逆らわずむしろその方向へと身体をひねり円を描く。

 円運動により、より大きな力となってそれは薙ぎになり秋継を襲う。

 姿勢を低くして、腕を後に流しての全力移動。槍の間合いは刀よりも広く、それを超えねば秋継の間合いではない。

 斬撃を飛ばすという技もあるが、それは熟練者にとっては通用しない。特に、槍の使い手には。

 斬撃を飛ばすにも種類がある。真空であったり、剣気を飛ばすであったりだ。

 そして、そのどれもが弱点は同じ。一点を突けば良いのだ。少しでも空気であったり、違う気であったりを混ぜることによって飛ぶ斬撃は効果を失くす。それを行うのは一朝一夕のものではない。だが、秋継は男ができるだろうと考えた。

 槍はそれを行うには絶好の得物であるのだ。つまり、秋継は飛ぶ斬撃を使えず、遠距離を封じられている。

 そうであれば、近づく以外に彼が攻撃を当てる方法はない。そして、それほどの達人相手ならば、全力で移動を行う必要があった。

 それゆえの全力での移動であったが、その秋継を槍の薙ぎが襲う。

 それを受けるためには止まる必要がある。そして、止まってしまえば相手の独壇場である。

 どうやっても秋継の攻撃は届かず、相手の攻撃を受け続けるだけになってしまう。

 だが、秋継は止まらない。より低く。地面に伏せるかのように姿勢を低くして、槍の薙ぎを躱す。

 あれ程の力の円運動はそう易々とは止められない。避けてしまえばこれもまた隙であった。

 更に一歩。全力の踏み込みはそれだけであった距離を0にする。あれほどあったはずの距離を0にして秋継の間合いへと入り、刀を振るう。


「良い腕だ!」

「あんたもな!」


 その斬撃に対して、男が取ったのはそのまま円運動を続けることであった。

 秋継が間合いにて刃を振るうさなか背を向ける。確実に斬り裂くはずの斬撃はしかしてその結果には至らない。

 槍の持ち手を幾許か前へと持ち変えられた。そうやって斬撃との距離を縮めた対斬撃加工された石突きが刃を弾く。

 蓄積された円運動のエネルギーは大きく、弾いた刃は秋継ごと横へと持っていかれる。

 そこに迫るは円運動から来る穂先だ。石突きを当てるために短く持った槍の穂先はこの間合いであっても秋継を斬ることができる。

 眼前へと迫る穂先。鏡の如く輝くそれに映りこむ自分を見る。

 当たれば死ぬ。少なくともそういう気配。しかし、楽しいと感じてしまう。

 凄まじい速度の穂先。迎撃は間に合わない。普通ならば。秋継は普通ではない。

 斬る。力任せに刃を引き戻す。目の前に斬れるものがあるのだ。斬らねば刀が泣く。刃を通せねば意地が泣く。

 そして、それは間に合う。間に合わぬという道理など斬って捨てる。

 それが坂上秋継。道理などそんなものはなから超えている。でなければ転生という事象を体験などしない。

 再び交わる刃と刃。今回は刀の土俵。斬るという刀の土俵。

 つまり、それは槍の土俵ではないということ。斬れる。そう確信を持って言える。

 だが、結果は異なる。刃が交わるその瞬間、男は左足を下げた。そうしてできた一瞬の余裕。その瞬間に、男は穂先を一瞬刃に当て、離しもう一度当てた。

 その結果、刃は穂先を滑る。刃の角度を男は変えたのだ。

 ならば、と秋継は更に右足を一歩踏み込む。滑る刃をそのままに男を狙う。

 だが、足りない。刀とは引かねば斬れぬ武器であるから。伸ばした腕ではこれ以上引けぬ。既に傾けた身体では十分に引けぬ。

 ゆえに斬撃を飛ばす。剣気の塊を秋継は飛ばす。刃を振るう距離は足らない。そのため、刃の延長という形でそれは現れ足りない距離を稼ぐ。


「甘いわ!」


 槍を放り投げるかのように振り上げる。

 槍は秋継の刃の下。それを上へと振り上げば秋継の刃を弾くことができる。

 延長された刃は振り上げた槍によって頭上をかすめるだけにとどまり、槍から左手を離し滑らせるように上げた槍をおろしながら持ち手の位置を下げ秋継を穿たんと突きを放つ。


「そちらもな!」


 背後へと地を蹴って秋継は跳ぶ。その反動を利用して弾きあげられた刃を戻し、更には振り下ろす。

 しかし、槍を斬るには至らない。槍を素通りして、それは地面へと向かう。そこから再び秋継は地面を蹴る。

 振り下ろしの下向きの力は上向きの力へと変化して、秋継の足を浮かせる。そのまま円を描くようにしてその足を槍へと合わせ、体重を乗せて槍を地面へと落とす。

 槍は地面へと刺さり秋継はその上へと乗る形。足場としては最悪の部類。

 だが、秋継には関係ない。腰溜めからの斬撃が男へと迫る。


「そんなよくある手が通用するかあ!」


 男は膂力のままに槍を振り上げる。


「だろうな!」


 だが、秋継は空いていた左手で槍の柄を掴んでいる。そのまま剣気による刃を延長させて振るう。

 これで決着。だが――、


「そこまでだ!」


 莫大な圧にしか思えぬ言葉により動きを止められる。いや、それは紛れもない莫大な圧であった。

 動きを止めた2人は圧力にひかれて離れる。


「余の御前である。お主ら余の御前で死ぬなどと申すなよ?」


 先ほどとは打って変わって尊大にして傲岸不遜なその声。

 その告げられる言葉はその声の主が頂点であると言っている。間違いなく、その声の主こそが頂点なのだろう。


「坂上秋継であったな、良い。お主の実力この天帝がしかと見させてもらった。素晴らしいぞ。その齢で、よくぞここまで練り上げた」


 傲岸不遜にその少女は告げる。この黄金に光輝く少女こそが天帝。神州の頂点。この世に生きる現人神。


「だが、まだまだだ。己がなんであるか理解してはいまい。いや、眼中にないというべきか。

 ハッ、その程度で全てを斬るとは烏滸がましいにもほどがある。何とも矮小。そんなものが刀であるなど――」

「黙れ」

「――黙らんよ。余に命令できるのは余以外おらぬ。お主如きの命令など聞けぬなあ。

 だが、良い物を見せてもらった礼だ。特別に聞いてやろう。

 では、帰るぞ。本多の」

「はーい」


 ふわり、と浮かび上がる天帝と男。


「ではな、坂上の。楽しかったぞ」


 そう言って、天帝は同行者である本多とともに消えうせた。周囲を圧迫していた圧は消えうせて、音が戻ってくる。いつも何か甲板には働く男たちであふれていた。

 まるで異界か何かの中にいたかのように秋継は錯覚する。あれが天帝。この世界に順応して初めてその強さを理解した。

 強い。まぎれもない強者である。文字通りの意味で、額面通りの意味で格が違う。いまだ人間という括りの中にいる秋継と違い、天帝は間違いなくその枠の中にはいない。

 アレは間違いなく神に近い位置にいる。それも世界の中の神ではない。世界の外にいる神である。この世界においてレベルというRPGさながらの加護を与える外なる神に近い位置に。秋継が生まれたことに斬り捨てたその残滓の大元の存在に。

 いったいどれほどの年月をかけたのか。数千年、あるいは数億か。正確には知れない。

 だが、あの童女にしか見えない天帝は紛れもなくこの世界の外へと踏み出している。秋継と同じく。それでいて秋継よりも深く。


「――ハハッ」


 ゆえに、笑う。ゆえに、震える。

 武者震い。あれほどの相手。もし斬れたのならば更に己は至高へと近づくだろう。森羅万象を斬る。例外はない。全てを斬るのだ。

 秋継はただひたすらに笑うのであった。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 都の郊外。広大な敷地の中にその建物はあった。

 四十八はある横長く大きな木造5階建ての校舎にその他の施設、巨大な農業区画。

 校門にはこうある。


――天條教導院。


 いつもと違って、新しい生徒を選別する入学試験の為か、ところどころ華々しく飾り付けなどがなされていた。

 そんな教導院の地下というかこの天條の地下には迷宮が広がっている。

 迷宮とはゲームでいうところのダンジョンであり、この神州においては妖魔の巣窟であり資源庫という認識であった。

 妖魔の巣窟であるため、加護の度合い(レベル)をあげるのに重宝する上に、妖魔の貴重な素材には事欠ず、更には力を持った武器や品質等が良い道具を得ることができる可能性がある夢のような場所。国にとってはそれの所有はそれだけで力になるような代物である。

 神州にはいくつも存在し、この都にも5つほど存在している。その中でこの教導院の地下にある迷宮は学生迷宮と呼ばれる、比較的難易度の低い迷宮であった。

 なおかつ、天帝自らが術をかけているために死んだとしても専用の場で生き返るという素敵仕様。

 そんな素敵仕様なので学生たちの実力を高める場であったり、試験の場であったりと何かと重宝されているのがこの学生迷宮である。 

 そんな学生迷宮は、明日に迫った入学試験に使われることになっていた。危険を排除するために比較的強いと言われる妖魔を狩るため深夜という時間ながら、学生迷宮には教導院からの依頼によって組合から派遣されてきた武芸者や万屋、冒険者あるいは金に困った探索者たちが潜っていた。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「これで最後だっと!」


 直哉が振り下ろした神社祝福済みの直剣が不死系妖魔(アンデッド)の頭蓋を砕く。核を破壊された不死系妖魔は溶けるようにして消えあとには魔晶石だけが残る。

 直哉がそれを拾うと仲間である隆と涼音も終わったようで直哉のもとに集まった。


「これでこの階層は終わりか?」

「ああ、ある程度の強いのは狩ったはずです」

「…………ん、魔導具の設置も終わった」


 依頼であるところの不死系妖魔の討伐は終わった。こんな階層まで使わないだろうが、それでも漏れ出す危険はあるのだ。そのために階層の掃除を行う。

 彼らの担当地区は終わり、妖魔を発生させないようにするこの日の為だけの特別な魔導具も設置完了。これで依頼は終わりである。


「やっと終わりか。早く帰りたいぜ」

「ん、眠い」

「ええ、確認して報告に戻りましょう」


 この時、学生迷宮だからと油断していたのだろう。死なぬからと警戒を怠っていた彼らは、己の背後に忍び寄る影に気が付かなかった。

 まず、陰陽師であった隆が消える。一瞬のうちに2人の視界から消え失せて、気が付けば迷宮の壁に赤い華が咲いていた。

 直哉の思考は一瞬のうちに連続する。いきなり隆が倒されたということは何者かに襲われたということ。一撃で壁に叩き付けられたことからかなりの怪力と警戒が薄かったとはいえ、誰にも気が付かれずに近づくことができる隠密能力を持った敵だということがわかる。

 陰陽師で一番動けない隆から狙われたことからある程度の知能もあるだろう。そうであれば次に狙われるのは涼音。

 そこまでの判断が一瞬にして行われ、半ば無意識のレベルで涼音を突き飛ばし背後に暗がりへと直剣を振るっていた。

 硬い手ごたえ。加護(レベル)をあげたことによって得た膂力にて弾かれることなくその相手を押しとどめるように押さえつける。涼音が持っていた明かりがその姿を照らす。


「おいおい、なんで、こんな低階層にこんなのがいるんだ!」

「うそ……」


 そこにいたのは紫炎を纏う巨大な獣。炎という光源を纏っていながら、それでいて紫炎はまったく光源としての役割を果たしていない。

 むしろ逆に光を吸収している。目の前にいるのに目の前にいない。光源が別になければ見失うことは確実だった。

 その名を直哉は知っている。妖魔の中でもかなりの力を持った個体。唯一個体(ユニーク)と呼ばれるような個体だ。紫炎の猟犬『ライラプス』。何物をも逃さぬ生粋のハンター。

 少なくとも学生迷宮にいるような個体ではない。というより接触禁忌指定一級の個体など学生に相手できるような代物ではない。

 それがなぜ、と疑問に思う前に、抑え込んでいたライラプスが咆哮をあげる。それによって押さえつけていた力が緩みライラプスが自由になり、再び闇へと消える。

 動く気配。


「避けろ涼音!」


 直哉の言葉に咄嗟に横に跳ぶ涼音。だが、遅い。その腹を紫炎が抉る。紫の燐光が舞うと共に涼音を焼き尽くす。


「貴様ああああああ!!!」


 驚愕は激昂に変わる。それもそう。死なない迷宮において、紫炎とは最悪の組み合わせなのだ。紫炎。光すら吸収するその闇の炎は術と共に全てを焼き尽くす。

 世界の理を逸脱した術理を破壊する。それはすなわち、紫炎に焼かれて死んだならばこの学生迷宮であろうと復活は出来ない。

 本来ならば逃げて報告に戻るべきだったのだろう。だが、激昂した直哉はもはや正常な判断など下せようがない。ただ力に任せライラプスに特攻し、呆気なくその身を滅ぼすことになった。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 静かになった迷宮。ライラプスは紫炎を纏ったまま何かに追われるかのように上層を目指す。その背後で奇妙な男がそれを見ていた。

 男のようで、女のようにも見え、どちらにもとれる曖昧な男。

 漆黒の白く、黒く、赤く、青く、黄色く、白銀色で黄金色な無色の夜間用略式礼服(タキシード)のようにも見える燕尾服(テイルコート)を身に纏い、白く、黒く、赤く、青く、黄色く、白銀色で黄金色な無色の純白の手袋をした姿は、執事(バトラー)従僕(フットマン)のよう。

 だが、顔面に収まった口元以外を覆う、白く、黒く、赤く、青く、黄色く、白銀色で黄金色な無色の奇妙な仮面が異質さを物語る。

 奇妙奇天烈。

 正確で奇怪。

 違和感を感じる正しさで、違和感を感じない奇妙な男がただ1人。

 神州にはいない類の男だ。いや、神州にいるような類の男だ。

 奇妙な服。それは大陸の貴族が着るような高貴さを持った服だ。ならば高貴な人間かと言えばそうは絶対に見えない。ただ、その所作からは高貴さがうかがえる。

 けれど、彼がつけた仮面はその全てを奇妙という印象へと変えてしまう。そうあるように強制でもしているかのように。


「フフ、さすがの紫炎も追い立てられた鼠とは、滑稽かな滑稽かな」


 奇妙な仮面の男が放つ気は強大で、なるほどライラプスを追い立てているのは、ライラプスをこんな場所に放ったのは彼なのだろう。目的はなんなのか。

 ただ、男はどこか楽しそうに、可笑しそうに大仰にいうのみ。


「さて、愛おしき人間の皆々様方。どうかご照覧あれ。我らが偉大にして至高なる五賢人のために。愛おしい唾棄すべき神を殺す刃のために。前口上は終わり、第壱幕はここから始まるのです」


戦闘描写について。


技術を使って戦う相手の場合は今回のような戦闘描写になります。

それ以外は氷竜戦みたいになります。


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