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ただ、至高を目指して  作者: テイク
第一章 始まり
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第2話 12歳

 一梨山。

 その山が抱く七つの連山には様々な地形が存在し、その山1つで環境が完結していることすらある。それは所謂、迷宮であり、開放型と呼ばれるタイプの迷宮であった。

 その四の山。文字通りそこは死の山である。一、二、三の山は割と――外の常識からすれば全然割りとではない――簡単に超えることができる。ある意味でそこは初級編とも言えるような場所であるからだ。

 そんな山々を順調に越えて来た武芸者や武人、万屋、冒険者や探索者であろうともこの四の山を越えるのはその中でも一部だけと言われている。なぜならば一梨山は後半の四連山こそが本番なのだ。上位と言っても良い。

 四の山。そこは永遠の雪と氷に閉ざされた冬の山である。四連山のうち最も死亡者が多い山でもある。四と名付けられているのは坂上村から数えて四番目の位置に存在する山だからに過ぎない。

 番号は関係なくもっともこの山は過酷である。永久に雪に閉ざされた環境もあるが、その環境に適応した強大な妖魔たちによりこの山で生き残ることの難易度を遥かに高めているのだ。

 どのような強者であろうとも、この山で生き残ることは一筋縄ではないかない。常に、死の危険がそこにはあるのだ。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「っは、はっ! ――っはっ!!」


 氷山である四の山の中を女が走っている。ただの女ではない。頭頂部に兎の耳を、臀部には尻尾を持つ女であった。

 俗にいう亜人に区分される者である。この世界には人間以外の“人”が存在する。大まかな区分で人間以外ということで亜人と呼ばれている。

 彼女はその中でも獣人と呼ばれる種族であり、その中でも兎に近い性質を持った亜人であった。健脚として有名であり、その聴力はどのような音ですら拾うという。

 ただ、その健脚や聴力をもってしても、彼女――雪乃美弥(ゆきのみや)を追う追跡者の存在からは逃げ切ることはできない。


『GRAAAAAA――――!!!』


 咆哮が山々に木霊する。鋭敏すぎる聴覚が捉えるそれを聞いて走る動きすら止めてしまいそうになるが、それでもなんとか美弥は走る。背後を振り返れば、その存在はしっかりと彼女を追っていた。

 その存在とは氷竜。妖魔に区分されてはいるが、別次元の力を持つ系統樹から外れた独立した生物種。世界において最高の次元に存在するもの。それこそが竜。

 最高位であり神に近いとされる龍でないだけましだろうが、それでも竜。狙われれば最後、待つのは死のみ。

 美弥は武人ですらない女。ただの道半ばの武芸者に過ぎない彼女にとって、狙われているということはまさに致命。

 相手がいたぶっていなければ、あるいは健脚を誇る兎の獣人でなく、もっと別の種であったならばこうまで逃げ切れなかっただろう。

 だが、それももう無駄だろうと美弥は悟る。先ほどの咆哮。それが最後通告。なぜならば、背後に確かに氷竜の息遣いを感じるのだから。


「え、あっ――」


 足がもつれる。息遣いに気圧されたのか。足をもつれさせて彼女は雪の上を滑る。幸いにして、下は雪でけがなどはないが、振り返ればそこに氷竜がいた。

 もう終わりだと言わんばかりにその巨大な咢を開いて美弥へと喰らいつこうとする。


「ほう、何かと思えば、凍ったトカゲとは珍しい」

「え?」

「伏せていろ、女。邪魔だ」


 その瞬間、そんな少年の声を聞いた。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 少年――坂上秋継が腰を落とす、と同時に、氷竜が乱入者である秋継へと一撃を放った。

 それを、秋継は一撃を放つことで相殺する。その瞬間、刀を通して、腕が凍りつく。


「ほう」


 氷竜の身体は氷でできている。絶対零度。溶けることなく砕けることもない絶対の氷結晶。それが氷竜(アイスドラゴン)という種。その身体は触れた万象尽くを凍りつかせる。

 だが、坂上秋継は笑っていた。腕を凍りつかされたというのに、それでも楽しそうに笑っていた。

 凍った腕など意に介さず、彼は刀を振るう。例え凍りつこうとも、そんなことは関係ない(・・・・・・・・・・)

 刀を構える。闘志が湧き上がる。万象を凍らせるならば、こちらは万象を斬る。

 氷竜が息吹(ブレス)を放つ。絶対零度の息吹。生命の息吹。


「舐めるなよトカゲが」


 それを秋継は一刀両断する。竜の息吹くらい斬れる。


『なっ――!?』


 驚きの声をあげる氷竜。どうやら知性を持った知性種という妖魔の中でも最上位の部類であったらしい。竜の知性種ならば知らぬことなどないとまで言われるほどである。

 だが、そんな竜種であろうとも息吹を斬るなどということは予想ができなかったらしい。いやそもそも息吹を斬るなど誰が予想できよう。

 氷竜が生まれて100年あまり、今の今まで息吹を斬った相手はついぞ現れたことはない。だからこそ、氷竜は驚きの後に、笑みを浮かべた。

 これこそが、望むものだ。頂点であるからこそ、飽いている。頂点などつまらぬ。上が欲しい。もっと上へ。そうだ、これこそが、望んだものなのだ。

 今まで追っていた獲物の事すら忘れ、氷竜は爪を振るう。

 秋継はそれを弾きあげ、そのまま刀を突き刺す。その衝撃は凄まじく、氷竜の身体が大きく砕ける。そのまま右腕を引き抜いて投げ捨てる。更に、飛ばした斬撃が氷竜の左腕を斬り飛ばす。

 そんな尋常でない攻撃に氷竜が膝をついた。


『ぐ――』

「どうした、まだ両腕が飛んだだけであろう。ほら、どうした、竜なのだろう? 竜であるならばこの程度で膝をつくな」

『舐めなよ人間が!!』


 咆哮と共に、氷竜の両の腕が再生する。秋継は刀を構え、氷竜へと踏み込んだ。

 触れれば自身が凍るというのに、秋継は意に介さない。身体の半分は凍っている。だというのに、その剣閃はより鋭さを増していく。

 ここに来て、氷竜は悟る。これは勝てないと。だが、竜種としてのプライドが、武人とはいえ、子供から逃げることを良しとしない。

 もし逃げていれば命だけは助かっただろう。まあ、彼に背を向けて逃げることができたかどうかなど怪しいが。

 前へ行くしかない。尾を振るう、爪を振るう、牙を使う。だが、その尽く、秋継には届きはしない。切り刻まれ、跳ね上げられて、折られる。

 もはや、この山すら消し飛ばしかねない。遥か後方の山々にすらその一刀の斬撃は刻まれている。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「す、ごい」


 そんなありえない状況を美弥はただ茫然と見ていた。

 気合のみで、地が削れ、割れ裂ける。地を蹴る。互いに一瞬どころか刹那のうちに間合いへと入る。もはや、常人ではその戦いを見ることなどかなわない。

 そんな戦いを繰り広げる存在を彼女は1つしか知らない。


「これ、が武人」


 それは武人。武人とは至高を目指す求道者である。人であって人でない者。至高に至ることをを至上目的とし、武願という己の望みを武に誓い、理を超えて己個人の理を敷く者である。

 ただ我を通すためだけに理を外れた者であり、理を外れるがゆえに、武人は常人では考えられないほどの力を得るということを彼女は知っている。

 秋継の振り下ろされる一閃。それは斬撃という言葉を体現しているとすら感じられた。音や光すら斬り伏せて、爆発どころか衝撃波すら巻き起こらぬ無音の一撃。

 人が放ったような一撃ではない。苛烈かつ強烈で、静謐かつ荘厳な一撃。なるほど、確かにそんな一撃を放てる者は武人であるのだろう。

 武人には位階が存在する。

 渇くほどに望む己の願いを見つけること――認識。

 認識した願いを正しく知ること――理解。

 己の願いに見合った武器をただ理から形作ること――形成。

 形成をより先に進めた形で、武にかけた願いのために得た力を具現化させること――具現。

 具現化した力を己の全てとして屈服させること――同調。

 形成、具現の最終段階と言っても良い位階であり、そのまま願いを己の身にて示すことによって特殊な能力を得る位階――体現。

 そして、あと1つ。神化。極限の中の極致。至高あるいは神の所業とも言われるような位階。ここに至れる武人は一握りの中のさらに極小の一部のみ。

 そんな7つの位階が存在する。普通ならばひとつずつ上がっていくのがセオリーであり常識であるし、7つの位階の中にも等級が存在し、それを順繰りに挙げていくことでより大きな力を振るえるようになる。

 そうでなければ振るわれる力についていけないだろうし、上には上がれない。一つ位階を上げるだけでも数年から数十年単位で時間がかかるとされている。

 まだまだ子供のようであるし美弥には彼がどの位階なのかわからない。ただ、それでも相当高いのではないかと予想する。竜種と互角に戦えるような武人は総じて高い位階なのだと彼女は己の経験から知っているからだ。竜種と戦えるような者が低い位階なはずがないのだから。

 いったいどれほどの鍛錬が、いや、どんな(・・・)鍛錬がここまでの領域に彼を至らせたのか。

 その技はどこまでも真っ直ぐだ。邪なものなど何一つない。一つのことを想いつづけ、それを目指した末の技がこれだった。まさしく正しい斬撃というべき剣戟の極致。

 子供が放って良いものではない。決して子供が放つようなものではない。斬撃は無慈悲に、そして当たり前のように氷竜を切り刻む。

 本当に目の前にいる少年は子供なのだろうか。子供であったとして、いったいどのような人生を送ればあのような強さに至れるのか。

 少なくとも美弥には一生をかけても不可能であろうと思えた。だが、美弥は知らぬ。秋継がそんな神に頼った者どもとは違うということを。


「ふむ、さして面白くもなかったか」


 そんな秋継はそんなことをのたまう。地面に倒れたまま。

 はっと我に返った美弥は、


「だ、大丈夫です?!」


 慌てて倒れている秋継へと駆け寄る。


「問題ない」

「いやいや、問題ないように見えないです」


 顔以外全身氷漬け。これで問題がないなどありえないだろう。武人だろうがベースは人間であるはず。氷漬けともなれば辛いはずなのだ。その上、子供、早く何とかしなければならないと彼女は思った。


「問題ない、これもまたよい修行だ。というか、師匠共に受けた修行(拷問)よりマシだ。奴らめ、人が失敗すれば容赦なく殺しに来たからな。裸で溶岩に叩き込まれたこともあったし、何、身体が凍って動かぬくらい問題ない」


 だが、平然と秋継はそうのたまう。


「へ、あ、そ、そんなわけ」


 前半は何を言っているのかいまいちわからなかったが、ひとまずは氷を溶かさなければと美弥は思う。それも早く。問題ないと言っているが子供なのだ。早くどうにかしてやりたいと思うのは年上として当然のことであろう。

 しかし、このような山中。それだけの熱量を発生させるには普通の方法では不可能。氷竜の影響もあり、永久凍土であるこの四の山は熱をすぐに奪う。例え火をつけても溶かすことはできない。

 それが普通の方法ならば(・・・・・・・・)。普通でない手段であればできる。幸いにして、美弥はその手段を修めていた。加減は苦手であるが、きっと大丈夫と残念な頭で結論付けて、美弥は持っていた小金である硬貨を大量に取り出す。

 そして、祈るようにして言葉を紡ぐ


「――請い願い奉る――」


 それは神に願う言葉。理の中において、常人が理を外れた行為を願うこと。そのための術。神州においての術。大陸における魔法。

 美弥は2拍手1拝と共に願う。


「――火の神よ、どうかその力にて、この子を捕える氷を溶かしたまえ――」


 それは求める結果。八百万の神々の神威を借り受けるという宣言。


「――対価奉納 拍手――」


 結果には対価を。過不足なく。そうでなければ術式は効果を発揮しない。もし多すぎれば、少なすぎれば、傷つく。肉体も魂も。

 用意された対価は無事に支払われ、拍手と共に術は効果を発揮する。

 氷が燃え上がる。美弥の見る限りでは秋継の身体には何の影響も与えることなく炎は氷を溶かし尽くした。

 実は結構焼けてたりするのだが、かつて溶岩に突っ込まれた記憶のある秋継にとっては炎程度ないのと一緒であったために騒がなかっただけのことである。


「ふう、よし! もう大丈夫ですよ」


 美弥はそれに気がついていない。


「感謝はしておこう」

「いえいえ、これくらい。私も危なかったですから」

「そうか、では行く」

「あ、だめですよ。一度、医術師様に見てもらわないと」


 氷漬けになったのだ。一応は見てもらわないといけない。と彼女は言う。


「必要ない」

「駄目です」

「…………」


 断固として譲らないという意思を称えた瞳に睨まれて、秋継は、


「はあ、わかった。確かに数年は帰ってないからな、一度帰るとするか」


 と溜息混じりに美弥に告げた。

 どうにも苦手だとごちる。師匠の1人である自称超絶美少女天才解剖医ドSロリババアがこういった眼をしていた。

 その場合、従わない限りずっとそのままなのだ、大抵折れるのは秋継である。そして、すぐに従わなかった罰として肉体改造(解剖)された。

 それ以来秋継はこの手の眼の奴には無条件で従うようになってしまったのだ。


「では、行きましょう。あ、私、美弥って言います。雪乃美弥です」

「坂上秋継だ。行くぞ」

「坂上秋継? それって確か…………あー! 5年前から行方不明になって捜索依頼が出されてた!?」


 そんなことを思い出しどういうこと? とかいろいろと思うことがあるのだが、さっさと山を下りて行こうとする秋継に置いて行かれた美弥は、置いて行かれてまた襲われるのは勘弁とすぐに秋継を追うのであった。


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