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ただ、至高を目指して  作者: テイク
第一章 始まり
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第1話 7歳

 坂上秋継。

 転生者。

 求めるのはただ1つだけ。

 それは「至高」であり「最強」である。それ以外に何も興味などなく。ただ己のために刃を鍛え上げる。森羅万象、三千世界、遍く全てよ斬れろと願う。

 神の加護も祝福も、何もかも要らぬと捨てた。他者は己を輝かせ、至高に届かせるための道具であるゆえに、己の中に他者があるなど我慢できぬから。

 師匠との願いであるから。己の中にある唯一であるから。

 ゆえに、今日もまた坂上秋継は刀を振るう。己の道のその先へと、至高へと向かうために。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「…………」


 無言のまま秋継は刀を振り下ろす。風鳴りもなく、派手さもない。ただの無音。そこにはある種最高傑作の美術品、あるいは芸術品にも勝るとも劣らない美しさが存在している。

 されど確かにそれは斬撃であり、落ちる木の葉を綺麗に両断し、背後の木すらも斬っている。その切り口は美しく鋭く乱れがない。

 まさにこの斬撃は完成された斬撃。正しく確かな斬撃と言ってもよいのかもしれない。しかし、完成されたようでいて、酷くそれは未完成にも思えた。

 事実そうなのであろう。それほどまで磨き上げられた斬撃。そこに至るまでには長い年月をかけて刀を振るい続けたのだろう。

 無名の刀。それは粗悪品ではないが名刀というわけでもなくただの量産刀。今でこそ名刀工と呼ばれる鍛冶師が独り立ちした頃に鍛え上げた最初の刀。斬れ味もそこまであるわけではない刀。

 少しばかり時代が進めば名刀工が鍛えた刀として、美術的価値位はでるかもしれないだけの刀である。弘法筆を選ばずというが、それでもこの切り口は尋常ではない。

 それほどまでに磨かれた斬撃を放っておきながら、秋継の顔に喜びなどはありはしない。このような斬撃、前世では普通であったのだ。今生、齢7歳。ようやく前世の勘を取り戻したといった程度。これがようやく始まりなのだ。


「ようやくか」


 思えば長かったと秋継は思う。

 0歳の時に気と魔力の融合循環による肉体活性を行ったは良いが、強すぎる肉体活性が逆に肉体を破壊した。無論、それによって上昇した治癒能力ですぐに治ったが、治った端からまた破壊されてゆき、また治癒というエンドレスに陥った。

 幸い0歳であったため魔力と気の総量が少なかったのですぐに枯渇し融合循環を維持できなくなり事なきを得た。

 運がよかったのは全て治癒し終わった時にタイミング良く枯渇したことだろう。

 ただ、それでも秋継に自重という二文字はなかった。普通ならば自重や自粛などするものだろうが、嬉々として気と魔力の融合循環を行った。

 破壊と再生。その2つが肉体を強くするには不可分であったからだ。

 いわゆる超回復という奴。師匠の1人であった自称美少女天才解剖医ドSロリババアによる肉体改造もそれの延長戦であり、肉体を完膚なきまでに破壊されてからの再生によりかつては刀を振るうに最適な肉体を作り上げたのだ。

 ゆえに、自重や自粛などせずに秋継は度を越えた肉体活性による破壊と再生を繰り返した。そんなことをしていれば何かしら両親などに気が付かれそうなものであるが、両親は戦争に行っているらしく家におらず、もっぱら秋継の世話は侍女的な女がやっていたために誰にも気が付かれていない。

 もはや神の領域に存在する不屈の精神によって痛みなどで泣き叫ぶことなどしないためバレることはない。

 その上、魔力と気が枯渇してしまえば気絶するかのように意識を失う。そのために1日の大半を寝て過ごしていた秋継の行いがバレることはなかったのだ。

 そんな無茶のおかげか魔力と気の総量も増えた。魔力と気は枯渇して回復すればするほど総量が増える。これも筋肉の超回復と同じである。

 そうやって1歳になり、歩けるようにもなった秋継は自分を監視する侍女を気配を遮断して振り切り、家――かなり大きな屋敷――にあった適当な刀を一振り頂戴して誰にも見つからない森へと入り、刀を振るった。


――結果、再び肉体は破壊され、再生を繰り返すことになった。


 あまりに凄まじすぎる斬撃に肉体活性を行ってなお身体が付いてこなかったのだ。ただ何度も繰り返せば次第に身体がついていくようになる。そうやって前世の自分と同じ肉体を作り上げていった。

 余談ではあるが、暗くなった頃に家に戻り何食わぬ顔で寝ていた秋継を見つけた侍女により数日間は紐で結ばれてしまい抜け出すのが面倒なったのは言うまでもないことだろう。もっとも、それでも抜け出すのが秋継であるのだが。

 そうしてそんなこんなで坂上秋継7歳。身体能力は既に――比べたことはないのだが――並みの大人を遥かに凌駕し、刀を振るう技術もようやくかつてのそれを取り戻していた。スタートラインにようやく立ったのだ。

 1年ほど前から神社――所謂村の学校の代わり――に通っているので昼間は神社に向かわなければならない。だが、秋継はもう神社に行く気などなかった。知りたいことは既に全て神社の書庫にて学んだ。

 もはや通う意味などない。友達など必要ないし、もとより精神年齢が高すぎる秋継に寄ってくる奇特な子供などいなかった。

 ようやくスタートラインに立ったのだ。もう無駄にしてよい時間などない。7年も時間を無駄にしているとすら思っている。ゆえに、山へ行くことにしたのだ。


「では、行くとするか」


 秋継は気配を消して屋敷を出る。両親は相も変わらず断続的にしか家に帰ってこない。色々と忙しいらしいのだが、秋継にとっては好都合。気を使わず――元から使う気すらないのだが――本格的に修業ができる。

 侍女の方も今現在は――秋継は会ったことがないが――妹の世話をしているため手が離せない。つまり秋継は現在フリー。何をしても咎められない。

 そういうわけで秋継は屋敷を出るのだ。戦うために。

 屋敷のある場所は少々小高い場所にあるようで、石段を降りることになった。桜景色が美しい石段を下りていけば村に辿り着く。

 ここは大陸からは極東と呼ばれる八百万の神々がおわす神なる地。四季折々、風光明媚な美しき島国――神州。人だけでなく、神や亜人など数多くの人が暮らす美しき地であり、神州四十八国(しんしゅうしじゅうはちこく)の1つである煌桜(こうおう)という国にある村である。

 化生あるいは妖怪、妖魔――大陸では魔獣と呼ばれる――がこの世界には存在し、それを倒すと魔晶石――あるいは魔石――と呼ばれる特殊な石を落とす。それには様々な性質があり、多様性を持っているため需要がある。それを集め売る〈武人〉や〈武芸者〉、〈万屋〉、〈冒険者〉、〈探索者〉の村がこの坂上村である。

 そんな調べたことを思い出しながら石段を降りきった秋継はそこから調べたとおり、予想以上に発展した村に一瞥もくれてやることもなく左後ろに伸びる道へと入る。そこは桜の美しい山へと伸びていた。


「さて、妖魔とやらの実力、如何ほどのものか」


 秋継が向かっているのは7つの山が連山になっている一梨山(ひとなしやま)。桜の美しい山ではあるが、一梨山とは人無し山であり、人ではない化生や魑魅魍魎の類が犇めく魔の山。武人や武芸者、万屋――俗にいう冒険者――の狩場である。

 気配を消しているため咎める者も止める者もいない。そして山に足を踏み入れる。雰囲気が変わった。明るい昼間だというのに暗く、陰気が立ち込めているよう。狩場としては初級も良いところの一山であるが、それでも妖魔の気配は今まで秋継が感じたどの気配よりも濃密で強い。


『GRAAAA――――!』


 深い深い山の中を鋭い獣の咆哮が木霊する。

 隻眼の三日月熊が咆哮を上げている。

 彼は動物が長い年月を経て妖魔に転化した個体。分類としては中級であるものの長く生きた個体である隻眼は上級に分類してもおかしくはない強さを持っていた。上級はもはや個人が相手をするような分類ではなく数を揃える必要がある区分である。

 そんな存在が一の山から存在していた。それでいて主でないのだからこの山の規格外さがわかると思う。この連山は神州でも指折りの魔境と呼ばれている。


「はっ――」


 それを知った彼がもらしたのは嘲笑か。なんにせよ彼は笑っていた。量産品である刀を抜いて駆ける。

 目指すは頂き。至高。それ以外に興味などなく、強敵など全ては己が至高に至るための舞台装置でしかない。

 襲い来るは悪鬼羅刹、魑魅魍魎。

 それがどうしたとばかりに一刀を振るう。普通であれば量産品でしかない刀ではこの山の妖魔を斬ることはできはしない。特別な技法で打たれた刀ではないから。そこには神秘も魔力も何も宿っていないのだから。

 だが、斬れるのだ。それを坂上秋継が振るうから。彼は斬るための人であるから。斬れるのだ。理屈ではなく、そういうものであるのだ。

 己に斬れぬものなどありはしないと。全てを斬ると誓っているのだ。それを成せる彼は()にいるのだ。

 秋継は斬撃と共に疾走する。背に屍山血河を築きながら強者へと向かう。


『GRAAAA――――!』


 眼前で隻眼の三日月熊が咆哮を上げている。そこに宿るのは確かな闘争の意志。それを秋継は捉える。それに挑発的に闘気を当てていれば嫌でも隻眼は怒る。それが妖魔であるのだから当然だろう。

 隻眼は挑発に乗ったとばかりに己の中にある莫大な闘気を眼前を疾走する秋継へと叩き付ける。

 並みの子供であれば、失神し失禁しかねないその闘滅の意志を受けてなお、秋継は年不相応な、不敵な笑みを浮かべている。悠然としたその黒の瞳はかかって来いと言っている。

 弱々しく見える子供。隻眼ほどの妖魔が軽く腕を振るえばそれだけで命を刈り取ることが出来るだろう。あのような不敵な笑みが恐怖に変わる様を隻眼は数多く見て来た。子供ならばなおさらだ。

 だが、隻眼に油断はない。自身につけられた数々の傷が彼から油断を消している。油断や慢心は数多くの敗北を生んだ。それは隻眼がただの熊であった頃から変わらない。

 ゆえに、隻眼には油断や慢心はない。それに本能が告げるのだ。秋継という少年はただの子供ではないと。


「行くぞ」


 それは言葉と共に放たれた斬撃が証明している。放たれた斬撃は鋭い。隻眼が見た中でも最上とも言える。

 だが、隻眼は経験からそれを機敏な動作で躱す。刀を使う敵とは幾度となく戦ってきた。確かに秋継の斬撃は凄まじい。

 だが、攻撃というものを受け続けてきた隻眼もまた並みではないのだ。もはや本能だけでも攻撃は躱せる。

 お返しとばかりに爪にて薙ぐ。その不揃いな形の爪は長い年月を生きた隻眼の生の苛烈さを表している。それだけに威力は申し分ない。

 その一撃を秋継は身を伏せるようにして躱す。頭上を通り過ぎる莫大な圧力に対して刀を振り上げた。


「ふむ、浅いか」


 鮮血が舞う。だが、隻眼の首を断つには至らない。振り上げた刀は隻眼の腕を少しばかり斬るだけに止まった。 

 リーチが足らないというのもあるが、それでも腕だろうが断つ気でいた。隻眼が寸前で腕を引いていたのだ。それがなければ、腕が飛んでいただろう。その判断は素晴らしい。

 本能的な恐怖が隻眼を駆け上がるが逃げることは出来ない。逃げれば最後、無慈悲に斬り裂かれて終わる。それくらいは朝飯前の技量を秋継は持っている。


『GRAAAA――――!』


 それを自覚して咆哮を上げる。もとよりそんなことは知っている。それでも勝つのは己であると隻眼は四肢に力を込める。力を込めて己の武器である爪を振るおうとした。

 それよりも速く秋継は動く。未だ小さく小回りの利く体躯を活かして、今できる最速の斬撃を放つ。風を断ち切り斬撃は駆け上がる。


『GAAAaaa――!?』


 腰溜めから振り上げられ斬撃は今度こそ隻眼の腕が飛ばす。量産品とは思えないほどにその刀はするりと骨を断つ。

 飛ぶ腕。それを見てなお隻眼の闘志は揺らがない。痛みに耐えてもっとも強力な顎にて食らいつかんとする。


「その意気やよし。だが、終わりだ」


 隻眼にできたのはそれだけであった。大きく開けたその口を刃が斬り裂く。口内を斬り裂いてその刃は脳にまで届き、頭蓋を貫通して後頭から出ていく。

 痛みすらなく、何かを感じるまでもなく隻眼は絶命している。思考の中枢たる脳を切断されてしまえば異常な生命力を誇る妖魔だろうが、確実に絶命する。

 重音を響かせて、隻眼は倒れる。長年を生きた隻眼の最後であった。


「よい戦いであった」


 秋継は死した隻眼へと告げる。満足がいくような血戦ではなかったが、それでも良い戦いであったと隻眼を称えるように言い刀を引き抜く。

 隻眼の死体をそのままに秋継は山の奥へと入って行く。目の前に立つもの全てを斬って、ただ頂きを、己が至高を目指して、坂上秋継は刀を振るう。

 屍山血河を築き上げ、その先を、血塗られた修羅の道の先を目指す。その先にあるのが死だろうとも秋継は止まらない。ただ刃を振るう。そのために生きているのだから。


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