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ただ、至高を目指して  作者: テイク
第一章 始まり
2/48

前口上

 誰も来ぬ秘境に1人の男――神谷志朗(かみやしろう)がいた。老いていながら、その身に宿る活力は健在。若かりし頃、彼が1つの完成を見た時となんら変わりない。その存在こそが、ただ一本の刀というべき人。

 だが、終わりを想像できぬそんな男の生は今、終わろうとしていた。己で、己を斬るという行為によって。


「…………ああ、まだ、届かぬのか」


 己へと突き刺した刃。

 それは冷たく。熱く。流れ出すのは己の鉄血。しかして、その刃は決して満足のいくものではなかった。刃は届いていない。至高に。

 至高に届けと振るった刃は至高には届いておらぬ。最後と己を斬ってもなお、届かぬからこそ至高か。

 そう納得しようとするも納得などできるはずもない。至高に届けと願われて、願って、ここまで生きてきた。生きる理由は1つで。それ以外にありはしない。他に生き方などあるはずもないのだから。

 残ったのは後悔ばかり。未練ばかり。愛する者は既に誰もいないこの世界に対する未練などではない。斬れなかったことに対する未練。老いて、病魔に侵されながらも刀を振るい続けてなお、己はいまだ森羅万象を斬れたわけではない。至高には届かなかった。

 しかし、もはや時間などなく、己を斬ることで一種のけじめとする以外になかった。それでも、願う。斬ることを。至高を目指すことを。

 そうして意識は次第に薄れていく。ただ己の無念を思いながら。だからこそ、いや、間違っていたからこそ、世界は彼を死なせるわけにはいかなかった。彼の魂は、間違いの中でこそ正しく輝いていたのだから。

 ゆえに、完全に消え失せるその直前、


(なん……だ……?)


 消え失せかけた意識が繋ぎ止められる。消えたはずの感覚が戻る。志朗が感じたのは、何かに包まれているという感覚であった。温かく、不思議と息苦しさもない。それでいて、酷く不快に感じられる。

 動くに動けず。己の手にあった感覚はどこかへと消え失せてしまっていた。ただ漂うしかできない。ゆえに、ただ待ち続ける。

 そんな闇の中を漂っていると、どこかへと押し出される感覚が生じる。何がなんだかわけがわからないが、ここにずっといる気のない志朗は流れに身を任せた。押し出される先は光。その光へと志朗は飛び出す。

 それはさながら再誕の産声と共に、志朗は新たな世界へと生まれ出るようなものと感じた。そうして、まず聞こえたのは騒ぎ立てる男女の声。


「う、生まれた! 生まれたぞ! やったな春夜!」

「ああ、聞こえているよ冬治。そんな叫ぶなお前らしくない」

「し、仕方ないだろう。我が子なんだから」

「まあ、それも当然か」

「で? 男なのか?」

「ああ、男の子だ。坂上秋継。あんたとあたしの子だよ」


 そのような感じの日本語。それに対して、閉じていた目を開く。

 そこに写るのは己を覗き込んでくる見覚えのない二つの巨大な顔。男と女。どちらも東洋系の顔立ちで黒髪ではあるが、女のみ異常に紅い瞳の色をしている。

 確かに自分は死んだはずと志郎は思う。まさか助けられたのかと思うが、それはないだろう。秘境の奥地での自殺だ。見つかるはずもない。 

 もし助けられたとしても、老いたとはいえ成人男性よりもはるかに巨大で体重もそれなりにあった志郎を女の細腕が抱えられるはずがない。つまりは、これは異常事態ということ。では、これはどういう事態なのか。

 ああでもない、こうでもないと魂レベルで刻まれた知識をもとにして考えをめぐらせれば、ひとまず思い付くのは1つ。


(これは、生まれ変わりという奴なのか? 坂上秋継が今の俺の名か?)


 生まれ変わり。輪廻転生。読んで字のごとく、死んだものが新しく生まれ変わること。

 志郎はこういったことはまったく信じないのが常なのだが、こうやって確かに死んだはずが生きているという矛盾をはらんだ状況であるならば、それを信じないわけにはいかない。

 それに現実とは思えぬ目の前の光景を、否定できる要素が何もないのだ。死んだはずなのに生きている状況、動かない身体に、自身を見下ろすか抱えるだけの男女。自身の肉体とは思えないほどの弱さ。失くした左手の重さ。

 生まれ変わりを否定できない。


(否定できんな。つまり、これは生まれ変わりか。ならば是非もなし)


 目指すことやることなど決まっている。やることなど端から決まっている。ただ斬る。至高を目指す。それ以外などどうでもよい。己が至高として輝くのであれば他のことなど知らん。何があろうとも退かぬ、媚びぬ、省みぬ。

 目指すは極点、最強の二文字のみ。至るべきは至高である。


(今度こそ、俺は至高へと至ってみせよう)


 それが師匠との誓いであるから。それが己の願いであるから。森羅万象、三千世界。遍く全てを斬る。

 神谷志朗はこの日、坂上秋継として生まれ変わった。だが、何一つ彼は変わらない。斬る。世界の全てを斬り、そして至高へと至る。


(さあ、修行だ。0歳児といえど気くらいは扱えるはず。まずは瞑想だ)


 寝かされた秋継はさっそく瞑想を始める。

 できることならばさっさと刀を振るいたいが、如何せん0歳の肉体は秋継であろうがどうしようもない。それゆえの瞑想。

 身体が動かせないなら精神を動かせばいい。そういう理屈からの瞑想である。目を閉じてひたすらに心を無にし、彼は己の内面へと潜っていくのであった。


(…………なんだ、これは)


 瞑想を始めて秋継はすぐに違和感を感じた。彼が感じとったのは2つの力であった。

 1つはなじみのあるもので、気と呼ばれるものエネルギーであった。前世と同じく身体の中心から湧きだし身体中を無秩序にめぐり垂れ流されている。

 もう1つも同じようなものなのだが、湧き出している場所が少しばかり違うと秋継は感じていた。身体の中心は同じだが、もう少しばかり深い。より自分に近い場所。探れば答えは直ぐにわかる。それは魂と呼ばれるものから湧き出していた。


(気、ではないな。似て非なるものだ。ということは、これは魔力という奴か)


 肉体を介し(まこと)に通ずる力が気。魂を介し(ことわり)に通ずる力が魔力。

 祖父と祖父の友人であり秋継の前世での師匠の1人である超絶肉体派ボディービルダー魔法少女(男)の言葉を秋継は思い出す。


(なるほどどうやら前世の世界とは違うというわけか)


 その事実にただ笑う。

 己はまだまだ強くなれる。そう明確に感じられる変化であったからだ。異世界だろうが関係はない。ゆえに、まずはと言わんばかりに気と魔力の流れを整えにかかる。

 無秩序極まりなく垂れ流しという状態は秋継にとっては怨敵以外の何物でもなかった。なにせ、前世でそんな状態になろうものならば師匠共は容赦なく秋継を殺しにかかったから。

 魔力は初めて扱うが、気と同じもので、気合いでやればなんとかなると魔法少女(男)に習っていた秋継は初めて扱う魔力ですらコントロールできた。いや、コントロールした。できる、出来ないではなく、したのだ。トラウマというものは偉大である。


(――む)


 だが、突然弾けたかのようにコントロールが効かなくなった。否、正確にははじけた。流れを整え、いざ練りこもうとしたその瞬間に、2つの力が接触した瞬間に弾けた(・・・)


(なるほど、似て非なる相反する力ゆえに反発するというわけか)


 ならば片方だけ使えば良いこと。この世界の人間はそうやっている。

 だが、この男、秋継は違った。もとよりそんな常識など知らない0歳児の身である。無茶だろうがなんだろうがやる気であった。

 なにせ、相反する力を1つにすれば相乗効果により得られる恩恵は10倍どころの話ではないのだ。かつてはできなかったこと。かつての魔力のなかった己ではできなかったことが今はできる。

 ゆえに、


(相反するなど、反発するなど知るか。知ったことか)


 練り上げる。己にある力なのだ。己で御せぬはずがない。己で御せぬ力など力ではない。ただの欠陥だ。

 ゆえに、練る。相反し反発する2つの力を乱暴に丁寧に練り上げてゆく。2つの力を身体の中心で混ぜ合わせる。円を描くようにして流れを作り上げて中心で1つにする。

 それはさながら太極図の如し。秋継はただ己の感覚のみで正解にたどり着いていた。いや、用意されていたものがはまったと言うべきだろう。前世から祖父と師匠たちによって施されていたもののひとつが実を結んだのである。

 それからゆっくりと垂れ流されていたものを逃がさぬように、身体の中心から末端へ、末端から中心へ身体の隅々までに循環させていく。


(ふむ、安定したか。なるほど、ある一定を超えると安定するわけか)


 魔力と気が融合し安定する。完璧に、十全に、垂れ流される気も魔力も彼にはありはしない。全てを己が内に留めている。まるでそこだけ何もない虚無のよう。あるいは一つの完結した世界か。漏れ出るものはなく、完全に循環させたそれはまさに完結した世界であろう。

 本来は熟練者、それもほんの一握りの天才にしか不可能とされる。無論、その効能は大きい。気と魔力の融合は相乗して莫大な肉体活性を発揮する。


(次だ)


 そこから瞑想の第2段階へ移る。気と魔力は安定化させた。そこよりもより深いところを見ていく。

 表層から更に深層へ、そして深奥へと自身を下していく。見つかったのは1つの違和感。己の力ではない、それを自覚する。何かの気配。感じるのはさながら神域のそれか。そうそれは神の気配ともいうべきもの。

 形として認識する。何かの光の塊ともいえるもの。それが己にへばりついている。秋継に明確な殺意が沸いた。


「なんだ、これはふざけるな」


 それは加護とでもいうもの。この世界において、ゲームでいうところのレベルのようなものである。遙か高みに座す何者かが与えた慈愛の形であり、この世界の人間であるならば喜ばしいものだ。

 だが、秋継はその存在に激怒する。


「こんなものなどいらぬよ」


 そう吐き捨て走る。

 精神世界においての姿は己の全盛期。それに現在の気と魔力融合を混ぜる。久方ぶりの充足感。具合を確かめて、魂の剣を抜く。鋼の輝きが姿を現す。抜かれた刀は変わらずに美しい。反りの入った刀身と冴える鋼の輝きは見る者を圧倒し、刻まれた刃紋はどこか言い知れぬ色香すら放っていた。

 そして、踏む込む。生前以上の速度をもって、形のない輝きに秋継は肉薄し刀を振るう。動くことのない輝きを刃は捉える。それがただの加護でしかないのであれば、秋継はそれを斬ることができた。

 要らぬから。己の力でないものなどいらない。己の身一つで我を通せないで何が人か。他人に支えられてしか立てぬというのならばそれはもはや刃ではない。

 秋継の自負が加護を斬り裂く。魂の根源に植え付けられたそれを斬って捨てる。要らぬの一言で断じ、消し去った。

 何もなくなった己の世界。己のみ。ここにあるのは確かな刃だけ。これこそが坂上秋継。そうでなければならない。万象を斬り裂く刃であれ。そう願われて、そう願って。己は刀となったのだ。

 森羅万象、遍く全てよ斬れろ。ただそれを願い続けて。


「俺が俺で満ちている。他には何もいらない。ここには俺だけがあれば良い」


 己だけ。神の加護もなく、ただ1つ己のみ。それを確認して、秋継は現実へと回帰する。瞑想は終わり、深奥から表層へと戻った。

 そんな風に己の深層に目を向けていたからだろうか。内面から戻るまで目の前に見慣れない両親ではない女の顔があることに気が付かなかった。

 ただ秋継は慌てない。気が付いた時には目の前に誰かいるなど前世の師匠たちからすれば朝飯前のことだった。

 むしろ、そんなになるまで気が付かなければ容赦なく攻撃されたので攻撃されていないだけましとすら秋継は思っている。

 ゆえに、普段ならば反撃するだろう見慣れない顔の女は特に何かすることもなくただ秋継を眺めるだけなので、秋継も気にせずまた瞑想に入るのであった。

 強すぎる肉体活性が逆に肉体を破壊しているが、当然のようにそれを表に出さず。上昇した治癒能力で治療する。だが、治った端からまた破壊されてゆき、また治癒というエンドレスに陥る。

 それでも秋継は笑っていた。まだまだ、強くなれる己にただ酔いしれていた。


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