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04.

彼女がいつ来るか解らないのもあって俺は手早くシャワーを済ませ、ソファーで缶ビールを開けていた。携帯の時刻は二十三時になろうとしており、そろそろかなと思ったのはもう何度目か。テーブルの上の携帯をじっと見つめていると、光が瞬く。


待ち望んだコール。


俺はローテーブルの上の携帯を取り上げ、受信トレイを開く。彼女からでは無いどころか、会社の自分のアドレスからの転送メールだった。タイトルは無題。本文に『バー・レコルトから出て来た二人』、添付画像には一組の男女。

「!」

タクシーを呼び止めたらしい男が「彼女」と一緒に立っていた。この小さな画面の中でも彼女と確認出来る。しかも男は、今日彼女の約束の相手若村では無い。若村より背は高く、骨格も良い。横顔だけだが端正なのが見て取れる。

どういう事だ。

俺は直ぐ様、彼女に電話を掛けようと指を翳しゼロをタップ。けれど其処で手を止めた。そのタクシーに乗って一人で此処に乗り付ければ良い。それからこの画像の事は聞こう。だから、待て。彼女にも彼女の付き合いがあると言うモノだ。若村と飲む約束だった事が嘘だとは思わない。事実、若村が彼女を飲みに誘っているのを俺は耳にしたのだから。自分に強く、そう言い聞かせた。




待てど暮らせど、インターホンも携帯も音を発する事はなかった。




まさか。そんな訳がない。その思いが錯綜する。とうとう俺は彼女へと繋がるコードを押した。だが無情にも其れが応答する事はなく、度重なる電話にもメールにもレスポンスは無い。俺は携帯を握り締めた手を、この不安を払拭して欲しいと願う様に額に押し付けた。リダイヤルを繰り返し、先に力尽きたのは彼女の携帯だった。

機械的な応答に自嘲的な笑みが零れる。

そんな女じゃないと思っていたけれど、彼女も『そんな女』だったのだろうか。

これまでの彼女からして約束を簡単に破棄してしまう様な女ではないと思っていた。初めて食事の約束を取り付けた時も、その後何回か無理に誘った時も、インテリアショップに行った時も、本当に嫌だったのなら断ると言う選択肢も有った筈だ。だが全ての約束に彼女は律儀にやって来た。だとしたら、何故今日は来れないのだ。何故一本のコールも寄こさないのだ。


あの男と一緒に睦言に興じているから?


事故に、遭ったからか?


「…最悪や」

俺の不安の比重がどちらに傾いているか想像して、自分に吐き気がした。俺は髪を掻き毟りながら携帯をテーブルの上に置き、キッチンの方へと移動する。二人掛けのダイニングチェアーの上に置いたブリーフケースを弄り煙草を取り出した。彼女が嫌いな煙草をこの部屋では控える様にしていたが、今夜は我慢できそうにない。



空が白むまでの間、まるで奇跡を願う様に彼女へ電話を掛け続けた。「通じないだろう」と思いながらも心の何処かで淡い期待を持ち、そして無機質な応答に落胆する。此処にこうして一人悶々としている事に耐えられなかった俺は、着替えを済ませると人の少ない朝早い電車に乗り会社へと足を運んだ。

一時間程すると彼女はやって来た。『律儀』にも彼女は「おはようございます」とパーテーションの向こうからやって来た。


「えらい早い出勤やな」


彼女は俺の存在に一瞬驚いた顔を見せた。だが其れは直ぐに泣きそうな顔へと変わる。答えない彼女に昨夜俺のメーラーに送られてきた画像を提示する。まるで尋問の様に彼女を追い詰めた。自分でも愚行だと思う。言い訳を聞くと言いながら彼女を追い詰めているのは他でもない俺だからだ。タイミングが良かったのか悪かったのか、総務の誰かが出社したので俺は彼女の前から立ち去った。彼女が俺を追って来るような事は無い。





   ◇




「もしもし」

『やぁっと繋がったわぁ』

俺では無い誰かが口にする関西弁を久し振りに聞いた俺は少し脱力しながらソファーに背を預ける。

「何やねん何べんも電話してきよって」

電話の向こうの男がぶはっと吹き出して笑った後

『用があって掛けとんのに何や自分その言い草は』

と呆れ気味に言葉を口にした。


電話の相手は高校の時からの付き合いで悪友の山本虎太(とらた)。俺が本社行きになる事を本当に悲しんでいた男だった。『俺と同じ位良い男なのはお前しかおらん』とか本気で言ってる馬鹿な男だ。何時もならコイツとの電話は面倒で早々に切り上げる所だが、彼女の事で気持ちが不安定だった俺は昔馴染みの虎に安堵を覚えた。


『ユキんとこて夏休みとかあんのん? 自分こっち帰ってきいへん言うし俺そっち行こかと思て』

「来んでええ、鬱陶しいわ」

『はぁ? ほんまは大阪恋しなってるちゃうのん? 東京の人間は冷たいやろぉ? 俺が慰めたるでぇ?』


冷たい…か…。


『…何やねん図星かいな。心なしか声にも覇気無いんとちゃう?』

「そないあらへんて……ちょっと色々と上手くいってないだけや」


”ちょっと” と言ったが、随分と軽く見積もった言い方だなと思い俺は小さく笑った。

あれから一週間が経ったが、彼女から連絡は無いし俺からもしていない。自分でも意地になっている気はした。言い訳する気があるなら彼女の方から来るべきだと、何処かで浅ましくも思っている。


『何でも器用にこなすんがユキやったんやないの? 東京の空気で頭おかしなったか?』

「…もう俺の話はええて。でいつ東京(こっち)来よるん?」

『会うたら覚えとけよ、めっちゃ吐かせたるからなっ』


暫く虎と喋って電話を終えた時には幾らか気分が落ち着いていた。二十九にもなって些かホームシックだったとか、きつい冗談だ。俺は手の中の携帯に視線を落とし、親指で画面を撫でた。あの時、彼女をフロアの外に引っ張ってでも前夜の事情を聞けば良かったのだ。過去の傷と、彼女が来ない焦燥感に苛まされて俺は、彼女にきちんと向き合う事が出来なかった。


結局俺は、あの頃から何ら成長してないのか。




小学生の俺は、まぁ普通にやんちゃなガキだった。中学になってバスケ部に入ったら一気に身長が伸びて、自分でも言うのも何だが顔は悪く無かったし自然と女子の注目を浴びる様になった。知らない子に告白をされたりしてよく驚いたものだ。自分の事を何一つ知らないのに何故「好きです」と言う単語が出てくるのか。勿論そういう女の子からの告白は断った。

ところがその結果『和田は理想が高い』というイメージの定着だ。到底納得のいく物では無かったが、噂は噂だと俺は気にせず、自分の思うままに行動した。先生を困らせる事も、周りを笑わせる事も楽しかった。だから俺をよく知る女子は大抵「和田って、喋らんとええのに」と言う。


『残念な男』と言うレッテルを貼られた俺は高校に上がり、虎と仲良くなった事で一変した。やたらと自分の容姿に頓着するこの男に感化され、モテる事に優越感を抱いてしまった俺は髪型だったり服装だったり周囲の目を気にする様になった。『おもろい事は言わんでええ、女の話をにこにこ聞いとったらええ』そう虎は俺に助言した。そんな態度をコンパでひとたびすれば、和田幸成と言う『王子様』の出来上がりだ。


可愛くて話も合った子と暫くグループ交際的に遊んで、告白をされて付き合った。

本当の俺を知って貰いたいと思った俺は、どんどん彼女の前で地を出していく。ともすれば結果は見えていた。二ヶ月にも満たない内に

『幸成って、ガキやんなぁ』

と振られたのだ。傷付かなかった訳は無い。結局、この女は俺の外面しか見て無かった訳だと現実を嘆いた。




それから俺は『俺』を作ってしまった。王子である俺を振る女は誰一人としておらず、俺は傷付く事がなかった。王子を演じる事に疲れたら、彼女の前から去れば良いだけの話だった。決して褒められる行いじゃないとは思う。けれど、女だって結局は俺の容姿にしか興味が無いのだ。だったら其れを最大に活かしてやると俺は考え、悪友である虎も又そう言った類いの男であったから『処世術』に拍車が掛かった。






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