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03.

やはり顔色の良くない彼女を送ろうと待つように言ったのに、彼女は頑なに其れを拒もうとする。こっちは親切心のつもりもあって、彼女が手にしたバッグを引き取りソファーへ座らせようと腕を引いた。ところが其れを彼女は思いの外強い力で振り解いた。


「頼んでない、あた、あたしは一人で帰れますっ」


近付いたと思っていた距離は未だ遠くて、彼女は「俺」自身を拒もうとしているみたいで耐えられなかった。彼女は又泣きそうな顔を見せ玄関へと走る様に逃げる。存外、子供な俺は忍耐力が足りないらしい。


ずっと望んでいた、彼女を抱き締める事を。


何時か見た折れそうな程の彼女の身体。想像通り華奢な体躯は俺の中に閉じ込めておきたくなる。背中から抱き締めた彼女から湧き立つ匂いに眩暈を覚えた。今、彼女が俺の中に居るのだ。俺の腕の中で身体を緊張させた彼女が息を飲む。


「無理、限界や」


   ――― 俺のものになれば良い


「俺にしろ」


   ――― 俺を選ぶんだ


「断ったらあかんで」



俺はほんの少し躊躇いながら彼女の左頬に、右手で触れる。俺を拒まないで欲しいと思いながら、無理強いは嫌だと心の何処かでせめぎ合う。少し上向かせた顔に徐々に近付くと彼女は、睫毛を少し伏せながらただ静かに其処に在る。

俺は想いをぶつける様に彼女に口付けを落とした。焦がれた彼女の肌に己を押し付けて、柔らかい唇を貪り彼女への想いを新たにする。キスに応えた彼女の瞳は潤み、俺は甘い熱を読み取って喜びを感じた。





   ◇




金曜の夜、飲んで帰ろうと誘えば彼女は最近オープンしたと言う居酒屋を選んだ。又も流行りの個室居酒屋だった。大抵の女はイタリアンだとか、夜景が綺麗に観える店とかが好きなものだと思っていた。クールビューティな容姿からそっちのセレクトの方がしっくり来るのだが、彼女は例外の様だ。良い意味で期待を裏切る彼女の魅力は俺のとっておきな物になる。


「ユキさん、お好み焼き食べたいとか言ったら了承する?」

彼女はメニューから顔を上げると俺を窺う様な眼をしてそう言った。

「…此処でか?」

「うん…何か甘っ辛いソースとマヨネーズが食べたい気分になって…」

「あかん。粉もん、こないなとこで食うもんちゃうし」

力説する俺を、半笑いの顔でじっと見つめてくる彼女。俺は真向かいに座る彼女の頬を軽く指で摘まむ。

「自分、今其れわざと言ったやろ」

図星らしく彼女は吹き出す様に笑う。してやられたのに彼女が楽しそうに笑ってるから、俺も嬉しくなる。俺も相当だ、と言う自覚はある。

「今度はお好み焼きパーティしよか」

「しようしよう」


彼女は俺を喜ばせる天才だと思う。






「主任、俺もうあがりますけど」

二課の方には既に電気すら点いていない営業部のフロアで、俺は神崎君に声を掛けられキーボードを叩く手を止めた。気付けば、一課にも神崎君と俺しか居なかった。彼もずっとデスクワークだった様で両腕をぐんと真上に伸ばし大きく息を吐いた。

「あぁお疲れ。俺もこの辺で」

データに保存をかけサーバーにも落としておく。

「プライベートな話、して良いですか?」

彼が、彼女の友人の柴田さんと付き合う事になった事は承知しているし彼も又、俺が彼女と付き合ってる事を知っている一人だ。俺よりも一つ年下の彼は気さくでありながら律儀な人物で、東京に来て最も信頼している同僚かもしれない。

「どうぞ?」

俺はパソコンの電源を落とし、ブリーフケースを足元から持ち上げ彼に先を促した。

「…芳野さんって主任と二人で居てもクールな感じなんですか?」

其れはどういう趣旨の質問だろうと頭の中で考える。彼は柴田さんの彼氏で、彼女に興味が有る訳ではない筈だ。俺が黙った事で頭の良い彼は慌てて手を振り

「違います違います、俺が芳野さんをどうとかじゃないですよ?」

と弁明を始めた。俺には聖奈(せいな)が居ますからとか言葉は続く。

「クール、なのかな」

神崎君に彼女が居ようが居まいが、彼女の素性をベラベラと誰かに喋る気は無い。俺は立ち上がると、出入り口に向かって歩き出す。神崎君も直ぐ俺の隣に並んだ。

「じゃぁ、芳野さん主任に弱音吐いたりとかも無いんですか?」

「弱音…未だ付き合いも浅いからなぁ」

当たり障りのない様に言葉を選び彼の質問に答えて行く。フロアを出てエレベーターホールに立ち、俺達はデジタルパネルを見上げた。

「へぇやっぱり芳野さんって強いんですね。聖奈が言ってたんですけどね、自分だったら直ぐ彼氏とか友達に縋るって」

「強い…?」

彼の話が少し不透明で俺は内心首を傾げながら、相槌を打った。すると神崎君は此方を見て驚いた顔をしている。

「だって、あれだけ女の妬み受けてても聖奈にすら愚痴零したりしないんですよ? 芯が通ってるんでしょうねぇ聖奈が羨ましいって言ってましたよ」




   ――― 女の妬み…?




エレベーターの扉が開き、誰も居ない事を確認すると彼は独り言ちる様に頷きながら「女って本当に酷いですよね」と言う。

「伊藤が聞いたらしいですけど、社食でもこれ見よがしに悪く言ったりとか擦れ違う時にわざと腕ぶつけたりとかあったらしいじゃないですか。マジ社会人のやる事かよって思いますよね」

俺は極力感情を押し殺して

「早く治まると良いんだけど」

とだけ言った。



まさかそんな事が表面化で行われていたなんて。

確かに、彼女と付き合う前はいわゆる『王子』の俺を手に入れようと躍起になる女性が多数居た様に思う。自惚れでは無く、正直そういう事は過去にも同様の事が有った。そして、俺に特別な彼女が出来ると其れは一応の形で治まるのだ。学生の頃はやはり、誰かがその『特別』である事を快く思わない輩が居て『特別』に対し、大なり小なり嫌がらせをした。応戦する女も居れば泣き付く女も居て、俺も複雑な想いだった。


其れはガキの時だけだと思っていたのは俺の浅はかさで、例え予測していたとして彼女がそう言った事を俺に話さないであろう事を俺は想定しておく事が出来た筈だ。




彼女もまた、俺が頼りにならないただのガキだと思っているのだろうか。

『甘えられない』と言うのだろうか。






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