Another viewpoint...
「山本さんは、どんな女性が好みなんです?」
取引先の重役の娘で、大学を卒業したての二十三歳。コネクションで入った会社では、当たり障りなく総務部に在籍しているんやと。
若さ故許される無知、若さ故出来る無茶、方々色んな言い方はあるやろ。せやけど、此れは合コンとちゃうねんで、致し方なくこの席に寄せて貰たけど、一応会社有りきの食事会やねんで。せやのに三十分も経たへん内に好みの女を聞いてくるて、どないやねん。俺かて取引先関係との食事やったら、一応礼儀は弁えんで。
俺の隣で直属の上司が苦笑いしつつ「どうなんや山本」なんて、茶々入れんで宜しいわ。
まぁ合コンに父親参加なんて有り得へんねんから、流石に合コンとは思うてへんか。
幾らこないバカ女でも。
俺の唯一の友人である和田幸成に、芳野果歩言う彼女を紹介された。『心配なんかせんでも、ええ女』やて。実際会うてみて、ユキの言う通りやったとしか言えへん。
ユキはええ奴や。扱いづらい俺を、時には本気で怒って時には本気で馬鹿にして…山本虎太言う俺一個人をちゃんと見てくれたった人間や。
そないええ奴を傷つけるような奴がおったら絶対に許さへん。そない使命感を勝手に持っとった俺が出会うた芳野。
何でやろなぁ、女なんて腐る程おるっちゅうのに何でアイツの女なんか好きになってもうたんやろ。
生意気やし、もし付き合う様な事が有っても十中八九上手くいかへんタイプやのに。面倒なんは一番嫌いやし。アイツは恋愛したら、そういうタイプや。好きな男を困らせたないから自分で苦労を背負うタイプやろ、芳野は。
其れが俺はあかんのや。
言うてくれへんかったら解らんやん。自分がどう思うてどうしたいんか、エスパーやないねんよ。其れで陰で泣かれとったら、敵わん。
でも、好きになってもうたんや。
ユキを好きな芳野を好きになった。ユキ関係あらへんで、芳野と知り合うても好きになんかならへんかった思う。強がりとかそんなんちゃうで。まぁ出逢いは出逢いで、衝撃的やったんやけど。
俺が大事にしてるユキを、大事なんや言うてくれる芳野やから好きになったんや。
何処が良かったんかて言われても、そうとしか答えられへん。
ユキみたいに、俺に真剣に関わろうしてくれるクソ真面目な芳野が良かったんや。
「好みのタイプですか? そうですなぁ」
俺は美味くもない温いビールを喉に流し込んで、十分に勿体つけた後答えたった。
「やっすい女、ですかねぇ」
相手の女も、女の父親も「は?」言う顔しくさって、隣に座る上司も「やっすい?」と聞き返しよった。
解らんで宜しいわ。
「せやから、貴女みたいな素敵な人に俺は合いしまへんから、この辺で失礼さして貰いますわ」
俺はそう言い、椅子から立ち上がった。慌てたのは上司だ。
「山本っ」
「部長、例の企画書早よ仕上げたいんで、社に戻ります。社長もアレ気に入ってる言うてましたから」
社長がそう言うたんは嘘やない。
俺がそう言うてしまえば、上司かてこないつまらん食事会よりも会社の利益や社長の評価を重視するんやから、引き留める訳にもいかんやろ。
バカ女とその父親は、二の句を継げず恥を掻かされた言う渋面を作っとった。
会社関係あらへんかったら、一回位寝ても良かったんやけどなぁ。会社関係はマズイ。
俺は今、自分のやりたい事を親父の会社で成功させる事だけを考えとる。成功させて俺を周囲に認めさせたる。
足掻いたる。
俺は頭の切り替えとばかりに、社内に有る自販機に向かい携帯に視線を落とす。表示された着信履歴からユキの名前をタップした。
「何やなんべんも電話してきよって」
珍しいユキからの電話や。しかも返された声が少し硬い。
俺は、スラックスに手を突っ込んで中の小銭を掴んで引き上げる。
「電話しいひんで悪かったなぁ、此れでも忙ししてんのや」
『…今度、レストラン開くて企画したんやて?』
俺が東京へ逃亡していた時、ユキと姉貴である喜伊は密に連絡を取っとったらしい。その流れのままなのか、俺の現状を喜伊が勝手にユキに連絡しとる様やった。
俺は百円を自販機に入れてブラックコーヒーのボタンを押す。落ちてきた缶を屈み込んで拾い、俺は本題へと移った。
ユキが俺に電話掛けてくるなんて其れしかあらへん様に思うたからや。
「芳野が大阪に来んの、しぶっとんのか」
ずばり俺がそう言うとユキは少し黙った後に「アイツには未だその話しとらん」と言うた。
結婚に関して否定しいひんのやな。付き合いもそう長い訳とちゃうのに、もうユキは決めとんのか。
…そやった、アイツ早い段階から言うてたもんな。
”芳野を放されへん” て。
そやったら決まっとるやん。
「…で、自分は俺に何て言うて欲しいん。芳野やったら大丈夫やろて言うて欲しいんか」
あのクソ真面目な女はきっと大阪に来て苦労するやろ。冗談も冗談と解らんと悩んだり泣いたりするやろ。けど、其れを全部自分が受け止めたったらええんや。
「俺は、過信を自信に変えて勝手を覚悟に変えた。今の俺やったら、好きな女を不幸にはせえへんよ」
芳野を想うその気持ちの自信と、芳野の全部を受け止める覚悟。
俺が芳野と付き合うたらきっと上手くいかへんけど……芳野を引き受ける自信はあんねんよ。ユキと同じ様に、アイツが大事やねんよ。アイツが悩んでる事かて権力振るってどうにかしたるし、アイツが誰かに泣かされたらソイツをボッコボコにしたる……まぁそない過激な事、アイツが望む訳無いんやけど。
「ユキは優し過ぎて、色んな所にえー顔し過ぎや」
俺には容赦せんと”玉砕しろ” なんて言うた癖にな。
『えー顔し過ぎか』
「今更やろ、フェミニスト王子」
俺がそう揶揄すれば、ユキはやっと笑うた。
「お前は芳野と笑っとればええよ、阿保みたいにな」
『阿保は余計や』
「ほーかー?」
ユキの声はさっきよりも軽くなって、電話を終える頃には何時もの調子で掛け合いをした。
俺は円形のハイテーブルに両肘を乗せて、缶コーヒーに口を付ける。さっきまで喋っとったユキと、其れに並ぶ芳野の顔を思い出して暫くその姿勢で立ち尽くした。
ええ住まいも仕事も紹介したるし、気の許せる友達でも居るよ。だからユキ、芳野の事そない心配せんでもええよ。
ただな。
ただ、未だ好きでおっても、ええやんな。
***終わり***
長い間お読み頂き有難うございました。
2013/12/19 壬生一葉。。。