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18.

結局、出張二日目の午後も後輩達にせがまれ同行営業をした俺は新幹線発車時間ギリギリに自由席車両に飛び込んだ。

時間があれば佐野さんと昨日の話でもしようかと思っていたが、此方に余裕はなく、その佐野さん本人も直行直帰のスケジュールで社に顔を見せる事はなかった。


座席に座り携帯のメールをチェックした後、写真画像が収められたフォルダを開き半月前に行った遊園地での一コマを見つめる。見知らぬ誰かに撮って貰った彼女と虎と俺での三人の写真だ。写真の中の俺達は、何故か虎がセンターポジションと全開の笑顔、憮然とした表情をした俺と笑いを堪え切れていない彼女だ。

彼女の顔を中心に、俺は親指と人差し指を大きく開きアップ画像に変える。


こんな風に無邪気に笑う彼女を幾度となく見て来た。俺が引き出せる彼女の魅力を他が知る事は望まない。彼女を『クールビューティ』と評する人間は未だに多い。其れで良いとさえ思う。

俺の気持ちを最優先するなら、彼女と一緒に大阪で過ごす事、此れに尽きる。


彼女は、俺の想いを受け止めてくれるだろうか。


彼女の事を想うと、堪らなく会いたくなる。会って彼女の存在を確かめる様に抱き締めたくなる。抱き締めたら彼女の唇を貪りたくなる。


飽くなき欲求。




昨夜あまり寝れなかったせいか、俺は何時しか寝入ってしまっていたらしい。もうすぐ東京に入ると言う所で目が覚めた。瞼を数回瞬いて、俺は口元を隠し大欠伸をした。着信がなかったかの確認をしようと胸ポケットから携帯を取り出すと、彼女からメールが届いていた。


「…へ?」

思わず間抜けな声が漏れて俺は片手で口を覆い、もう一度その文面に目を走らせる。俺が乗り換える在来線のホームの端で待っていると言う内容のメールだった。



新幹線がホームに進入し、俺は出口の扉へと向かって徐行運転中の車両を大股で歩き進める。電車がなかなか止まらない事が酷くもどかしい。扉が全開と言わない内に俺は駆け出し、彼女が待つホームを目指す。

”待っている” とあるのだから、待っていてくれるのだろう。だけど、顔を見るまでは現実味が湧かなくて俺は心の中で何度も『ほんまにか』と口にしていた。

目的のホームに辿り着いた時、身体は薄らと汗ばみ息も上がっていて、俺は自分の必死さに少し笑う。久々に会う彼女に、ゆっくりとした歩調で近付いて余裕の笑みを浮かべ『ただいま』なんて言えたら、大人の男みたいで恰好良いんだろう。でも、其れは俺には無理だわ。



俺が一秒でも早く、彼女に会いたいから。




「果歩っ」

彼女の姿を認めた途端俺は、周りの目等気にならず彼女の名を大きな声で呼んだ。彼女の方もほぼ同時に俺を見つけ、此方へ小走りで向かってくる。彼女との距離が縮まって、俺は彼女を抱き締めた。

たった四日だよ、彼女と会えなかったのはたった四日。なのに、まるで何年も会っていなかったかの様な再会だ。

「ユ、ユキ、さっ」

俺の胸の中で彼女は、恥ずかしいのか身じろいだが俺は暫く彼女の柔らかい身体を堪能した。満足してから彼女を解放し顔を覗き込むと、彼女は頬を真っ赤に染めている。

「可愛いらしいなぁ自分」

愛しくて、癒されて、顔完全に緩んでるんだろうなぁと言う自覚さえ有る俺はそう正直に言った。唇を結びながら恨めしそうに俺を見上げるその表情も、俺の幸福感を満たすだけだ。


「仕事は?」

「終わらせて、来たんです」

「へぇ? 何や昨日今日とエライ優秀やん自分」


会社帰りの社会人で溢れ返った車内で、彼女を扉入って直ぐの座席横へ立たせ、俺はその彼女を囲う様に位置取りする。俺を窺う様に見上げる彼女は薄らと笑んでいて、何だか何時もの彼女と違うなと思った。悪い意味じゃない。こんな風に俺と居る事で嬉しさを隠しきれてないって姿を初めて見る気がする。其れに…彼女が俺を出迎えてくれるなんて本当に想定外だった。


「…何やあった?」

「…え」

彼女の笑みが一瞬にして曇る。俺は表情を和らげてもう一度、聞いた。

「ん? なーんかあったんかなぁと思うて」

すると彼女は目を伏せ恥ずかしそうに笑った癖に、顔を上げ耳に髪を掛ける仕草の後眉を僅かに寄せる。

「…昨日午前中、営業部のフロアに居たんです」

昨日の、午前中? 記憶を辿る俺の顔を見ながら彼女は話を続けた。

「ユキさんが……電話を掛けてきて」

「あー…あーアレな、あん時な? へぇ自分居たんやぁ…ほんで?」

「うん…朝見さん…が」

「うん」

「ユキさんをヘルプしてるのが…良いなって…あ、えっとほら…あたしは部署違うからそんな風にユキさんをヘルプとか…出来ないから…ごめんなさい…変な事言ってる」

「変やないよ。そうなんや、昨日自分はそないな事思うたんや…そうかぁ…うん話してくれて有難う」


嫉妬をする自分が、弱い所を見せるのが嫌なのだと言って泣いた彼女が、こうして俺に其れを見せてくれる。彼女が少しずつ自分を曝け出してくれる事が嬉しかった。


「確かにな部署はちゃうから直接的なバックアップは無理やと思うわ。せやけど、俺は自分がウェブサイトとかごっつ頑張っとんの知っとるし、頑張る力は貰えとるよ? それと…ちゃんと言うてへんかったんやけど…朝見が『和田専属』とか言う話、聞いた事ある?」


彼女の表情が一瞬苦しげに歪む。あぁやっぱり彼女の耳にも届いていたのだな。


「ごめん嫌な気持ちやったよな。はっきり言うて俺は特に朝見だけに仕事頼んだりしとる訳ちゃうよ。うちの課長が、朝見の仕事が速い言うて勝手に俺の手伝いを率先してやれぇ言うただけの事や。大阪でもそうやったけど、営業マン一人に対して事務方一人付けるとかそういうシステムちゃうやん、うちの会社。なのに課長がそんなん勝手に言うてん」

もっと早くに彼女にこの話をしておくべきだったのかもしれない。話をする事が遅くなった事でやたら言い訳染みたものになってしまい、俺は臍を噛む思いだった。

「ごめん…めっちゃ言い訳になっとる」

彼女は目を細め首を横に振って「大丈夫」と言った。

「そうだったんですね…仕事が出来る方ならユキさんも営業部も、はたまたうちの会社も助かるね」

冗談めいた口調でそういう彼女に、もう痛みの様な物を感じ取る事はなかった。


不安はこうして口にして、ちゃんと二人で話して、解決していかなきゃいけない。

だったら俺も、大阪に戻るかもしれない事をすべきだろう。…でも今は未だ、彼女との再会の喜びに浸っていたかった。


「果歩、話してくれてほんまに有難う」

俺が礼を言うと彼女は、照れた様で窓の外に目を向けてしまった。それでも俺が彼女の手を握ると恥ずかしそうに目を合わせ小さく笑う。


「あー…めっちゃキスしたい」

「駄目です」


余りの秒殺に俺は吹き出して笑ってしまった。





   ◇




「クリスマス前の祝日、レストランとか予約入れてへんねんけど良かったん?」

「勿論勿論、トラットリア・ユキにしましょう?」

「俺は料理作られへんよ」


暦はまもなく師走となり、年内納めの発注や納品に追われ始め営業部は目の回る様な忙しさだった。彼女の方はと言うと、二週間程前だったか無事に例の仕事をウェブサイトへと公開する事が出来た。此れで彼女も少し息抜き出来るのかなと思いきや、今度は年始よりスタートする新しいイントラ導入で牧野のサポートに付いていると言う。だから俺達は久々の逢瀬を楽しんでいた。



ベッドに肘を付きうつ伏せで顔を上げている彼女に対して、俺は身体を横にし左腕で頭部を支える。空いた右手で彼女の髪を弄びながら、さっきまで触れていた剥き出しの肩を眺めていた。


「何か食べたいもの教えてね?」

「果歩」

「…そんな事言ってて恥ずかしくないんですか?」

「ピロートーク中やで、何も恥ずかしくないよ」

「もうっ」


彼女は相変わらずこういう事に慣れていない。其処が又堪んない。俺は、羞恥心からマットレスに突っ伏してしまった彼女の背骨に指を這わせ、優しく、そしてゆっくりと右へと動かした。

「んっ」

俺の指に反応して彼女の身体がぴくりと動くが、彼女は顔は絶対上げまいと誓っているのか肩を震わせながらも無言の抵抗を続ける。

暫くそうしていたが流石にやり過ぎたかなと俺は、掌全体で彼女の後頭部を大きく撫でた。

「ごめんて。可愛いからからかいたくなんねんて」

「……」

「なぁ顔見せてぇなぁ」

俺はもう何もしないとアピールする様に彼女から右手を放し、彼女と俺の身体の間にある空白の部分に其れを落として彼女の動向を見守った。ゆっくりと彼女が首を動かし、シーツに頬を付けたまま俺の顔を見上げる。怒りはない、かと言って照れてる、それだけの表情でも無い様だ。心を決めているとでも言うべきか。


「ユキさん」

「ん」

「クリスマスに、一つだけ欲しい物があるの」

俺は些か驚いた。彼女が俺に強請った事なんて今迄無かった様に思う。

(なん)? 言うて? なるたけ希望には副いたいから」


充分な沈黙の後、彼女は言った。



「この家の、合い鍵を、下さい」









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