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01.

大阪支社から本社に異動になった俺は、必要な書類をコピー機からPDFにし自分のフォルダへと落とそうとパネルを操作した。ところが、営業部の中に和田と言う名前が見当たらない。誰かに聞こうにも一課には自分以外、不在だった。一つ溜め息を吐くとコンピューターの中から組織図を開き、部署の一覧を確認し目ぼしい管轄に内線を入れた。




牧野光と言う女性が去った後に、一課の神崎君が外廻りから戻ってきて「お疲れ様です」と笑顔を向けてくる。俺がさっきあった事を掻い摘んで彼に話して聞かせると、神崎君は目を丸くして

「クールビューティ芳野嬢に会えたんですか? 羨ましいなぁ」

と顔を緩ませた。

「よしの、じょう?」

「芳野果歩、別名我が社のクールビューティ。元プログラマって話らしいですよ?」


俺は頭の中で「芳野果歩」と呟いた。


「…へぇ…?」


あからさまに俺を煙たがって、名前さえもきちんと名乗ろうとしない女。


「おもろいなぁ」

「え? 和田主任、何か言いました?」

「あ、いや何でも無い」





そしてその芳野嬢からレスポンスがあったのはあの日から三日目の事。

『お電話お待ちしていましたよ、芳野果歩さん』

俺がそう言ったら彼女は、優に一分間は絶句していた。子供染みた罠ではあったが、彼女のその見事な反応に俺は大満足だった。

渋々と言った感じで彼女は約束のイタリアンレストランにやって来た。先日会った時同様彼女は、黒のパンツスーツを着こなしており、彼女のすらっとした体躯に似合っている。背中の中程迄伸びた髪も真っ直ぐで彼女が颯爽と歩く度に小さく揺れた。彼女が『ビューティ』と持て囃されるのも合点がいく。

彼女は俺の待つテーブルへと歩いてくる迄の間、やたらと店内を見回している。やっと席に着いたと思ったら『乗り気では無い』のが見え見えで、面白いったらありゃしない。何故か探る様な目付きなのも可笑しい。


自分の容姿がどんなものでどんな風に周りに見られているかは理解しているつもりだ。周りとどんな付き合いをすれば上手くやっていけるのかも心得ている。

俺の見せる部分に寄って来る女達は、本当に”見せている” 部分にしか興味が無い。そして目の前に座る彼女は、その『見せる』部分にも興味が無いらしい。

「思った事が顔に出る」

俺がそう言えば彼女は「有難うございます」と礼を言った。



「…ほんま、おもろいなぁ自分」



存分に驚愕の表情を披露をした彼女は俺を指差すと「誰?」とのたまった。俺は肩を揺らして笑った。





   ◇





彼女が俺と二人で会ったりする事で、回りを警戒しているのを理解して彼女との飲みは個室を利用しようと決めた。二人で隔離される事で彼女は俺に対して自然な振る舞いであったし、俺自身も関西弁を話す自分を未だ本社で曝け出そうとは思っていなかったから好都合だった。

彼女は良く笑い、時には冗談も言う。


だから何処が『クール』と評されるとこなのだろうと不思議で仕方なかった。


俺よりも二歳年下の二十七歳。うちの会社には中途採用で入った元プログラマ。職種柄、他部署の人間と関わる事が少ないせいか彼女をイメージで扱っている人間が多いようだ。




俺の強引な誘いに嫌な顔もせず、物件巡りをする彼女。生活の動線だとか、水回りとか俺よりも率先して確認もする。お陰で物件の絞り込みは容易だった。

労を労う為、明日の鋭気を養う為焼き肉でも行くかと誘えば「居酒屋で良い」と言う。更に個室を提言してきた。

俺に強請る事をせず、”いつも” を望む彼女。


彼女と一緒に過ごす時間を楽しみにしている自分が居る。本来の自分で居られる事はとても楽だから。

けど、思うのだ。


彼女が―――― 素の俺を、意識すれば良いのに。






「ちょっと見てみますね」


事務の子のパソコンの具合が悪いらしく彼女が一課にやってきた。男共が俄かに浮足立ったのを感じる。白いシャツにチャコールグレーのパンツを合わせて、長い髪を髪留めで一纏めにした彼女の背筋は今日もピンと伸びていて美しかった。

其れが常なのか、彼女はIDカードの入ったネックストラップを胸元から背中へと回し、作業を始める。初めて会った時もそうしていた。

そしてそのカードは別人のものだった。もしあれが当人のものだったなら、彼女に仕掛けてみようなんて事思わなかったかもしれない。




「主任は、柴田さんか芳野さんかっつったらどっち派です?」

社外研修があり、数人の同僚と研修場所へ向かう道中伊藤君にそう訊ねられた。其処に居た数名が俺の答えを興味津津と言った体で待っている。

「どっち…って言われても俺は二人の事よく解らないから答えられないな」

「じゃあ顔はどうっスか?」

どうしてもどっちかを選ぶよう強要される俺は此処でもまた処世術を施すのだ。

「二人とも素敵だよね」

「うわー主任、流石っスね。その逃げ方」

伊藤君は顔を顰め、他の奴等に同意を求める様に顔を見回している。彼等も同様の顔付きでうんうんと頷いていた。その一体感には苦く笑うしかない。

「この前も食堂でそんな事言ってたけど彼女達は人気を二分してるの?」

「いや二分って程じゃないんスけどね、秘書課には芳野さんより綺麗な女居ますし。けどあの二人、大学の時の友達らしくてつるんでる事が多いんスよ。”可愛い” と”美人” 目の保養っスよね」

俺は当たり障りのない返事をしながら、彼等が彼女達の話で盛り上がるのを聞いていた。ただ彼等の内の誰かが

「芳野嬢に一回お願いしたい」

等と性的発言をした事に俺は眉根を寄せた。そんな下衆な物言いは彼女を穢している様で物凄く腹が立った。



それから何日か経った夜の事だった。


残業を終え一人駅に向かう俺は偶然に、男に抱き締められる彼女を見た。彼女の背中がぽきりと折れてしまいそうな程男は彼女に圧し掛かり、離れた後悲しそうな顔をして彼女の頭を撫ぜる。

バッグの取っ手を握る手に思わず力が入った。社内で噂の彼女に男の影は無い、とも言われていた。俺と飲む機会があっても男が居る様な素振りも無い。だからなのか、何故なのか、俺は裏切られた気分になった。




彼女と会える事に喜びを感じていたのは俺だけなのか。






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