表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕の30年  作者:
4/5

4話 小学5,6年生(仮)

僕は小学5年生になった。


5年生ではクラス替えがあった。


まだ肌寒い春の頃だった。


僕は気の合う友達ができた。


一人は岡だった。


もう一人は金本かねもとという名前の子だった。


金本とは初めて同じクラスになった。


金本は運動神経がよく、なんでもできるタイプだった。


運動だけではなく勉強もできたのだ。


岡は勉強、運動ともに悪くも良くもない普通だった。


僕は岡、金本の二人より運動も勉強もできなかった。


僕は放課後、この二人とよく遊んでいた。


夏になる初夏の頃


岡と金本が小学生の水泳大会にでようとしていた。


岡は水泳が得意で運動神経のいい金本より泳ぐのが速かった。


僕はもちろん二人より遅かった。


でも二人ともでるなら僕も出てみようと思い夏休みの水泳の授業にもでようとしていた。


もちろん岡と金本も夏休み中の水泳の授業には登録済みだった。


僕も登録した。


大会は夏休みの終わった後の9月の始め頃だった。


それまで僕も必死で練習をすることにした。


そして夏休みになり、僕達3人は毎日学校に行き泳いでいた。


僕は何度練習してタイムを計っても二人には勝てなかった。


僕達3人以外も学年の子が何人かいて、その子達の何人かも泳ぐのが速く僕のタイムはビリではないもののケツの方だった。


夏休みも終わり9月の始め頃


学校で水泳大会に出る子達は大会に出ない子達からチヤホヤされていた。


もちろん泳ぐのが速い子達だけがチヤホヤされていた。


僕はチヤホヤされない組だった。


ある休み時間にクラスの一人の子が僕に


「お前も水泳大会でるんやろ?」


僕は


「うん。出るで。」


って言ったのを金本が聞いていて


金本が僕に


「お前水泳大会でーへん方がいいんじゃない?」


って言ってきた。


僕は


「なんで?」


金本が


「お前のタイムやったら出るだけ無駄やで」


って言ってきた。


僕は腹たった。


金本に僕はつかみかかった。


僕は金本に殴りかかろうとしたら逆に殴られた。


僕は初めて同じクラスになったので知らなかったが金本は喧嘩も強かったのだ。


金本は僕のランドセルを3階の教室の窓から投げ捨てた。


僕はムカつき金本の机を窓から投げ捨てた。


喧嘩はクラスの周りの子に止められた。


金本も岡に止められた。


岡は金本より強かったので金本も岡には逆らわない。


すぐに先生が教室にきた。


「誰や!窓から机とランドセル投げたヤツは!?」


「近くにいた先生があたりそうになったやろ」


先生に僕たちがやったのがすぐにばれてしまし、僕たちはビンタをされた。


岡は関係ないのにビンタをされた。


岡は先生にも目をつけられていたので一緒に喧嘩したものと思い僕達3人がビンタをされた。


僕達3人は先生にそのまま呼び出され喧嘩の説明と説教だった。


岡は先生に謝られていた。


そして僕と金本は水泳大会に出させてもらえなかった。


先生に


「喧嘩するくらいなら大会でるな」


と言われ


僕と金本は夏休み中練習したのに出れなかった。


そして僕と金本はその日の内に仲直りをした。


ついに大会の日がきた。


僕はどうでもよかった。


どうせ出れないし。


でも金本は出たそうだった。


金本は岡に並ぶくらい練習をして速くなったのだから。


大会は終わった。


岡は優勝とまではいかなかったが、3位入賞をしたのだ。



そして秋がおとずれ林間1泊2日の学校行事もあり、ほどなく冬が訪れようとしていた。



冬の始まりそうな11月


僕と金本、岡で学校が終わると近くの公園でサッカーをやるようになっていた。


学年の何人かも参加するようになっていた。


その中に西原にしはらという子もいてサッカーがうまかった。


サッカーをしている、ある日小学6年生と中学1年生の子達が公園でサッカーをしていた。


僕達は場所がないのでサッカーができなかった。


しかたなく小学6年生と中学1年生のサッカーを僕達が観ていると小学6年生の子が僕達に


「一緒にやろ」


と言ってきた。


僕達は少し控えめに返事をした。


「はい」



年上の子達はすごくサッカーがうまかった。


僕達は全然ついていけなかった。


唯一ついていけたのは金本と西原だった。


僕達は遊び程度のサッカーだったが年上の子達は本格的なプレイをしていた。


年上の子達とのサッカーの日々が続いた。


12月になるころ僕達の学年のサッカーをしていた子は年上の子のサッカーについていけなくなり人数が減ってきた。


その中に岡もいた。


岡とは学校の休み時間に遊んだりはしたが学校が終わるとたまにしか遊ばなくなった。


僕はなぜかサッカーをやめなかった。


12月の冬休みになるとサッカーをしていたのは僕と金本、西原、そして岡田おかだという名前の子だけだった。


岡田は正直僕よりサッカーが下手だった。


今思えば、岡田は女の子にモテたくてサッカーを続けていたのだろう。


サッカーをよく見に来ていた女の子もいてたし…


僕もいつの間にかサッカーが好きになっていた。


1月の寒いころ


ある日、一緒にサッカーをしていた中学1年生の子達に


「サッカーのクラブチーム入ったら?」


と言われた。


中学1年生の子達はみんな同じクラブチームに入っていたのだ。


小学6年生の子達が


「俺らはもうすぐ中学生やから4月から入るねん」


と言っていた。


その日の夜、母に


「クラブチームに入りたい」


とお願いした。


金本、西原、岡田もその日の夜お願いしたそうだ。


次の日の夜、金本の母親から電話がかかってきた。


どうも母親同士で電話で話し合っていた。


そして次の日、母に


「サッカーのクラブチームの事やけど」

「やってみたら」

「月謝も安いし」


と言われた


月謝は月に2000円だったらしい。


僕はミニ四駆の時みたいに嬉しかった。


次の日曜日僕達は初めてクラブチームの練習に参加した。


楽しかった。


小学5,6年生は同じチームメイトだった。


6年生の子達はやっぱり体もデカくうまかった。


次の日曜日は試合だった。


いきなりですごく緊張した。


通っていたクラブチームは人数が多くチーム名を変えて2チーム登録していたみたいだ。


実質1軍、2軍と分けられていたのだ。


僕達は入ってすぐだったのでもちろん2軍のチームでの参加だった。


2軍は弱かった。


その日2試合あったがボロ負けをした。


でも公園以外でのサッカーがすごく楽しかった。


そして平日は公園で年上の子達とサッカーをし、日曜日はクラブチームでのサッカーの日々が続いた。


次の試合の日だった。


金本と西原が1軍のチームでの試合に登録されていた。


やはりこの2人はうまかったのだろう。


5年生での1軍チームは金本、西原を合わせて4人ほどしかいなかったのだ。


逆に6年生でも2軍チームにいてる子もいた。


僕は悔しかった。


もちろん岡田も2軍だった。


1軍、2軍で練習は同じだったが試合の日はバラバラになるため僕は岡田とよく負け試合に行っていた…


そんな日々が続き



 僕は小学6年生になった。


ある春が終わりそうな5月の始め頃


僕達4人は公園でサッカーをし、年上のサッカーの子達を待っていたら、知らない中学生4人に絡まれたのだ。


中学生が


「おい。お前らどこのヤツや!?」


僕達は


「この辺の小学校です。」


と答えた。


「金だせ!」


僕達はカツアゲされたのだ。


「お前ら幼稚園どこや?」


意味のわからない質問された。


その中学生の中に西原と金本と同じ幼稚園のヤツがいて、なぜか西原と金本は許してもらった。


僕と岡田はなぜか許してもらえなく、どこかちがう場所に連れて行かれた。


意味が解らなかった。


僕と岡田は路地みたいなところに連れて行かれ正座させられ、蹴られた。


いつかの岡がコウにしてたみたいに。


いきなり中学生が岡田に


「殴り合いしよー」


と言ってきた。


「相手選ばしたるわ」


と岡田に言った。


岡田が一人のヤツを指差した。


そいつは4人の中学生の中でも少し弱そうな奴だった。


岡田がそいつを選んだのはわかる気がする。


意外に岡田は強かった。


相手の顔を1パンチで倒した。


相手はすぐに目のあたりが腫れあがった。


倒した後いきなりほかの3人が岡田を囲み岡田はボコボコにされた。


僕は逃げだした。


岡田をおいて


でも僕は逃げたかったのもあるが岡田を助けたかった。


僕は必死に公園に走った。


年上のサッカーの子達に助けてもらおうと思い。


僕の予想通り年上の子達が公園に集合していた。


西原と金本は僕達の事情を説明してくれていた。


西原と金本も年上の子達を待っていたのだろう。


僕が合流すると年上の子が


「岡田は?」


僕は説明した。


年上の子達10人ほどが岡田を助けに自転車に乗り込んだ。


僕は年上の子の後ろに乗せてもらった。


金本と西原も一緒にきた。


僕と岡田の連れて行かれた所につくと岡田はいなかった。


近くを探すと岡田がいた。


相手の4人はいなかった。


その後探したが4人組はいなかった。


でも僕達はなんとか助かった。


次の日学校でその話が噂になり先生の耳にも入った。


意外に4人組はその日の内に見つかった。


学校が僕達の証言のもと探したのだ。


決め手は岡田の殴ったヤツの目が腫れていたことと、相手は自転車だったから近くの学校だというのがすぐにわかったからだ。


後から年上の子達に聞いたら小学生をよく狙っている中学1年生で、年下にしか悪さのできない連中だったみたいだ。



6月の少し暖かくなった頃


岡田はとうとうクラブチームをやめてしまった。


ついていけなくなったのか面白くなかったのかは、わからない。


僕は基本的に岡田と話すことがなかったから…


僕はその頃クラブチームでは1軍のチームの試合がある日には補欠として試合に行き、2軍の試合がある日はキャプテンとして試合に出ていた。


1軍、2軍の試合が重なると2軍の試合を優先的に行き、僕はクラブチームの中でも試合の行く日が多くなっていた。


ある日1軍の試合に行ったとき僕はスタメンだった。


嬉しかった。


その試合では僕はディフェンダーでの出場だった。


試合を見ていたコーチが


「お前、走るん速いなー」

「後半から右のウイングな」


僕は


「そんなに走るん速くないねんけどな~」


と思いながら


後半が始まった。


僕は必死にボールを追いかけた。


僕にパスがきた。


僕はドリブルしセンターにセンタリングをあげようとしたら失敗してしまった。


「最悪や…」


と思っていたら


失敗したボールはゴールに入った。


僕は初めて1軍でゴールを決めた。


誰もがミスシュートだとは気付いていなかった。


でも西原だけは気づいていた。


西原はセンターで僕のセンタリングを待っていたからだ。


でも僕は嬉しかった。


この日もう1試合あり、僕はフル出場できた。


この試合も僕にパスがきた。


次は周りに誰もいなかったのでシュートをしたら、ゴールした。


今度は失敗でもなく、本気のシュートでゴールができた。


この日は2点も入れれて最高の気分だった。


サッカーが本当に好きになった。


この日から1軍のレギュラーになれた。


そしてサッカーが続く日々があり夏休みも終わり


9月の残暑の続くころ


ある日の夜


母が仕事が休みだったので僕と家にいたら


兄の浩司が家にきた。


「なにしにきたんやろ?」


と思いながら僕はテレビを観ていた。


兄は1時間ほどで帰った。


その次の日も兄は家にやってきた。


何しに来たのかは僕は知らない。


そして2週間後僕が家に帰ると兄がいてた。


一緒に住むことになっていたらしい。


「まーいいか」


と初めは思っていた。


そして兄と母との生活が始まった。


11月頃


学校で勉強ができなかった僕が、なぜか算数が得意になっていた。


僕は勉強をしたわけではなかった。


他の科目のテストは10点~30点ほどだった。


でも算数だけは90点~100点が多かった。


なんかコツをつかんだのだろう。


算数だけだが…


冬休みも終わり、まだ寒さの続く1月


家に帰ると兄が


「おい!こっちこい」


といきなり言い出した。


兄のとこに行くといきなり殴られた。


僕は意味が解らなかった。


なにかイライラしていたのだろうか…


その次の日も殴られそんな日が続いた。


もちろん母は知らない。


僕は家に帰りたくなくなった。


僕は何度も母に言おうとしたが言えなかった。


ある日兄に


「おい!出ていけ!」


と言われ


僕は家から追い出された。


寒さに凍えながら家の周りを何時間もブラブラしていた。


僕は兄を恨んだ。


「なぜ僕がこんな思いをしなくてはならないのだ」



「もっと普通の生活がしたい」


と思った。


ブラブラしていたら母が帰ってきた。


母は僕に


「なにしてんの?こんな時間に?」


さすがに僕は母に説明した。


母は怒り兄に


「出ていけ」


と言いながら殴っていた。


でも兄は出ていかなかった。


次の日から僕は殴られることは無くなった。


そのころから兄は働かなくなっていた。


母が兄をおかしいと思い病院に連れて行った。


兄は少しウツ病になりかけていた。



1月の寒いころ


「ガタガタガタ、バリバリバリ!」


と音を立て揺れだした。


地震だった。


家の物が崩れ落ち、壁には少しヒビが入った。


怖かった。


初めての地震を身で感じた時だった。


これが阪神大震災だった。


大阪は被害が少なく家もヒビが入った程度で助かった。


父は神戸市内に住んでいた。


さすがに心配だった。


電話もつながらず、心配だった。


何日か経った頃、父に連絡がとれ僕は母と父の住む神戸に向かった。


父は元気そうだった。


父は地震のあった日、大阪にいてたみたいで何事もなかったようだ。


父の家は神戸市内にあるマンションだった。


マンションは地面が割れて部屋は大きくヒビが入っていた。


ヒビというより割れている感じだった。


近くの阪神高速道路は潰れていた。


僕は神戸がこんなにボロボロになっているとは思わなかった。


すこし怖くなってしまった。


僕と母は大阪に帰り普段通りの生活が続いた。



そして卒業前の2月後半


僕は風邪をひき高熱がでた。息も苦しかった。


母に病院に連れて行ってもらうと前にもでた喘息がでていたのだ。


熱と喘息が重なったため大変なことになっていたのだ。


僕は初めて死ぬんじゃないかと思った。


そうとうしんどかった。


病院から薬をもらい家で寝ていた。


さすがに母も仕事を休み看病してくれていた。


僕は一向に回復しない


回復しないまま1週間ほどがすぎた。


母は僕を違う病院に連れて行った。


その病院で僕は初めて点滴をした。


針を入れるときチクっと痛かった。


でもこの点滴のおかげで僕は2日後には学校に登校できるようになった。


なんとか卒業式には回復できた。


そして卒業式


僕は小学校を卒業した。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ