幼馴染を優先する婚約者に、最高の結婚式を贈りました。婚約者の全財産で。
「婚約を解消してほしい。僕はリリアと結婚する」
婚約者のセドリック伯爵がそう告げたとき、私は思わず身を乗り出した。
「まあ! ご結婚なさるのですか!」
「あ、ああ。突然のことで申し訳ないが……」
「おめでとうございます! ぜひ結婚式は当商会にお任せください!」
「……商会?」
「はい! 王都一の結婚式をお約束いたします!」
私はエレナ。侯爵家の娘にして、王都で高級品を扱う商会を経営している。
そして最近、婚礼事業を始めたところだった。
セドリック様は三百年続く伯爵家の若き当主。莫大な資産を持ち、幼馴染のリリア様を何よりも優先する方である。
私との食事中でも、リリア様が呼べば席を立つ。私の誕生日でも、彼女が寂しいと言えば駆けつける。
その彼が、ついに幼馴染との結婚を決意したのだ。
なんと素晴らしい。
しかも、結婚式の依頼までいただけるかもしれない。
私は早速、二人を商会の応接室へ案内した。
◇
「まずは花嫁衣装から参りましょう」
私は見本帳を開いた。
リリア様が目を輝かせる。
「これが素敵!」
「王宮御用達の仕立屋による特注品です。最高級の絹に真珠を縫い付けます。金貨三百枚となります」
「三百枚!?」
「こちらには金貨八十枚の品もございますが……」
「いや、最初のドレスにしよう」
セドリック様が即答した。
「リリアには最高のものを着せてやりたい」
「まあ、セドリック! ありがとう!」
「かしこまりました!」
私は注文書に記入した。
「こちらの南海真珠の首飾りはいかがでしょう? 金貨百五十枚です」
「素敵!」
「耳飾りが八十枚、髪飾りが六十枚となります」
「全部欲しいわ!」
「全部だ」
「ありがとうございます!」
実に順調である。
「続いて、式場はいかがいたしましょう?」
「王都で一番立派な場所がいいわ!」
「でしたら王立大聖堂ですね。特別使用料は金貨五百枚です」
「王族と同じ場所!」
リリア様が歓声を上げる。
「セドリック、ここがいい!」
「よし、ここにしよう」
「ありがとうございます!」
最初の商談だけで、金貨千九十枚。
普通の貴族なら、これだけで十分に豪華な結婚式が挙げられる。
だが、お二人の希望はまだまだ続いた。
◇
「王宮料理長の出張料理が手配できました!」
「本当か!」
「王族の晩餐会と同じ料理をご提供できます。金貨八百枚となります」
「八百枚か……」
「通常の披露宴料理でしたら、百枚ほどで……」
「いや、王宮料理長に頼もう」
「かしこまりました!」
リリア様が手を叩いた。
「ねえ、王族の結婚式って、ほかにどんなことをするの?」
「白馬六頭立ての黄金装飾馬車で、王都を巡ることもございます」
「見たい!」
私は馬車の絵を広げた。
「こちらは特注品で、金貨千二百枚です」
「まあ! これがいいわ!」
セドリック様が黙り込んだ。
「既存の豪華馬車を借りるなら、金貨五十枚ほどですが」
「でも、借り物なの?」
リリア様が唇を尖らせる。
「私、結婚式の馬車をずっと残しておきたいわ。いつか子供にも見せたいもの」
「……わかった。作ってもらおう」
「ありがとうございます!」
私は注文書を差し出した。
すべて金額を明示し、ご本人に署名をいただく。
商売の基本である。
◇
三日後。
セドリック様から相談を受けた。
「エレナ。少し資金を用意したいんだが」
「どのくらいでしょう?」
「金貨三千枚ほどだ。資産はあるんだが、現金が足りなくてね」
「でしたら、売却をお手伝いいたしましょうか?」
伯爵家には、先祖代々の絵画や宝石、別荘がある。
私は手数料表を差し出した。
「売買成立額の五パーセントを仲介手数料としていただきます」
「構わない。頼むよ」
「ありがとうございます!」
早速、王都の富裕層に声をかけた。
先々代の伯爵が収集した絵画。宝石を散りばめた燭台。使われていない別荘の調度品。
どれも一級品で、買い手はすぐに見つかった。
売却代金は伯爵家へ。
仲介手数料は当商会へ。
そして伯爵家へ渡った売却代金は、結婚式の費用として再び当商会へ。
なんと美しいお金の流れだろう。
私は帳簿を眺めながら、しばらく感動してしまった。
◇
結婚式の準備は、さらに華やかになっていった。
「エレナ様! 披露宴で花火を上げたいの!」
「王都一の花火職人をご紹介します! 金貨四百枚です!」
「庭園を全部白い薔薇で飾りたいわ!」
「温室栽培の薔薇を取り寄せましょう! 三百枚です!」
「招待客全員に記念品を贈りたいの!」
「銀細工はいかがでしょう? 六百枚です!」
リリア様が望み、セドリック様が承諾する。
私は見積書を作り、契約を結び、最高の職人を手配する。
お二人が幸せになるほど、当商会も繁盛した。
実に素晴らしい関係である。
ところが結婚式まで一か月となった頃、セドリック様が再び資金の相談にいらした。
「エレナ。残りの支払いのために、もう少し資産を売りたい」
「承知いたしました」
私は資産目録を広げた。
「王都別邸はいかがでしょう? 現在は使用されていないと伺っております」
「祖父が建てた屋敷か……」
「立地も良く、かなりの高値が期待できます」
「……そうだね。使っていない屋敷を持っていても仕方ない」
「では、売却を手配いたします」
私は書類を整えた。
「ところで、今の結婚式の総額はいくらになっている?」
「現在、金貨七千八百枚でございます」
「……ずいぶん増えたものだね」
「おかげさまで、たいへん豪華な式になります」
セドリック様は少し考え込んだ。
「規模を縮小したほうがいいだろうか……」
「まだ変更可能な項目もございます。花火や記念品でしたら、減額できますよ」
そのとき、応接室の扉が開いた。
「セドリック!」
リリア様だった。
「エレナ様! 隣国の王女様の結婚式では、空から花びらが降ったんですって!」
「まあ、素敵ですね!」
「私もやりたいわ!」
「魔法師に依頼すれば可能です。金貨二百五十枚ほどになります」
「セドリック、お願い!」
セドリック様はしばらく黙っていた。
そして微笑んだ。
「……ああ。リリアが望むなら」
「ありがとう!」
「かしこまりました!」
私は見積書を書き直した。
「総額は金貨八千五十枚となります。よろしいでしょうか?」
「ああ。構わない」
「ありがとうございます!」
署名をいただいた。
これで正式な契約成立である。
◇
王都別邸は金貨二千枚。
狩猟館は千二百枚。
農地の一部は千五百枚。
伯爵家の資産は、次々と買い手がついた。
どれも適正な査定額であり、売却は順調だった。
そして結婚式の一週間前。
セドリック様が最後の支払いを済ませた。
「これで全部だね」
「はい。ありがとうございます」
私は受領書を差し出した。
未払い金、なし。
すべて完全決済である。
「ずいぶん財産を売ったな」
セドリック様が笑った。
「先祖が残したものを、こんなに使うとは思わなかった」
「ですが、素晴らしい結婚式になりますよ」
「ああ。リリアの喜ぶ顔が楽しみだ」
「きっと、一生忘れられない日になります」
私は心からそう思った。
セドリック様を見送ったあと、帳簿を開く。
売上、原価、職人への支払い、輸送費、会場費。
そして資産売却の仲介手数料。
計算を終えた私は、思わず椅子から立ち上がった。
「……まあ!」
何度確認しても、数字は変わらない。
当商会の婚礼事業が過去三年間で稼いだ利益。
その総額を、今回の一件だけで上回っていた。
私は静かに両手を合わせた。
「商売の神様……!」
感謝せずにはいられなかった。
◇
結婚式当日。
王都は朝から華やかな空気に包まれていた。
大聖堂の鐘が鳴り響く。
黄金装飾の馬車を引く六頭の白馬。
沿道には見物人が詰めかけている。
「王族の結婚式みたい!」
「伯爵家って、あんなにお金持ちだったのね!」
私は大聖堂の入口で、最後の確認をしていた。
「花びらの魔法は?」
「準備完了です!」
「料理は?」
「すべて整っております!」
「素晴らしいわ!」
やがて花嫁が姿を現した。
純白の絹のドレス。
真珠を散りばめた長い裾。
南海真珠の首飾り。
宝石の髪飾り。
リリア様は、まるで物語のお姫様だった。
「エレナ様! 見て! どうかしら!」
「まあ、本当にお美しいです!」
「私、こんなに幸せなの初めて!」
「それは何よりでございます!」
リリア様は満面の笑みを浮かべた。
「本当にありがとう! あなたがいなかったら、こんな結婚式はできなかったわ!」
「こちらこそ、ありがとうございます!」
それは本心だった。
こんな結婚式は、私も初めてである。
◇
挙式は完璧だった。
大聖堂の巨大な扉が開き、リリア様が純白の絨毯を歩く。
祭壇ではセドリック様が待っていた。
誓いの言葉。
指輪の交換。
鳴り響く鐘。
大聖堂の外では、白薔薇の花びらが空から降り注いだ。
披露宴も大成功だった。
王宮料理長による豪華な料理。
最高級の葡萄酒。
銀細工の記念品。
庭園を埋め尽くす白薔薇。
そして夜空いっぱいの花火。
招待客たちは口々に称賛した。
「こんな結婚式は見たことがない!」
「まるで王族の婚礼だ!」
セドリック様は誇らしげだった。
リリア様は幸せそうだった。
そして私も、たいへん幸せだった。
◇
夜。
最後の花火が消えた頃、私は帳簿を閉じた。
婚礼代金、金貨八千五十枚。全額入金済み。
さらに、伯爵家の資産売却による仲介手数料。
経費をすべて差し引いても、当商会の過去最高益である。
「会長……伯爵家三百年の財産が、たった一日の結婚式に消えたんですね」
番頭が呆然と呟いた。
「ええ。そして、お二人には最高の一日をお届けできたわ」
私は満足して頷いた。
そこへ、幸せいっぱいの新郎新婦がやってきた。
「エレナ! 今日は本当にありがとう!」
「エレナ様! 私、一生忘れないわ!」
「こちらこそ、ありがとうございました!」
私は深々と頭を下げた。
「どうぞ、末永くお幸せに!」
二人に見送られ、私は大聖堂を後にした。
伯爵家三百年の蓄財を、最高の結婚式に変えた。
お客様は大満足。
職人たちにも十分な報酬を支払った。
そして私の商会には、莫大な利益が残った。
私は帳簿を胸に抱き、満面の笑みで馬車に乗り込んだ。
ああ、本当に。
結婚式というものは、なんて素晴らしいものなのだろう!




