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傷んだトマト。

作者: をはち
掲載日:2026/10/21

ひとつだけ、世界は傷む。


夜明けの街は、まだ闇と光の狭間に溶けていた。人影も少なく、空気だけがひんやりと澄んでいる。


普段ならまだベッドの中にいる時間だ。だがその朝、私は理由もなく外へ出た。


靴音だけが石畳に小さく響く。神社の鳥居をくぐったとき、境内に薄い朝靄が漂っていた。


そこに、小さな朝市がひっそりと開かれていた。木の台に並ぶ野菜や果物。値段は町の店の半分近く。


私はトマトの箱売りの安さに目を止めた。赤く熟した実が、ぎっしりと詰まっている。ただ、ひとつだけ。


表面が黒ずんで、柔らかく潰れていた。周囲に人の気配はない。料金は木箱に入れるだけの、半ば信用に任せた仕組みだ。


いけないことだと知りながら、私は隣の箱から無傷のトマトを抜き、傷んだものと入れ替えた。


そして、箱に金を入れ、境内を出た。それから、奇妙なことが続いた。何を買っても、必ずひとつだけがおかしい。


柿を買えば、一個だけが腐りかけている。


刺身を頼めば、一切れだけが生臭く、唐揚げを買えば、一つだけが異常に塩辛くて喉を通らない。


まるで、誰かが「ひとつ」を選んで、私に押しつけているかのようだった。


そんな日がしばらく続いたある朝、再び徹夜のあとで、私は同じ道を歩いた。


境内に入ると、朝市はまた開いていた。箱をひとつ、またひとつと覗く。


トマト。椎茸。胡瓜。どの箱にも、必ずひとつだけ、傷んだものが紛れ込んでいる。


先日、私が入れ替えたトマトのことを、ふと思い出した。


私は自分の箱から、まだ健全なトマトをひとつ取り出し、隣の箱へ移した。


代わりに、その箱の傷んだ実を、自分の箱に戻した。それ以来、奇妙なことは起こらなくなった。


ただ、たまに思う。あの朝、私が入れ替えた「ひとつ」は、本当に消えたのだろうか。


それとも、まだどこかの箱の中で、誰かの心に悪心が芽生えるのを、静かに待ち続けているのだろうか、と。

読んで頂き有り難う御座います

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― 新着の感想 ―
ホラーばかり書いているんですか ってか、この感想が、ホラー ホラね
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