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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

『「ただの修理係は要らない」と勇者パーティを追放された俺、実は古代兵器を新品以上に直せる神職人だった ~ボロボロの勇者が泣きついた時には、俺は美少女メイドと最高のスローライフを送っていたので~』

作者: 無音

ざまぁ × 生産チート × メイド ストレスフリーな短編です。

【プロローグ:見えない献身】

 その作業は、いつも皆が寝静まった深夜に行われていた。


 深夜2時。野営地の焚き火が小さくなった頃。  俺、クロードは一人起きて、勇者レオナルドが放り出した剣を手に取っていた。


「……ひどいな。刃こぼれだけじゃない。魔力回路が焼き切れる寸前だ」


 俺の目の前にあるのは、国宝級の『聖剣エクスカリバー・レプリカ』。  黄金に輝く刀身は美しいが、俺の【鑑定眼】には、悲鳴を上げている金属の軋みが見えていた。レオナルドは力任せに振るうだけだ。剣の重心や魔力効率などお構いなしに。


「ごめんな、痛かったろう」


 俺は剣に謝りながら、手をかざす。  体内の魔力を練り上げ、ユニークスキルを発動させる。


「――【万物修復オール・リペア】」


 淡い金色の光が掌から溢れ、刀身を包み込む。  単なる「修理」ではない。金属疲労という概念を取り除き、ミクロ単位の歪みを正し、製造された瞬間――いや、それ以上の強度へと「状態を回帰」させる神業。  1時間後。新品同様に……いや、昨日よりも鋭さを増した聖剣が完成した。


「よし。……次は、アルヴィンの杖か」


 俺は次に、魔法使いアルヴィンが枕元に放り投げていた『賢者の紫水晶の杖』を手に取った。  これは繊細な作業だ。  杖の先端にある巨大なアメジストは、アルヴィンの膨大な魔力放出によって内部が白濁し、ヒビが入っている。さらに杖の芯にある「魔力伝導路(回路)」には、燃えカスのような魔力のおりが詰まっていた。


「こんな状態で上級魔法を連発してたのか。よく暴発しなかったな……」


 俺は指先から髪の毛よりも細い魔力の糸を出し、杖の内部に入り込ませる。  詰まった澱を丁寧に取り除き、焼き付きかけた回路を一本一本繋ぎ直し、水晶の曇りを【修復】で磨き上げる。  これを怠れば、魔法の威力が落ちるだけでなく、最悪の場合は使用者の脳が焼き切れる「魔力逆流」を起こすからだ。


「ふぅ……これで魔力の通りもスムーズになったはずだ」


 杖が満足げに微かな光を放つのを確認し、俺は残りの作業に移る。


 聖女マリアの防具は、聖なる加護が薄れていたので再コーティング。  武闘家ゴウの『剛魔のグローブ』に至っては、殴った衝撃で内部の衝撃吸収材が粉砕されていたので、全て再構築した。


 そして、装備だけではない。  寝息を立てている彼らの身体にも、俺はそっと触れる。


「【生体修復】」


 マリアの肌荒れや髪の痛みを直し、アルヴィンの脳の血管にかかった負荷を取り除き、ゴウの拳の微細骨折を繋ぐ。  これをやらないと、彼らは明日、満足に動くことすらできないのだ。


 全てのメンテナンスが終わる頃には、空が白み始めていた。  俺の魔力は空っぽだ。激しい倦怠感が襲う。


「……よし、今日も完璧だ」


 それでも、俺は満足だった。  幼馴染であるレオナルドが世界を救う手助けができるなら。彼らが輝けるなら、裏方の苦労など厭わない。  そう思っていた。


 ――あの日までは。


【第1章:崩壊の祝杯】

 王都、最高級酒場『銀の盃』。  シャンデリアが煌めき、吟遊詩人の竪琴が響く個室で、Sランク昇格の祝勝会が開かれていた。  テーブルには最上級の霜降り肉や、一本金貨数枚はする年代物のワインが並んでいる。


「いやぁ! 今回の遠征も楽勝だったな!」


 顔を赤くした武闘家のゴウが、骨付き肉を齧りながら豪快に笑う。


「さすがはレオだ。あのドラゴンを聖剣一振りで両断するとはね」 「マリアの回復も完璧だったわ。お肌の調子もいいし、ダンジョンとは思えないくらい快適だったもの」


 魔法使いのアルヴィンと聖女マリアも上機嫌だ。  そんな中、俺だけが端の席で、安物のエールをちびちびと飲んでいた。  会話に入ろうにも、戦闘に参加していない俺には「武勇伝」がない。


 すると、ふいに勇者レオナルドがグラスを置き、個室の空気が変わった。


「なあ、みんな。少し真面目な話をしてもいいか?」


 レオナルドの視線が、真っ直ぐに俺を射抜く。  嫌な予感がした。背筋が寒くなるような、冷たい目。


「単刀直入に言うぞ、クロード。――お前、クビな」


 一瞬、時が止まった気がした。  吟遊詩人のBGMだけが、場違いに明るく響いている。


「……クビ、か。レオ、それはどういう意味だ?」 「言葉通りの意味だ。明日からパーティに来なくていい。お前は『金色の獅子』追放だ」


 俺は震える手でグラスを置いた。  幼い頃からの付き合いだ。冗談だと思いたかった。だが、レオナルドの目は本気だった。


「理由を聞いても?」 「決まっているだろう。お前が『役立たず』だからだ」


 レオナルドは鼻で笑い、腰の聖剣を撫でた。


「俺たちはSランクになった。名実ともに王国最強だ。敵は強大になり、求められるのは圧倒的な火力だ。……なあクロード、お前、今回の遠征で何かしたか?」


「え……?」


「俺がドラゴンを斬っている間、お前は後ろで荷物を持って震えていただけだ。マリアが結界を張っている間、お前はポーションの瓶を数えていただけだ。違うか?」


「そ、それは……俺の役割は支援と、戦闘後のメンテナンスだから……」


「そのメンテナンスだよ」


 魔法使いのアルヴィンが、眼鏡のブリッジを中指で押し上げながら口を挟んだ。  その目には、明確な蔑みが宿っている。


「君の【修理】スキル、正直言って時代遅れなんだよね。僕たちはもう、使い捨ての鉄の剣を使っている新人じゃない。国宝級のアーティファクトで武装しているんだ。自然回復機能や自己修復機能がついている装備もある」


「そうそう! 私の聖女の力があれば、道具なんて直さなくても『新しく買えばいい』のよ。お金なら唸るほどあるんだから!」


 マリアが追随し、ゴウがテーブルを叩いて同意する。


「ガハハ! 違げぇねぇ! 俺様の武器はこの『拳』だけだ! テメェが剣を直そうが鍋を直そうが、俺様には一番関係ねぇ存在だからな!」


 彼らの言葉の一つ一つが、俺の心に突き刺さる。  俺は必死に反論しようとした。


「ま、待ってくれ。お前たちの装備は、自己修復機能なんかじゃ追いつかないほど劣化しているんだ! 俺が毎日、魔力を限界まで使って【万物修復】してるから、新品の状態を保ててるだけで……!」


「あー、もういい。うるさいな」


 レオナルドが鬱陶しそうに手を振った。


「そういうのが『恩着せがましい』って言うんだよ。ただの修理屋風情が、俺たちの強さを支えてる気になってんじゃねぇよ」


 ああ。  通じない。  俺の言葉は、彼らには「無能な寄生虫の言い訳」にしか聞こえていないのだ。  3年間。  自分の睡眠時間を削り、魔力欠乏の頭痛に耐え、彼らの輝かしい装備と身体を支え続けてきた3年間は、彼らにとっては「無価値」だったのだ。


 心の中で、何かがプツンと切れる音がした。


「……そうか」


 俺は席を立った。  これ以上、ここにいるのは惨めすぎる。


「わかった。抜けるよ」


「話が早くて助かるぜ。ほらよ、退職金だ」


 レオナルドが革袋を放り投げた。  足元に落ち、中からジャラリと数枚の硬貨がこぼれる。銅貨と、わずかな銀貨。  Sランクパーティの報酬とは思えない、子供の小遣いのような金額。


「それで田舎までの馬車代くらいにはなるだろ。二度と俺たちの前に面を見せるなよ」


 嘲笑。侮蔑。  かつての友の顔は、歪んでいた。


 俺は金には手を付けず、背を向けた。  最後に一つだけ、職人としての警告を残して。


「忠告だけはしておく。俺のメンテナンスがなくなれば、その聖剣は三日と持たない。マリアの肌も、アルヴィンの杖も、ゴウの拳もだ。……後悔するなよ」


「はっ! 負け惜しみを!」 「惨めねぇ、寄生虫くん」


 背中に浴びせられる罵倒を聞きながら、俺は『銀の盃』を出た。  夜風が冷たい。  だが不思議と、涙は出なかった。  胸にあったのは、空虚さと……そして、重い荷物をようやく下ろせたような、奇妙な開放感だった。


【第2章:廃棄場の眠り姫】

 翌日。  宿無しになった俺は、王都の最果て、スラム街のさらに奥にある『魔導廃棄場』へと足を運んでいた。


 ここは、国中の「ゴミ」が集まる場所だ。  ダンジョンで破壊された武具、暴走して廃棄されたゴーレムの残骸、呪われた魔道具。  異臭と魔素が漂うこの場所には、普通の人間は寄り付かない。


「さて……今日からここが俺の拠点か」


 俺は崩れかけた管理人小屋(誰もいない)に荷物を置くと、広大なゴミ山を見渡した。  レオナルドたちはここをゴミ捨て場と呼ぶだろう。  だが、俺の目には違って見えた。


 視界に映る無数の情報。  【ミスリル銀の欠片】【折れた炎の杖】【飛竜の鱗】……。  どれも【修復】さえすれば、一級品の素材や商品になる「宝の山」だ。


「まずは、生活費を稼ぐために手当たり次第に直していくか」


 俺は黙々と作業を始めた。  誰かのために無償で働くのではない。自分のために、自分のスキルを使う。  折れた剣が繋がる快感。錆びた盾が輝きを取り戻す達成感。  ああ、俺はやっぱり、この仕事が好きだったんだ。


 夢中で作業を続けて数時間。  日が傾き、廃棄場が夕闇に包まれ始めた頃。  俺は、一番奥にある巨大な「立ち入り禁止区域」のゴミ山で、奇妙な魔力の波長を感じた。


「なんだ……? 強い魔力が、地中から漏れている?」


 導かれるようにガラクタを退ける。  重い鉄骨をどかし、錆びたプレートを剥がす。  3メートルほど掘り進んだ先に、それは埋まっていた。


「……人形?」


 そこには、一人の少女が眠っていた。  いや、少女の形をした「何か」だ。


 服装は、ボロボロに風化したメイド服のようなものを纏っている。  だが、その体は無惨だった。  左腕は肘から先がなく、無数の配線が血管のように垂れ下がっている。  顔の右半分は装甲が剥がれ、複雑な機械構造が剥き出しだ。  全身が赤錆に覆われ、胸には大砲で撃ち抜かれたような巨大な風穴が空いている。


 まるで、激しい戦争の果てに捨てられた亡骸のようだった。  俺は思わず鑑定スキルを発動する。


【鑑定不能】 【名称:殲滅型魔導人形・タイプゼロ(コードネーム:アイリス)】 【製造年:約300年前(古代魔法文明期)】 【状態:完全機能停止(コア破壊・修復不可能)】 【備考:かつて一夜にして大国を滅ぼした『厄災の兵器』】


「うわぁ……とんでもない物を見つけちまったな」


 冷や汗が出た。  博物館級どころの話ではない。歴史の教科書に出てくる「禁忌の兵器」そのものだ。  本来なら、見なかったことにして埋め戻すべきだろう。  あるいは、国に通報すべきか。


 だが。  俺の手は、自然と彼女の頬――ひび割れた冷たい金属の肌に伸びていた。


「……悲しい顔をしてるな」


 機能停止しているはずなのに、その表情は泣いているように見えた。  兵器として作られ、戦わされ、壊れたらゴミのように捨てられる。  その境遇が、昨日の自分と重なったのかもしれない。


「直せるか……? いや、直すんだ」


 職人の血が騒ぐ。  【修復不可能】? 知ったことか。俺のスキルは、理りすら書き換える【万物修復】だ。  俺は深呼吸をし、残った魔力の全てを練り上げる。


「いくぞ……!」


 俺は両手を彼女の胸の空洞にかざした。


 ユニークスキル解放――【万物修復オール・リペア出力全開フルドライブ】!!


 バチバチバチッ!!  激しい火花が散り、俺の体から黄金のオーラが噴出する。  魔力がごっそりと持っていかれる感覚。頭が割れるように痛い。今まで直してきたどんな聖剣よりも、この人形の修理難易度は桁違いだった。  複雑怪奇な魔術回路。失われた古代の金属組成。破壊された動力炉の概念再生。


(重い……! 意識が飛びそうだ……!)


 だが、俺は歯を食いしばる。  目の前で奇跡が起きていた。


 赤錆が砂のようにサラサラと崩れ落ちる。  失われた左腕が、光の粒子を纏って再構築されていく。  剥き出しの機械部分は、陶器のように白く滑らかな「肌」へと変わり、風化した布切れは、漆黒と純白のフリルが美しい、最高級のメイドドレスへと織り直される。


 そして最後に。  胸の空洞に、紅玉ルビーのような輝きを放つ「コア」が再生した。


 カッッッ!!!!  強烈な光が周囲を染め上げ、俺はその反動で尻餅をついた。


「はぁ……はぁ……、やった、か?」


 煙が晴れる。  そこには、先ほどのスクラップが嘘のような、プラチナブロンドの髪を持つ絶世の美少女が立っていた。  長い睫毛が震え、ゆっくりと瞼が開く。


 現れたのは、深紅の瞳。  彼女は焦点を合わせるように瞬きし、そして俺を見た。


 機械的な動作ではない。  まるで舞踏会のダンスのように優雅な所作で、彼女はスカートの裾を摘み、片膝を折って跪いた。


「――システム、オールグリーン。動力炉、臨界点突破。損傷率、ゼロパーセント」


 鈴を転がすような、しかし凛とした声。  彼女は俺を見上げ、無表情ながらも熱の籠もった瞳で言った。


「貴方様が、私を永き眠りから呼び戻したのですか?」


「あー……まあ、直したのは俺だけど」


「個体名認識、マスター・クロード。……魂の波長、登録完了インプリント


 アイリスは立ち上がり、ふわりと俺の元へ歩み寄ると、いきなり俺の手を両手で包み込み、自身の豊かな胸元に押し当てた。  柔らかい。そして温かい。まるで人間そのものだ。


「私は殲滅型魔導人形、アイリス。本日この時より、貴方様の所有物となります」


「えっ、所有物!?」


「はい。命の恩人である貴方様に、絶対の忠誠と、私の全機能を捧げます。さあマスター、最初の命令オーダーを」


 彼女は小首を傾げ、物騒な提案を口にした。


「手始めに、この大陸を焦土に変えて祝砲としましょうか? 現在の出力なら、最大出力の照射で地図を書き換えることが可能ですが」


「やめて!? 絶対ダメだから!!」


 俺は慌てて止めた。  どうやら俺は、とんでもない爆弾を目覚めさせてしまったらしい。


「ち、地図は書き換えなくていい! とりあえず……喉が渇いたから、お茶とか淹れられるか?」


 俺が恐る恐る聞くと、アイリスはキョトンとし、すぐに花が咲くような微笑みを浮かべた。


「お茶、ですか? ……はい、お任せください。戦闘機能の9割を家事スキルに転用し、世界最高の一杯をご用意いたします」


 こうして。  すべてを失ったはずの俺の元に、世界最強(かつ激重感情持ち)のメイド人形が舞い降りたのだった。


【第3章:勇者たちの誤算】

 その日、Sランクパーティ『金色の獅子』は、意気揚々と新ダンジョン『腐敗の沼地』に挑んでいた。  俺を追放した翌日のことだ。


「へっ、あいつがいなくても清々するぜ! 行くぞお前ら、サクッと攻略して帰るぞ!」


 リーダーのレオナルドが聖剣を掲げる。  現れたのは、中級モンスターの『ポイズン・リザード』の群れだ。  彼らにとっては、準備運動にもならない相手のはずだった。


「消し炭にしてやるよ。……【爆炎エクスプロージョン】!」


 魔法使いのアルヴィンが、自信満々に杖を振るった。  だが。


 ボシュッ。


 杖の先から出たのは、極大の爆炎ではなく、花火のような情けない火花だけだった。


「……は?」


 アルヴィンが呆然とする。  それどころか、杖の紫水晶がバチバチと不穏な音を立て、柄が急速に熱を帯び始めた。


「あ、あつっ!? なんだこれ、杖が熱暴走してる!?」


 彼は慌てて杖を取り落とす。  さらに鼻からツーと鮮血が垂れた。魔力がスムーズに放出されず、体内に逆流して負荷をかけた証拠(魔力酔い)だ。


「ぐっ、頭が割れるように痛い……! なぜだ、昨日はあんなに調子が良かったのに! なんで今日は魔力回路が詰まるんだ!?」


 アルヴィンは知らない。  毎晩、クロードが数時間かけて行っていた「回路洗浄」がなくなった杖は、一度魔法を使っただけで、燃えカス(魔力滓)で目詰まりを起こすことを。


「おいアルヴィン! 何やってんだ! ……くそっ、こいつら硬すぎるぞ!」


 レオナルドが叫ぶ。  リザードの鱗に対し、聖剣が弾かれたのだ。  いや、弾かれたのではない。切れ味が著しく落ちている。  剣の重心が狂い、手首に嫌な反動が来る。


「なんだこの剣!? まるで鉄の棒を振ってるみたいだ! 重い!」


 レオナルドは舌打ちする。  クロードの【万物修復】による「鋭利化補正」と「軽量化補正」が切れた聖剣は、ただの重厚な金属の塊に戻っていたのだ。


「きゃあっ! やだ、泥が跳ねた!」


 後方では、聖女マリアが悲鳴を上げていた。  いつもなら防具の「防汚コーティング」が弾くはずの泥汚れが、べっとりと彼女の純白のローブを汚す。  さらに悪いことに、彼女の顔色も最悪だった。


「髪がギシギシするし、化粧ノリも最悪……。体がダルくて、集中できないわ! こんなのじゃ聖なる結界なんて張れない!」


 【生体修復】によるドーピングが切れた彼女は、ただの寝不足の女性に戻っていた。


 そして、トドメは前衛の要、武闘家ゴウだ。


「ガタガタうるせぇ! 俺様がまとめて殴り飛ばしてやる!」


 ゴウがリザードの頭蓋骨を狙って、渾身の右ストレートを放った。  ドゴォッ!!  鈍い音が響く。


「へっ、見たか……って、ん?」


 ゴウの動きが止まる。  次の瞬間。


「いっ、ぎゃあああああああああ!?」


 ゴウが右手首を押さえて地面を転げ回った。  グローブの中で、嫌な音がしていた。  長年の酷使で脆くなっていた手骨が、衝撃吸収材のヘタったグローブの中で砕けたのだ。


「痛えぇぇぇ! 折れた! 指が、手首がぁぁぁ! なんでだよぉぉぉ!」


 前衛崩壊。火力担当は自爆。回復役は戦意喪失。  たった一日。  クロードがいなくなって、たった一度の戦闘で、王国最強のパーティは「烏合の衆」へと成り下がった。


「くそっ、撤退だ! 一時撤退するぞ!」


 レオナルドたちは、雑魚モンスター相手に背を向けて逃げ出した。  泥にまみれ、装備は傷つき、プライドはずたズタに引き裂かれて。


 だが、彼らはまだ認めていなかった。  認めたくなかった。  これが、あの「地味で無能な修理係」がいなくなったせいだということを。


「たまたまだ……今日はみんな体調が悪かっただけだ……!」 「そ、そうよ。道具の手入れくらい、街の鍛冶屋に頼めばいいもの」


 そう自分たちに言い聞かせながら、彼らは転がり落ちていく。


【第4章:万物修復店、開店】

 一方その頃。  王都の職人街の片隅にある、長年放置されていた空き店舗。  そこは今、劇的なビフォーアフターを遂げていた。


「よし、内装完了!」


 俺が最後の釘を打ち込む(正確には【修復】で建材を融合させる)と、ボロボロだった廃屋は、新築同様の輝きを放つお洒落な工房へと生まれ変わっていた。  看板には、『万物修復店(クロード&アイリス)』の文字。


「お疲れ様です、マスター」


 奥から、エプロンドレス姿のアイリスがお盆を持って現れた。  その美しさに、通りがかる人々が思わず足を止めて見惚れるほどだ。  彼女が差し出したのは、湯気を立てる紅茶と、焼きたてのスコーン。


「休憩になさってください。紅茶の温度は85度、スコーンの焼き加減は完璧に計算してあります」


「ありがとう、アイリス。……って、これ凄く美味いな!!」


 一口食べて驚愕した。有名店の味どころではない。  アイリスは無表情のまま、少しだけ胸を張った。


「当然です。戦闘用演算プロセッサの全てを『美味しくなる手順』の解析に回しましたので。……マスターの胃袋を掌握することが、最優先ミッションと判断しました」


「(……使い方が贅沢すぎるけど、まあいいか)」


 そんな平和な開店初日。  客が来るか心配だったが、開店してすぐにドアベルが鳴った。


 カランコロン。


「あ、あの……表の看板を見たんだけど、ここ、何でも直してくれるのかい?」


 恐る恐る入ってきたのは、近所のお婆さんだった。  手には、真っ二つに割れた古いペンダントを握りしめている。


「亡くなった旦那の形見なんだよ。どの鍛冶屋に見せても『古すぎて無理だ』って門前払いで……。もう捨てようかと思ってたんだけど、看板が目に入ってねぇ」


 お婆さんは諦め半分といった表情だ。  俺は優しくペンダントを受け取った。


「見せてください。……うん、大丈夫。直せますよ」


 俺はペンダントを両手で包み、軽く魔力を通す。  素材の声を聞き、あるべき姿をイメージする。


 数秒後。  俺が手を開くと、そこには傷一つない、新品同様の輝きを取り戻したペンダントがあった。


「は……?」


 お婆さんは目を見開き、震える手でそれを受け取った。


「ああ……! 嘘みたいだ……! あの頃のままだよ……! ありがとう、ありがとう……!」


 涙を流して感謝するお婆さん。  俺は微笑んで言った。


「お代は銅貨一枚でいいですよ。開店記念ですから」


 お婆さんが何度も頭を下げて帰っていく姿を見て、アイリスがボソリと呟く。


「マスターの能力を安売りしすぎでは? あの修復レベルなら、国家予算レベルの請求をしても良い案件ですが」


「いいんだよ。俺は、こういうのが見たかったんだ」


 レオナルドたちの装備を直しても、「やって当たり前」だと思われていた。礼なんて言われたこともない。  でも、ここでは違う。  「ありがとう」という言葉が、こんなにも心に染みるとは。


 その一件が呼び水となった。  お婆さんが井戸端会議で「あそこの新しい店、魔法使いみたいに何でも直してくれたよ!」と広めたのだろう。  夕方になる頃には、店には数人の客が訪れ、その全員が感動して帰っていった。


 そして数日後。  「凄腕の修復師がいる」「しかも絶世の美少女が看板娘だ」という噂は爆発的に広まり、店の前には大行列ができていた。


「騎士団長ですが、私の折れた魔剣を頼む!」 「伯爵家の者だ! この呪われた鏡を直してくれ!」 「すみませーん、鍋の底が抜けちゃって!」


 身分も種族も問わない客たち。  俺はそれを片っ端から【修復】し、アイリスが完璧な接客(たまに毒舌)で捌いていく。  店は連日大盛況。  収入は、勇者パーティ時代の年収を、たった3日で超えてしまった。


「忙しいけど、悪くないな」


 俺は充実感に満たされていた。  だが、そんな穏やかな日常を壊すように、あの「招かれざる客」たちが近づいてきていた。


【第5章:再会、そして格の違い】

 開店から一週間後。  その日も『万物修復店』は大忙しだった。


 だが突然、外から悲鳴が上がった。


「キャアアアア! バケモノよ!」 「逃げろおおおお! ダンジョンからあいつが抜け出してきたぞ!」


 ドスン、ドスン、と地響きが近づいてくる。  並んでいた客たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。


「なんだ!?」


 俺とアイリスが店を出ると、信じられない光景が広がっていた。  大通りを、巨大な岩の塊――『ミスリル・ゴーレム』が我が物顔で闊歩していたのだ。  討伐ランクA相当。本来なら深層にいるはずの怪物が、なぜか街中に現れている。


 そして、そのゴーレムの足元で、ボロボロの4人組が必死に戦っていた。  見間違えるはずもない。  かつての仲間、勇者レオナルドたちだ。


「くそっ、止まれぇぇぇ! ここで食い止めないと街がヤバい!」


 レオナルドが聖剣を振りかぶり、ゴーレムの足に叩きつける。  だが。


 バギンッ!!


 乾いた音が響いた。  ゴーレムの硬度ではない。剣そのものが限界を迎えていたのだ。  黄金の刀身が根元からへし折れ、くるくると回転して石畳に突き刺さる。


「は……? 俺の、聖剣が……?」


 レオナルドが間の抜けた声を上げる。


「マリア! 防御魔法だ! 早くしろ!」 「む、無理よぉ! 肌が荒れてて集中できないのっ! それに杖もヒビだらけで……!」


 聖女マリアが泣き叫ぶ。彼女の髪はボサボサで、かつての聖女の威厳など見る影もない。


「ぼ、僕だって! くそっ、動け! なんで魔力が出ないんだ!」


 アルヴィンが必死に杖を振るが、先端の水晶が黒く濁り、煙を吹くだけだ。


「おらぁっ! 俺様が……って、腕が上がらねぇ!」


 武闘家ゴウに至っては、両腕を包帯で吊った状態で、蹴りを入れようとして転倒した。


 無様。  あまりにも無様だった。  これが、かつて「王国最強」と呼ばれたパーティの末路なのか。


 ゴーレムが巨大な腕を振り上げる。  その影が、へたり込んだ勇者たちを飲み込んだ。


「ひぃっ、助けてくれぇぇぇ!」 「死にたくないぃぃぃ!」


 英雄たちが、涙と鼻水を流して命乞いをする。  俺は小さく溜息をついた。  放っておけば彼らは死ぬだろう。自業自得だ。  だが、このまま暴れさせれば、俺の大切な店まで壊されてしまう。


「……アイリス」


 俺が名前を呼ぶと、彼女は優雅にお辞儀をした。


「はい、マスター。少々耳を塞いでいてください」


 アイリスが前に出た。  彼女は震える勇者たちの前に割って入り、ゴミを見るような冷徹な瞳でゴーレムを見上げる。


「マスターの平穏を乱す騒音ノイズ。並びに、マスターの視界を汚す不快な害虫たち。――まとめて消去デリートします」


 彼女が白く華奢な指先をゴーレムに向けた。  瞬間、空間が歪むほどの魔力が収束する。


 ズドォォォォォォォォンッ!!!!


 轟音と共に、極太の熱線レーザーが放たれた。  それはゴーレムの胴体を貫き、その背後の空まですっ飛ばした。  Aランクのミスリル・ゴーレムは、悲鳴を上げる暇もなく蒸発し、炭化して崩れ落ちる。  余波で雲が割れ、一直線に青空が覗いた。


「……へ?」


 助かったレオナルドたちが、アホのような顔で口を開けてポカンとしている。  アイリスはフゥ、と指先の煙を吹き、冷たく言い放った。


「私のマスターの店の前で、見苦しいダンスを踊るのはやめていただけますか? 営業妨害です」


【エピローグ:選んだ道】

 数分後。  『万物修復店』のカウンター前。


 店は再び営業を再開していたが、そこには地面に額をこすりつける4人の姿があった。


「た、頼むクロード! パーティに戻ってきてくれ!」


 レオナルドが叫ぶ。  折れた聖剣、ボロボロの鎧。プライドもへし折れ、その姿は哀れなほど小さい。


「お前がいなきゃダメなんだ! 俺たちが悪かった! 報酬も弾む! 荷物持ちなんて言わない、副リーダーにしてやるから!」


「マリアからもお願い! 私の肌を直して! 鏡を見るのが怖いの! 元の綺麗な私に戻してぇぇ!」 「僕の杖も! 頭痛が止まらないんだ! 君のメンテナンスがないと、魔法が使えない!」 「俺の腕も頼む! 痛くて飯も食えねぇ! 俺様が悪かった!」


 口々に叫ぶ元仲間たち。  店内の客たちが、白い目で彼らを見ている。「あれが噂の勇者様?」「酷いもんだな」という囁きが聞こえる。


 俺は修理した鍋を客に渡しながら、彼らに一瞥もくれずに言った。


「お断りします」


「なっ……!?」


「俺は追放された身だ。もう貴方たちとは関係ない。それに……」


 俺はカウンターに手をつき、はっきりと告げた。


「俺のスキル【万物修復】は、『持ち主が大切にしている物』にしか反応しないんです。貴方たちのような、道具を使い捨てにし、仲間を道具扱いする連中のガラクタには、もう俺の声は届かない」


「そ、そんな……見捨てるのか!? 昔のよしみだろ!?」


 レオナルドが顔を真っ赤にして立ち上がり、カウンター越しに俺の胸ぐらを掴もうとした。  その時。


 カチャリ。


 冷ややかな金属音が響いた。  アイリスがどこからともなく取り出した、巨大な対戦車ライフル(のような魔導砲)の銃口が、レオナルドの眉間に突きつけられていた。


「マスターに気安く触れないでください、汚らわしい」


 殺気が店内を絶対零度に凍りつかせる。  さっきゴーレムを蒸発させた怪物だ。脅しではないことは、誰の目にも明らかだった。


「ひぃっ!?」 「あ、悪魔……!」


「マスター、こいつらは貴方様を害する害虫と認定しました。ここから排除してもよろしいですか?」


 アイリスの瞳は本気だ。放っておけば、本当にここで処刑が始まりかねない。  俺は苦笑しながら、軽く手を挙げた。


「アイリス、店が血で汚れるのは困るな。……外に『お帰り』いただくだけにしてくれ」


「御意」


 アイリスが不敵に微笑む。  次の瞬間、彼女の姿が消えた。


 ドガッ、バキッ、ズドンッ!  目にも止まらぬ速さの回し蹴りが炸裂する。


「「「ぎゃあああああああああ……」」」


 勇者たち4人は、まるでボールのように店の外へ弾き飛ばされ、そのまま空の彼方へと消えていった。キラリ、と星が光る。


 店内に静寂が戻り、やがて客たちから拍手が沸き起こった。


「お見苦しいところをお見せしました。さあ、業務再開です」


 アイリスはスカートの埃を払い、何事もなかったかのように優雅に微笑んだ。


「マスター、お疲れ様です。今日の仕事が終わったら、ご褒美に膝枕をして差し上げますね。もちろん、朝までたっぷりと」


 彼女の重たい愛に、俺は頬をかきながら苦笑する。


「……お手柔らかに頼むよ」


 こうして、俺を追放した勇者パーティは歴史から消え、俺は最強のメイドと共に、忙しくも幸せなスローライフを送ることになったのだった。


続く??

最後までお読みいただきありがとうございます!


「ざまぁ最高!」 「メイド可愛い!」


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金色の獅子が烏合の衆に。 獣から鳥になるのか。惜しい。(ぇ)
続け
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