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【5話】いたずらな視線


 麗華と友達になってから、一か月。

 彼女とは週に一、二回ほど会って、個室居酒屋で話をするような関係になっていた。

 

「へぇ! 黒崎さんって、喫茶店で働いていらっしゃるんですね!」


 そして、今もそう。

 武と麗華はテーブル席に向かい合って座り、話をしていた。

 

「でも、どうして喫茶店で働こうと思ったんですか? 子供の頃からの夢だったとか?」

「ぜんせんですよ。成り行きってやつですね」



 五年前。

 転職を機に実家を離れた武は、この街――『春日台(かすがだい)』へやってきた。

 

「頑張るぞ!」

 

 新たな仕事は覚えることばかりで大変だったが、毎日一生懸命に取り組んできた。

 その姿勢が認められて、上司からの評価は上々だった。

 

(この会社で、一生頑張っていこう!)

 

 強くそう思っていた。

 

 

 しかし、転職してから二年後。

 

「…………嘘でしょ」

 

 業績悪化により、転職先が倒産してしまった。

 まさに青天の霹靂だった。

 

 倒産を告げられたその日。

 武は今にも死にそうな顔で、行きつけの喫茶店を訪れた。

 

「どうしたの黒崎クン? 今日はなんだか元気ないね」


 仲の良いマスターが、心配した顔で覗き込んできた。

 

「……会社が倒産してしまったんです」

「それならウチで働かない? 今、従業員募集してるんだよね」

「いいんですか!?」

 

 なんともラッキー。

 マスターのご厚意で、雇ってもらえることになった。

 

 それが今の勤務先――『ノワール』で働くことになった経緯だ。

 マスターがいなければ、今頃どうなっていただろうか。

 感謝してもしきなれない。

 

 そんなことを話している間にも、麗華はビールをガンガン飲んでいく。

 机の上には、空になったジョッキが三つ置かれていた。

 

「そのお店なら知ってますよ! 私の勤務先の近くです!」

「水島さんの会社、あの辺にあるんですね。近くで働いてるなんてちょっと驚きです」


 たくさんの会社が立ち並んでいる場所に、ノワールは建っている。

 とはいえ、まさかそのうちの一つで麗華が働いているとは思わなかった。


「あそこって確か、夜の七時までやってましたっけ?」

「そうです」


 ノワールの営業時間は、平日の午前九時から午後七時までとなっている。


 周囲に会社が多いノワールの利用客は、その多くが社会人。

 営業時間も、それに合わせた形となっているのだ。


「お待たせいたしました。ビールになります」


 店員がビールを三つ運んでくる。

 もちろんそれらは全て、麗華が頼んだものだ。


 新たに運ばれてきた三つのビールを、麗華はすぐに平らげた。

 驚異的なスピードで、三つのジョッキが空になる。


「ふ~ん」


 ニヤリと笑った麗華は、どこかいたずらな視線を武へ向ける。

 

 その視線の意味を武が知るのは、それから四日後のことだった。

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