【42話】さっき言えなかった本心
家に帰ってきた麗華は、ベッドの上にいた。
両膝を抱えて座り、頭から布団を被っている。
茶色の瞳からは、大粒の涙を流していた。
「うぅ……うう」
痛ましい嗚咽が寝室に響く。
武との関係が終わってしまった。
それがどうしようもなく辛い。涙が溢れて止まらない。
バンバンバン!
ドアの方から、叩きつけるような激しい音が聞こえてた。
「なに!?」
麗華はベッドから降りた。
おそるおそる、ドアへ近づいていく。
そして、すぐ手前まできたとき。
「俺です! 黒崎武です! ドアを開けてください!」
ドアの向こうから、大きな叫び声が聞こえてきた。
「……どうして」
足を止めた麗華は、涙ながらに呟いた。
それはもう、二度と会えないと思っていた人。
関係が終わったと思っていた人。
彼がここに来た理由が、まったく分からなかった。
麗華の家のドアをバンバン叩いた武は、力いっぱいに名前を叫んだ。
それでも麗華は出てきてくれない。
だったらここで諦めて帰るか。
いいや、そんなことは絶対にしない。
武がここへ来たのは、本心を伝えるためだ。
目的を達成するまでは、死んでも帰れない。
「ごめん麗華さん。俺さっき、嘘をついた。『実家に戻っても頑張って』って言ったけど、あれは違う。本当は帰って欲しくないんだ。麗華さんと過ごす時間は、ものすごく楽しい。それがもうなくなるなんて……俺は嫌だ」
心をこめて、ゆっくりと。
さっき言えなかった本心を、武は口にしていく。
「麗華さん。これからもずっと、ここにいてほしい」
一番大事なことを言って、すぐ。
ドアが開いた。
「武さん!!」
泣きはらした麗華が、ギュッと抱き着いてきた。
武の胸へ顔を埋める。
「ひどいことを言ってごめんなさい!」
「ううん。俺の方こそたくさん傷つけちゃってごめんね」
「私も同じ気持ちです! あなたとずっと、死ぬまで一緒にいたい!」
胸の中で心のこもった叫びを上げた麗華に、武は優しく頷いた。
麗華が顔を上げる。
瞳をゆっくり閉じて、唇を軽く突き出した。
(…………なんだこれ。このポーズにはなんの意味があるんだ?)
麗華のそれは、いわゆるキス待ちの体勢。
しかし、彼女いない歴=年齢の武にはその知識がなかった。
そのため、どうしていい分からない。
キス待ちの女の子を前にして、困惑して立ち尽くすことしかできない。
「武さん。我慢しなくていいんですよ」
「我慢ってなに――ッ!」
武の顔が強張る。
刃物を突き刺されたような激しい痛みが、突如として腹に走った。
麗華のカレーによって受けた大きなダメージは、まだ完全には治っていない。
ここまで全力疾走したせいか、痛みがぶり返してきてしまったようだ。
強烈な痛みは、とても我慢できるものではなかった。
「ご、ごめん! 限界だから、今日はもう帰るね!」
ここで倒れたらかっこつかない。
麗華を引き剥がした武は、慌てて去っていく。
「……やっぱり私、嫌われてないかしら?」
あれは完全に、キスをするシチュエーションだったはず。
それを拒否されてしまった麗華は、小さくなっていく背中を呆然と見送ることしかできなかった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
これにて、一章完結です!
二章は構想が浮かび次第、執筆する予定でいます。
連載を再開した際には、またお付き合いいただけると嬉しいです。
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