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【41話】涙の理由


 個室居酒屋を出た武は、家に戻ってきた。

 ただいまの挨拶もせずに、寝室へ直行する。

 

「どうして麗華さんは泣いたんだろう?」

 

 ベッドへ腰かけた武は、難しい顔で呟いた。

 麗華が飛び出していったあのときから、ずっとそれを考えている。

 

『武さんはどう思いますか?』


 それを聞かれたとき、武は嘘を吐いた。

 本当は、実家に戻って欲しくない。

 

 麗華と過ごす時間は輝いている。

 毎回時間を忘れてしまうほどに、武は心から楽しんでいた。

 

 それがなくなってしまうのは、ものずごく辛い。

 

 でも麗華には、戻らなきゃいけないだけの事情があるはず。

 個人的なわがままを言って困らせるのはよくない。

 

 あのときはそう思った。

 だから本心を殺して、『実家に戻っても頑張ってね』と声をかけた。

 

 そうしたら、麗華は泣いてしまった。

 あんなにも感情を爆発させている彼女を見るのは、あれが初めてだった気がする。

 

 でも、どうしてそうなったのか。

 武にはそれが分からないでいた。

 

「お邪魔しまーす」


 実来が家にやってきた。

 

 いつもなら「いやっしゃい」と返事をする武だが、今日は無言。

 今はとても、そんな元気がなかった。

 

「クロちゃんいないの?」

「……」

「でも明かりついてるし……入るよー」


 実来の足音が部屋に近づいてくる。

 

「なんだ、いるじゃん」


 寝室を開けた実来は、小さく笑った。

 武の隣へ腰を下ろす。

 

「今日のクロちゃん、いつもより元気ないね。とっても辛そうだよ。どうしたの?」

「……実来ちゃん。俺の話を聞いてもらっていいかな?」


 一人で考えても分かりそうにない。

 誰かの意見を聞きたくて、実来の手を借りることにした。


「クロちゃんからそう言うなんて珍しいね。いいよ」


 麗華が実家に戻ると言ったこと。

 それを応援したら、泣き出して店を飛び出してしまったこと。

 ずっと涙の理由を考えているが、分からないでいること。

 

 優しく微笑む実来に、武はすべてを打ち明けた。

 

「クロちゃんはどう思っているの?」

「俺は……戻って欲しくない」

「だからだよ」

「え?」

「麗華先輩が聞きたかったのは、クロちゃんの本心。ほんとは戻りたくない。けど、自分だけだとその決心がつかない。だから誰かに、『戻るな』って言って欲しかったの。でもクロちゃんはそこで、嘘を吐いた。欲しい言葉を言ってもらえなかったから、それが悲しくて麗華先輩は泣いちゃったんだよ」


(……そうか)


 麗華はきっと武のことを、大切な友達だと思ってくれている。

 そんな武からの言葉だったら決心ができる。そう思って、『武さんはどう思いますか?』と聞いたのだろう。

 

 麗華が求めていたのは、ここに残ってくれ、という言葉だった。

 

 しかし武は、真逆のことを言ってしまった。

 そのことが麗華を、あんなにも傷つけてしまたった。


「……実来ちゃん。今からでも間に合うかな?」

「うん。きっと大丈夫だよ」

「ありがとうね。……俺、ちょっと行ってくる!」


 立ち上がった武は家を飛び出す。

 さっき言えなかった本心を、今度こそ麗華へ届けるために。


 

 ひとりになった実来は、天井を見上げた。

 

「麗華先輩を応援するとか……なにやってんだろ、私」


 恋敵を応援するなんてどうかしている。

 派手にやらかした。

 

(でもあんな辛そうなクロちゃん見たら、知らんぷりできないよ)


 好きな人が激しく苦しんでいる。

 それを間近で見ていた実来は、胸が締め付けられるような痛みを感じていた。

 

 だから、どうにかしてあげたかった。

 たとえそのことで自分が不利になっても構わないと、そう思ってしまった。


 だからこれはきっと、しょうがないこと。

 惚れた弱み、というやつだろうか。


「麗華先輩、一つ貸しですよ」


 実来は大きくため息を吐いてから、持ってきたストロングチューハイを手に取る。

 フタを開けると、一気にそれを飲んだ。

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