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【40話】武の気持ちを知りたい


「ちょっと待ってください!」


 去っていく武の背中へ、麗華は声をかける。

 

 でも彼は、止まってくれない。

 玄関へ向かって、急いで足を動かしていってしまう。

 

 そして、バタン。

 ドアが閉まる音が聞こえてきた。

 

「私とお泊まりするの、そんなに嫌だったのかな……」


 武には今日、泊まってもらう気満々でいた。

 終電の時間を気にすることなく、夜遅くまで一緒に楽しく話をしたかった。

 

 でも泊まりの話をしたら、武は急に帰ってしまった。

 グイグイ行きすぎたのかもしれない。

 

 もっと慎重に行動するべきだったと、麗華は反省する。

 

(でも桃川さんとは、一緒に夜を過ごしたのよね?)


 実来とはよくて、麗華はダメ。

 つまりそれは。


「もしかして私、あんまり好かれていないの?」


 武とは、かなり親密な関係になっていると思っていた。

 実来なんかよりも、ずっと仲が良いと自負していた。

 

 しかし、それは違ったようだ。

 

 ガックリと肩を落とす。

 顔には陰りがさしていた。

 

 生意気な実来に負けたという悔しさは、もちろんある。

 だが、それ以上に悲しかった。


『年上男性との距離の縮め方』


 スマホを手に取った麗華は、沈みきった顔でそんなワードを検索し始めた。

 

 そのとき。

 

 スマホが震える。

 実家にいる母から、電話がかかってきた。

 

「久しぶりね。一人暮らしと仕事にはもう慣れた?」

「……それなり、ってところね」

「なんだか元気がないね。嫌なことでもあったの?」

「そうね……うん。ちょっと色々あって、落ち込んでた」

「……麗華。辛かったら、いつでも戻ってきていいんだよ」

「ありがとう」


 それから十分ほど他愛のない話をして、麗華は電話を切った。


「ありがとうねお母さん。……でもごめんね。戻る気はないの」


 実家の場所は、ここからかなり離れたところだ。

 そこに戻れば、もう武とはもう会えなくなてしまうだろう。

 

 そんなのは絶対に嫌だ。

 離れたくない。一生一緒にいたい。

 

 でも、武の方はどうだろうか。

 麗華とは違う気持ちなのかもしれない。

 

 さきほどの出来事のせいで、そんなことを考えてしまう。


「武さんは私のこと、どう思っているのかしら……」


 寂しい呟きが、広い部屋に溶けていった。

 

******


 それから、ちょうど二週間後の夜。

 武は麗華と一緒に、個室居酒屋へ来ていた。

 

「入院したって聞きましたけど、なにがあったんですか?」

「ちょっと体調を崩しちゃってね」


 視線を逸らして、わざとらしい苦笑いをする。

 

 麗華の家から飛び出した武は、帰り道で限界になって救急車を呼んだ。

 そうしたら搬送先で、緊急入院が決定。

 一週間ほど治療を受けていた。

 

 そうなった原因は、麗華のカレーを大量に摂取したことだ。

『もう少しで命を落としていたよ』、と医者に言われたときはさすがに肝が冷えた。


 しかしカレーを作った麗華の前でそれを言う訳にもいかないので、ごまかすしかなかった。

 

「もう平気なんですか?」

「うん。もう大丈夫」


 本当はまだ少し痛むが、全然我慢できるレベルだ。

 医者も、『激しい運動さえしなければ問題ないでしょう』と言ってくれている。


「よかったです。……あの、武さん。お伺いしたいことがあるんです」


 改まって話を切り出した麗華は、まっすぐに武を見つめる。

 

(武さんにあのことを聞かないと……!)

 

 武にどう思われているのか。

 この二週間、麗華はその疑問が頭から離れないでいた。

 

「私、実家に戻ろうかと思っているんです」

「……え」

「すごい遠くにあるので、そうなったらもう武さんとは会えません」


 麗華は戻る気なんてない。

 

 これは嘘。

 武の気持ちを確かめるための駆け引きだ。

 

(もし私のことを大切に思っているなら、引き止めてくれるはずだわ……!)


 こんなことをしている罪悪感はある。

 しかしそれでも麗華は、どうしても武の気持ちを確かめたかった。


「武さんは、どう思いますか?」

 

(お願い、引き止めて!)


 強く願いながら、武の返答を待つ。

 

 でも、

 

「そっか……。寂しくなるけど、実家に戻っても頑張ってね」


 返ってきたのは、ひどく残酷なものだった。


「……それだけ、ですか?」

「え……うん」

「…………バカ」

 

 呟いた麗華の瞳から、涙がこぼれ落ちた。

 悲しいと悔しいの感情が、胸からたくさん溢れてくる。止まらない。

 

「武さんのバカ!!」


 大声で叫んで、麗華は店を飛び出した。

 

 

「バカバカバカ!!」


 道を歩いていく麗華は、涙ながらに叫び散らしていた。

 

 行くな、って言って欲しかった。

 俺の側にいろよ、って強く抱き締めてほしかった。

 

 それなのに武は「え……うん」と、それだけ。

 

 武は麗華のことなんて、なんとも思っていない。どうだっていい。

 そのことがハッキリと分かってしまった。

 

「バカバカバカ……。……違うわ」


 麗華は立ち止まる。


「バカなのは…………私だ」

 

 優しい武のことだ。

 

 引き止めたら麗華を困らせてしまうかもしれない。

 そう思って、気を遣って言ってくれただけだろう。

 

 つまりそれは、大切に思ってくれているということだ。


 それなのに麗華は、ひどいことを言ってしまった。

 感情に任せて、店を飛び出してきてしまった。

 

 絶対に嫌われてしまった。

 取り返しがつかない。

 もう麗華に会ってくれないだろう。

 

 つまり、武との関係は終わってしまった。

 

「うわああああん!」


 大粒の涙が止まらない。

 麗華は人目もはばからずに、わんわんと大泣きした。

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