【39話】麗華の手料理
自分の食事もよそってきた麗華が、武の対面に座る。
「私これまで、料理ってあんまりしたことなくて。だから今回は初心者の定番である、カレーを作ってみました!」
(これ、カレーだったの!?)
見た目も臭いも、武が知っているカレーとはずいぶん違う。
これをカレーと認める麗華は、これまでにカレーを食べたことがあるのだろうか。いや、きっとないはずだ。
「遠慮せずに食べてみてください!」
できれば食べること自体を遠慮したいのだが、さすがにそんなことは言えない。
それに、見た目と臭いはひどいが味はおいしい、ということもある。むしろ、そうでなければ困る。
「……い、いただきます」
スプーンを持った武は、一口分だけすくって口の前に持ってきた。
漂う強烈な異臭に、顔をしかめる。
(……これを食べなきゃいけないのか)
スプーンの上に乗っているのは、明らかにヤバい物。
口にするのは勇気がいる。
しかし、ここで退く訳にはいかない。
覚悟を決めた武は、目をギュッと閉じる。
スプーンの上の異物を口の中へ放り込んだ。
瞬間、吐きそうになる。
米はせんべいみたいにカチカチ。
粘り気のあるブヨっとした謎の物体が喉に絡まる。
腐敗臭が鼻の奥まで一気に突き抜けた。
カテゴリーとしては料理よりも、毒とか兵器の方がよっぽどしっくりくる。
たぶんこれは、人間が口にしていいものではない。
「おいしいですか?」
「う、うん」
吐き出したくなるのを必死にこらえながら、なんとか笑顔で頷く。
こうなればもう、意地だった。
「お口にあったみたいでよかったです。私も食べてみよっと」
スプーンに手に持った麗華は、ためらうことなくパクリ。
料理を口に運んだ。
「意外といける! 私、才能あるのかもしれません!」
麗華は誇らしげな顔をした。
兵器を食ったというのに、平気な顔をしている。
どうやら武とは違って、特殊な体のつくりをしているらしい。
「おかわりもいっぱいあるので、どんどん食べてくださいね!」
「……あ、ありがとう」
絶望の言葉に、武は苦笑いでそう言うしかなかった。
「武さん。今日って、泊まっていきますか?」
食卓テーブルの対面に座る麗華が、上目遣いで見つめてくる。
「あ、私はどっちでもいいんですよ! でも、武さんはきっと泊まりたいだろうなって……そう思っただけですから!」
赤面した麗華は、両手の指をツンツンと突き合わせた。
視線を泳がせて、もじもじしている。
しかし彼女の声は、武の耳には届いていなかった。
(…………ヤバい、死にそう)
あれから武は、麗華作の自称カレーを三回もおかわりした。
男の意地を見せつけた。
しかし、それがよくなかった。
玉のような汗が止まらない。
それだけでなく、激しいどうきとめまいもしている。
体のあちこちが異常を訴えている。
今にも倒れそうだ。
(は、早く帰らないと)
ここで倒れたら麗華に迷惑がかかる。
せっかく家に呼んでくれて食事まで作ってくれたのに、そんなことをしたら台無しだ。
「ごちそうさま。夕食作ってくれてありがとうね。とってもおいしかったよ。それじゃあまた!」
早口でまくし立てた武は、勢いよく立ち上がった。
急いで玄関へ向かっていく。
「ちょっと待ってください!」
背中越しに、麗華の声が聞こえてくる。
しかし今は、緊急事態。それに応えるような余裕なんてものは、どこにもなかった。




