【34話】ホラー映画あるある
三人は劇場内に入った。
武を挟むようにして、左に実来、右に香奈が横一列に座る。
それからすぐに、劇場内の照明がオフに。
暗がりの中、映画の上映が始まる。
(結構怖い映画だな……)
ピンと背筋を伸ばす武は、恐怖で顔をひきつらせていた。
スクリーンに流れている映像は、予想していたものよりもずっと怖い。
ホラーが苦手な人間にこれは、かなりキツイものがある。
(……あ)
恐いものを見ているせいで、トイレに行きたくなってきた。
足をモジモジさせながら、席を立とうと考える。
しかしそのとき、
「きゃっ」
小さな悲鳴を上げた香奈が、抱きついてきた。
きっとこれは、一般的にはドキッとするシチュエーションなのだろう。
しかし、今の武にとっては違う。
(ヤバい! このままだとトイレに行けない!)
ピンチ以外の何物でもなかった。
――そうなる、三十秒ほど前。
武の右側に座っている香奈は、スクリーンを見ていない。
視線は右方向。武を見つめている。
(この流れなら抱き着けるはず!)
怖い体験をしているときに抱きつくのは、よくあること。
つまりホラー映画を見ている今なら、自然な流れで武に抱き着ける。
正直、映画の内容なんてどうだっていい。
ただただ抱きつきたくて、そのためだけに武を映画に誘ったのだ。
(今だ!)
意を決した香奈は、両腕をガバッと広げる。
武の胸の辺りに両手を回して、ギュッと体を寄せた。
(やった大成功! あ~幸せ!)
ポカポカとした気持ちが溢れてくる。
なんて幸せな時間なんだろう。ずっとこのままでいたい。
しかし、それを見つめる不穏な影あり。
反対側にいる実来だ。
悪だくみをしているかのような、不敵な笑みを浮かべている。
「きゃ~、怖いよクロちゃん」
小さく呟いた実来は、武の首元へ両腕をまわす。
おもいっきり抱き着いた。
そして香奈を見て、べー。
舌を出して挑発してきた。
(この人……!)
唇をキッと噛む。
実来が憎たらしくてしょうがない。
この女の性格は最悪だ。
あの水島麗華と同じくらい――いや、それ以上に悪いかもしれない。
「ごめん! もう限界!」
抱き着く二人を振りほどいて、武は立ち上がる。
劇場の外へ走り去ってしまった。
(せっかくの幸せな時間が……。そうなったのは全部……!)
実来を強く睨みつける。
キリリと吊り上がる瞳には、強い憎しみと怒りが宿っていた。
「あなたのせいで武さんがいなくなっちゃったじゃないですか! せっかくいい雰囲気だったのに!」
「そうかなぁ? 香奈ちゃんに抱き着かれたのが嫌だったんじゃない?」
「そんな訳ないです! 絶対あなたのせい!」
「証拠ないじゃん。思い込みが激しい女の子は嫌われちゃうよ?」
二人はどっちも非を認めない。
激しい口論が飛び交う。
「あの、静かにしてもらってもいいですか?」
後ろの席から、そんな声が聞こえてきた。
正論すぎる言葉に、香奈と実来は揃って頭を下げる。
しかしそうしている間も、二人は睨み合っていた。
無事にトイレを済ました武は、劇場内に戻ってきた。
(危ないところだった……ギリギリセーフ)
抱き着く二人を引き剥がすのは気が引けたが、もう膀胱が限界だった。
漏らすよりはマシと判断し、武はトイレへ急行したのだ。
(あれ、二人ともどうしたんだ?)
香奈と実来は、スクリーンを見ていない。
互いにそっぽを向いている。
(二人とも映画が怖いから、スクリーンを見られないんだな)
二人は武に抱き着いてくるくらいに怖がっていた。
こうして、スクリーンから目を逸らしているのも納得だ。
 




