【31話】親友との友情よりも大切なものがある
大好きな小説の著者――『ダークブロッサムの凶弾』と劇的な出会いを果たした、その翌日。
教室の自席に座る香奈へ、白亜は話しかける。
「聞きたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「うん。どうしたの?」
「私昨夜、香奈ちゃんがおじさんと喫茶店から出てくるところをたまたま見てしまったんです。香奈ちゃんもしかして、あのおじさんと付き合ってるんですか?」
「――!? ど、どどど、とうしてそうなるの!」
大いに焦る香奈はしどろもどろで、ろれつがうまく回っていない。
顔は真っ赤に染まっていた。
「おじさんと一緒に歩く香奈ちゃん、ものすごく嬉しそうな顔をしていましたよ。恋する乙女でした」
「はぁ!? そんな訳ないじゃん! あんな冴えないおじさんなんて、好きになるはずないでしょ!」
「そうですか。それを聞けて安心しました」
白亜は優しい微笑みを浮かべた。
「よかったです。私、香奈ちゃんとは争いたくないですから」
「……え?」
言葉の意味を求めているような香奈に、白亜はクルっと背中を向けた。
それ以上はなにも言わずに去っていく。
(先生は私のものです)
武の小説と出会ったのは十年ほど前。
白亜がまだ小学生の頃だ。
控えめで内気。
白亜はそんな性格をしていた。
うまく周囲と打ち解けることができず、友達が誰もいなかった。
同年代の子どもたちがワイワイ遊ぶ中、白亜はいつもひとりぼっち。
孤独な日々は、寂しくてしょうがなかった。毎日、部屋で泣いていた。
「ダークブロッサムの……えっと、なんて読むのでしょうか?」
それは、たまたまだった。
部屋で暇つぶしにスマホをいじっていたら、『ダークブロッサムの凶弾』という人が書いた小説に出会った。
これまでまともに小説を読んだことのない白亜にとっては、初めて踏み入る世界だった。
「すごくおもしろいです!」
難しくて長い言葉がいっぱいで、よく分からない部分もたくさんあった。
でもそういう難しい表現が、最高にかっこいい。
激しく心が震える。
こんなことは初めてだった。
そこから、白亜の日々は大きく変わる。
相変わらず友達はできなかったが、武の小説を読むだけでいつでも元気をもらえた。
寂しいだけの日々とおさらばした白亜は、もう泣かなくなった。
涙を流すだけの日々を変えてくれた先生――ダークブロッサムの凶弾。
誰よりも大切な恩人に、白亜はずっと恋心を抱いていた。
先生に――武に出会えたのは、きっと運命だ。
他の人には絶対にあげたくない。
(それがたとえ、香奈ちゃんであってもです)
香奈は絶対に嘘をついている。
武のことを好きでしょうがない。
香奈は嘘が下手だ。
嘘をついているとすぐに分かった。
ひとりぼっちだった白亜に声をかけてくれて、友達になってくれた。
そんな香奈のことが、白亜は大切で大好きだ。
(でも、ダメです。あげません)
親友との友情よりも、恩人への愛情の方が強い。
相手が香奈だとしても、譲る気なんてさらさらなかった。




