【30話】コスプレ(にしか見えない)高校生
「武さん。おやすみなさい」
「うん。お疲れー」
挨拶をして、武は香奈と別れた。
一人で道を歩いていく。
「あの、少しよろしいでしょうか!」
後ろから声をかけられた。
振り向いてみると、そこにいたのは見知らぬ銀髪少女。
(……迷子かな?)
身長は140センチに届くかどうか。
人形のように整った顔立ちには、ふんだんにあどけなさが残っている。
外見からして、きっと小学生だろう。
「君、小学生だよね? お父さんとお母さんとはぐれちゃったの?」
「迷子じゃありません! それと私は高校生です!」
「またまたー。そんなみえみえの嘘には騙されないよ」
「嘘じゃありません! 私が着ている服を見てください!」
「…………制服だ」
銀髪少女が着ているのは学生服。
しかも、香奈と同じ高校のものだ。
偽物ではなさそうだし、どうやら本当に高校生らしい。
(……コスプレにしか見えないな)
「なんなら学生証だってありますよ!」
「そこまではさすがにいいよ……疑ってごめんね。それで、俺になにか用かな?」
「あなたにお話があるんです!」
つま先立ちした銀髪少女は、真剣な顔でそう言ってきた。
「私、柊白亜と言います」
ファミレスのテーブル席。
武の対面に座る銀髪少女――柊白亜が、自己紹介をした。
それに合わせて武も、「黒崎武です」と名乗る。
「単刀直入に聞きます。赤上香奈さんとどういう関係ですか?」
「君、香奈ちゃんと知り合いなの?」
「はい。香奈ちゃんは私のクラスメイトで、大切なお友達です。それより、私の質問に答えてください!」
白亜が声を荒げた。
ものすごく怒っている。
小学生扱いされたことを、まだ根に持っているのかもしれない。
「一緒の職場で働いている同僚だよ」
白亜の勢いに少しビビりつつも、ありのままを答えた。
しかし、じとーっ。
白亜は疑いの目を向けてくる。
これっぽっちも信じてくれていない。
「怪しいですね。鼻先がヒクヒクしていますよ」
ビシッと指をさしてきた。
指先は武の鼻へと向いている。
「『相手が嘘をついているかどうかは、鼻先を見れば一目瞭然だぜ』。私が愛してやまない小説の中に、そのような言葉が登場します」
「……『鮮血の記憶に刻む堕天使の詩』」
武がポツリと呟く。
厨二じみたそれは小説のタイトルで、白亜が言ったセリフはその小説内に出てくるものだ。
「あなたも『ダークブロッサムの凶弾』先生の作品を知ってるんですか?」
「そりゃあね。……だって書いてるの、俺だし」
武はもう十年ほど、小説投稿サイトに自作小説を掲載している。
その際に使っているペンネームが、『ダークブロッサムの凶弾』。
先ほどの小説、『鮮血の記憶に刻む堕天使の詩』は、小説投稿サイトに掲載した初めての作品だ。
「ええええええ! どうしよどうしよ!」
白亜は顔を真っ赤にして大興奮。
慌ててバックを開けると、そこからペンとノートを取り出した。
「私、先生の大ファンなんです! サインしてください!!」
「……う、うん」
こんなことを言われたのは初めてだ。
武は戸惑いながらもペンとノートを受け取ると、慣れないサインをした。
「はい、どうぞ」
「ありががとうございます! うわぁ……嬉しい!!」
ペンとノートを返すと、白亜は満面の笑みを浮かべた。
「私、先生の作品は全部読んでいて、話が更新されたら必ず感想も書いています!」
「必ず感想を書く……あ! もしかして君、『白無垢なるレクイエム』さん?」
まったく人気がない武だが、ただ一人だけファンがいる。
その人物の名は、『白無垢なるレクイエム』。
話を更新するたびに、熱烈な長文感想を送ってくれる。
白亜の言葉を聞いて、もしかして、とピンときた。
「そうです!」
胸の前で祈るようにして両手を組んだ白亜は、上を向いた。
うっとりと、恍惚した表情を浮かべる。
「先生に認知されているなんて感激です……!」
(まさか俺の唯一のファンが、こんな女子高生だったなんて……)
唯一のファン――『白無垢なるレクイエム』は、武と同じ厨二センスを持ち合わせている。
似たような雰囲気だからきっと同年代の男性なのだろうと、勝手に思っていた。
しかしその正体はなんと、小学生にしか見えない美少女女子高生。
思いもよらない展開には、驚きを隠せない。
「ダークブロッサム先生! 聞きたいことがあるのですけどいいですか!」
「……う、うん」
ペンネームで呼ばれるのは初めてだ。
周囲からの視線が痛々しいが、そう呼ばれるのは嬉しい。武は高揚感を感じていた。
「この前からスタートした新作ですけど、あれってもしかして過去作の――」
そこから二人は、武の作品について語り合う。
設定がどうとかキャラがどうとか、わちゃわちゃ大盛り上がり。
熱中するあまり、時間を忘れて喋っていた。
「今日はありがとうございました! よければ、また私とお話ししてくれますか?」
「もちろんだよ!」
「ありがとうございます!」
最後にトインを交換して、白亜と別れた。
「楽しかったなぁ」
帰り道を歩く武は、笑みを浮かべていた。
熱烈と語る白亜からは、武の作品に対する愛がこの上なく伝わってきた。
そんな風に思ってもらえることこそ、作品を生み出した創作者として最高の喜びだった。
「よし、帰ったら小説を書くぞ!」
武は気合を入れる。
唯一のファンの生の声を聞けて、創作に対するモチベーションがぐんぐん上がった。
 




