【29話】先輩からの告白
「赤上! 俺と付き合ってほしい!」
夕焼けの赤色が、空を鮮やかに染める頃。
高校の屋上で、香奈は告白された。
告白してきた相手は、学年が一つ上のサッカー部の先輩。
香奈が好きだった人だ。
以前であればきっと、大喜びで受けていたことだろう。
感動の涙も、いっぱいに流していたはずだ。
でも、今は違う。
「ごめんなさい。先輩とは付き合えません」
香奈は迷うことなく、断りの言葉を口にする。
先輩が嫌いになった訳ではないが、付き合いたいとは思わない。
香奈の心にはもう、別の相手がいるからだ。
「どうして……まさか、他に好きな人がいるのか?」
「失礼します」
香奈は軽くお辞儀して、先輩に背を向けた。
屋上から去っていく。
その足取りには迷いも後悔も、いっさいなかった。
******
香奈がサッカー部の先輩を振った。
翌日にはそのことが、学校中に広まっていた。
どうやらあの現場を見ていた生徒がいたらしく、拡散したらしい。
モテモテな先輩は、学校では有名人。
それを振った香奈も、この日はかなりの注目を浴びていた。
ひそひそ話をされたり、やじ馬がちらちらと見てくる。
拡散されたせいで、いい迷惑だ。
まったく、余計なことをしてくれた。
「めんどくさ……」
朝のホームルームのあと。
教室の自席に座っている香奈は、ため息混じりに呟いた。
そこへ、銀色の髪をした小柄な女子生徒が近づいてきた。
彼女は香奈の前で立ち止まると、顔をグイっと寄せた。
赤色の瞳を見開く。
「香奈ちゃん。どうして先輩のことを振ったんですか? あんなに好きだったのに……」
香奈のことが心配でたまらない。
そんな声を上げた彼女の名前は、柊白亜。
香奈のクラスメイトであり、一番の親友だ。
親友である白亜には、先輩に恋心を抱いていることを話している。
それなのに振ったことが、不思議でたまらないのだろう。
「もしかしてなにか、断らなきゃいけない事情があったのですか? 困っていることがあるなら言ってください。……私、香奈ちゃんの力になりたいです」
「別にそういうのじゃないよ。単純に今は、そういう気分じゃなかっただけだから」
そう言って、笑ってごまかす。
(……ごめんね白亜)
こんなにも心配してくれる親友に、嘘をついてしまった。
罪悪感がチクリと胸を刺す。
(でも、言えるわけない)
自分の倍以上も年の離れたおじさんを好きになってしまった。
そんな事実を話す勇気を、香奈は持ち合わせていなかった。
「本当ですか?」
「うん。心配してくれてありがとうね」
怪訝そうにしている白亜の頭へ手を伸ばし、優しく撫でた。
その日の夜。
塾帰りの白亜は、難しい顔をしながら自宅への帰り道を歩いていた。
「香奈ちゃん、なにか隠している気がします……」
先輩を振った理由を答える香奈は、どこか様子が変だった。
ごまかしているとしか思えなかった。
(親友の私にも言えないようなことなのでしょうか。こんなにも力になりたいのに……)
香奈と初めて出会ったのは、中学生の頃。
内気でいつも一人でいた白亜に、声をかけてくれたのがきっかけだ。
一緒に昼食を食べたり、図書室で勉強をしたり――そんな日々を過ごしていくうちに、いつしか親しい関係になっていた。
明るくて気遣いのできる香奈のことが、白亜は大切で大好きだ。
困っていることがあるなら、遠慮せずに話してほしい。力になりたい。
「明日また、聞いてみましょう」
そう決めたとき。
「あ、香奈ちゃんです」
通り向かいの喫茶店――ノワールから香奈が出てきた。
(あそこのお店は確か、香奈ちゃんがアルバイトをしているところですね)
まだ一度も行ったことはないが、香奈から話は聞いている。
仕事を終えて、帰るところだろうか。
「あれ? あの人は誰でしょう?」
続けて店から出てきた中年の男性が、香奈の横に並んだ。
そうなったとたん、香奈は満面の笑み。
溢れんばかりの喜びを顔に出していた。
(あんなに嬉しそうな香奈ちゃん、初めて見る気がします。……もしかして先輩を振ったのは、あの男の人が理由かもしれません!)
香奈の瞳は熱を帯びている。
恋する乙女だ。
隣にいる男性に恋をしているから先輩を振った。
そう考えれば、つじつまが合う。
(……うーん。ですが、本当にそうでしょうか)
しかし白亜は、その考えにいまいち自信が持てなかった。
見たところ、男性は香奈よりずっと年上だ。
果たしてあんなに年の離れた人を、好きになるものだろうか。
(でも香奈ちゃん、あんなに楽しそうですし……。……これは確かめてみる必要があるもしれません)
気になってしょうがない白亜は、行動開始。
電柱や壁に身を隠しながら、二人の後をつけていく。
「武さん。おやすみなさい」
「うん。お疲れー」
そうしてから、しばらく。
挨拶をして、二人は別れた。
(今です!)
一人になった男性の元へ、白亜は駆け寄った。
「あの、少しよろしいでしょうか!」




