【26話】あげたくない二人
「……いきなりなんですか? 喧嘩売ってるの?」
実来の雰囲気が鋭くなるが、麗華は怯まない。
「武さんを傷つけないで」
「はい?」
「遊び好きなあなたのことよ。武さんのことだって弄んでいるんでしょ! その人は優しくて思いやりのある、素晴らしい人よ! あなたのような人間が軽々しく触れるのは許されない!」
「麗華先輩も私のことを外見で判断してたんですね。薄々分かってから、別に驚きはしませんけど。……やっぱり本当の私を見てくれるのはクロちゃんだけだ」
「なに意味不明なこと言っているのよ! とにかくもう二度と、武さんには関わらないでちょうだい!」
「どうしてそんなことを、麗華先輩に言われなきゃいけないんですか? 意味不明なのは先輩の方ですよ。……でも、クロちゃんと離れるのは絶対に嫌です。断固拒否します。というか、麗華先輩こそ近づかないでくださいよ。クロちゃんは誰にもあげません」
「私物化しないで!」
「私に『二度と関わるな』なんて言っておきながら、よくそんなことが言えますね? 私物化してるのはどっちですか? 誰にもクロちゃんのことあげたくないけど、麗華先輩には特にあげたくないです!」
「私もよ……!」
二人は互いに睨み合う。
殺気でも混じっているかのような鋭い空気が、部屋いっぱいに広がった。
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「いたたたた」
目を覚ました武がまず感じたのは、ひどい頭痛。
二日酔いになっていた。
(昨日は確かストロングチューハイを飲んで……あれ、そこからの記憶がない。もしかして、それからずっと寝てたのか?)
こめかみに手を添えながら、ゆっくりと体を起こす。
窓から外を見れば、もうすっかり暗くなっていた。
「だいぶ寝てたんだな……今何時だろ?」
スマホを手に取って開いてみる。
表示されたのは、午後六時という時刻。
それから、麗華からの大量のメッセージと電話の通知。
「うわあああああ!!」
ここで初めて、約束をすっぽかしていたことに気付く。
最悪のやらかしをしてしまった。
「おっはよー」
実来が寝室に入ってきた。
「そんなに大声出して、どうしたの?」
「今日お客さん来るって話したでしょ? 寝過ごして、約束をすっぽかしちゃったんだよ……」
「それなら大丈夫だよ。麗華先輩には、私がちゃんと事情を話しておいたから」
「……先輩? 麗華さんと知り合いなの?」
「うん。同じ会社に勤めてるの。すっごい仲いいから、事情を話したら納得して帰ってくれたよ。『お大事に』だってさ」
「そうなんだ。ありがとうね、助かったよ」
後日正式に謝罪するとして、麗華に事情が伝わっているならまずは一安心だ。
二人が知り合いで助かった。
「でも麗華さんがここに来たときは、びっくりしちゃったよ。まさかクロちゃんと知り合いだったなんてね」
「びっくりしているのは俺もだよ」
二人が知り合いで、しかも同じ会社に勤めているなんて驚きだ。
世間は狭いということを痛感させられる。
「そうだ。それなら今度三人で、食事でもしようよ」
麗華と実来はどことなく似ていて、二人とも話が面白い。
そんな彼女たちが集まったら、楽しい場になることは確定だ。
「うーん。私は別にいいけど、麗華先輩は来ないんじゃないかな?」
「どうして?」
「さぁね~。じゃ、私はそろそろ帰るね! またねクロちゃん!」
「……う、うん。ばいばい」
実来の言葉の意味がよく分からないまま、武は手を振った。
 




