【25話】大嫌いな後輩
武の家のインターホンを鳴らした麗華は、焦った顔をしていた。
(武さん、いったいどうしちゃったのかしら……)
一時間前。
自宅を出た麗華は、『今から向かいますね』とトインでメッセージを入れた。
トインをすれば、武はいつもすぐに返信をしてくれる。
どんなに遅くとも三十分以内には必ずだ。
しかし今日は一時間経っても、まったく音沙汰なし。
電話も何度もかけたが、一向に繋がらないでいる。
もしかしたら、武の身に何かあったのでは。
そんな風に考えてしまい、心配でたまらなかった。
(これでも出てこなかったら警察へ連絡しましょう)
そう決めたとき。
家の中から聞こえる足音が、こちらへ近づいてくる。
きっと武だ。
(よかった。無事だったのね)
なにもないと分かって、大きく安堵。
思わず泣いてしまいそうになる。
しかしその顔は、ドアが開くなりすぐに驚きへと変わった。
開いたドアの向こうにいたのは、武ではない。
会社の大嫌いな後輩――桃川実来だった。
「桃川さん……。どうしてあなた、ここに……」
実来はなにも答えない。
麗華へ無言で背中を向け、家の中へと戻っていく。
「ちょっと!」
このままにはしておけない。
慌てて追いかける。
実来はリビングを抜けた先にある部屋へ入った。
麗華もそれに続く。
そこは、寝室だろうか。
ベッドの上では、武が気持ちよさそうに眠っている。
そのすぐ近くに、実来は腰を下ろした。
「ふふ……かわいい」
「ちょっとなにしてるのよ!」
武の顔へ手を伸ばそうとした実来へ、荒げた声を上げる。
実来は伸ばしていた手を戻すと、麗華へ顔を向けた。
「麗華先輩って、クロちゃんとどんな関係なんですか? 付き合ってるんですか?」
「武さんとは飲み友達で、付き合ってる訳では――というか、そっちこそどういう関係なの! 私に聞く前に、まずあなたが答えなさいよ!」
「私も先輩と同じです。飲み友達ですよ……部屋が隣同士のね」
実来の口元が微かに上がる。
挑発的な笑みを浮かべた。
「色々あって、この部屋で一緒にお話するようになったんです。ていっても、お酒を飲むのはいつも私だけなんですけど。でも昨日は、クロちゃんも飲んでくれたんですよ」
「……武さんもお酒を飲んだの」
「はい。クロちゃんお酒弱いのにストロングチューハイを一気飲みするから、倒れてそのまま寝ちゃったんです。だから今日は起きませんよ。せっかく来たのに残念でしたね」
「……嘘」
個室居酒屋で武と会うとき、酒を飲むのは麗華だけ。
武はいつもウーロン茶だ。
初めて個室居酒屋に行ったとき、一緒にお酒を飲もうと言ったのだが『アルコールの味が好きじゃない』と断られてしまった。
それ以降麗華は、一度もお酒を勧めていない。
でも、一緒に飲みたいとは常々思っている。
(どうして私とはダメで、桃川さんとは……そうか。桃川さんが無理矢理飲ませたのね)
武は人がいい。
実来に飲酒を強制されて、断ることができなかったのだ。
それで飲みたくもないお酒を飲んで、倒れて寝てしまった。
そのせいで、今日の麗華との約束にも出てこられなくなってしまった。
今日は麗華にとって大事な日だった。
前回は途中で帰ってしまったから、今回はそういうことをせずに最後まで楽しい時間を過ごそうと強く決めていた。リベンジしたかった。
でも、それは叶わない。
その原因を作ったのは目の前にいる生意気な後輩――桃川実来だ。
黒いものがふつふつと湧き上がってくる。
実来が憎くてたまらない。
そのとき、麗華の頭に過去の映像が浮かんだ。
土曜の昼間からラブホテルの前で男と騒いでいた、あのときのものだ。
「桃川実来は遊び好き。男をとっかえひっかえしている」
会社で流れている噂を、麗華はポツリと口にした。




