【23話】カラオケで勝負
パスタ屋で昼食を済ませた後、武と実来はカラオケに来ていた。
「ねぇクロちゃん。ただ歌うんじゃなくてさ、どうせだったらゲームしない? 採点して点数の低い方が、夕飯をおごるの。どう?」
「いいよ」
「夕飯はいただきだよ」
立ち上がった実来は、ふふふ、と含みのある笑い声を上げた。
「私ね、歌には結構自信があるんだぁ。悪いけどこの勝負、勝たせてもらうよ」
得意気にそう言ってから、実来は曲を予約。
マイクを持って歌い始める。
(めっちゃうまいな)
低音から高音までしっかりと音が出ていて、音程はかなり正確。
それになにより、感情がこもっていた。
聞いている人の心を動かすことのできる、素晴らしい歌唱だ。
自信がある、と言うだけのことはある。
「ご清聴ありがとうございましたー!」
歌い終わった実来が笑顔で一礼。
画面には採点結果――『94』という数字が表示された。
一般的には、『90』以上取れたら高得点とされている。
実来の数字はかなりの高得点だ。
「じゃあ次はクロちゃんの番ね。ま、もう勝負はついたようなものだけど」
マイクを差し出した実来は、得意気に鼻を鳴らした。
もう勝った気でいるのだろう。
武は曲を予約。
実来からマイクを受け取って、立ち上がる。
「思ったよりも上手だったよ~」
歌い終わると、上から目線の批評が実来から飛んできた。
顔にはたっぷりの余裕が浮かんでいる。
「さてさて、クロちゃんの点数は――は?」
画面の採点結果を見た実来は、きょとん。
怪訝そうな目を向けている。
表示されている点数は、『99』。
素晴らしい歌唱をした実来よりも上だった。
「なにこの点数? いやいや、ありえないって……私の方が絶対うまかったじゃん!」
それは実来の言う通りだ。
武の歌い方は、ただ音程を合わせているだけの棒読み。
感情はこもっていないので、実来のように人を感動させることはできない。
歌唱力だけでいえば、足元にも及ばない。完敗だった。
しかしカラオケの採点というのは、歌唱力が高い人が必ずしも高得点を取れるようにはできていない。
採点の仕組みを知っている人間。
それこそが、採点を制するのだ。
少し前まで武は一人カラオケにハマっていて、高得点を取ることに熱を上げていた。
それがあったことで、採点の仕組みを熟知していた。
おかげで、自分よりもはるかに歌唱力が高い実来に勝つことができたのだ。
「この勝負は俺の勝ちだね」
「まだだよ! 一回だけなんて言ってないし!」
新たな曲を予約した実来は、ぶっきらぼうに武からマイクをぶん取った。
午後六時。
武と実来は、レストランへ夕食を食べに来ていた。
「ごめんね実来ちゃん。機嫌治してよ」
対面でむくれている実来に、武は苦笑いを浮かべる。
あのあとかれこれ数十回はカラオケ勝負したものの、すべて武の勝ち。
実来はその結果に、大層なご不満を抱いている。
不機嫌オーラを丸出しにしていた。
「私の方が絶対うまかったし」
「うん。実来ちゃんの歌唱は本当にすごかったよ。感動しちゃった」
「じゃあなんで一度も勝てなかったの!」
「えっと……採点の仕組みを俺だけ知ってたから、かな」
「そんなのズルじゃん!!」
実来がプイっとそっぽを向いていしまう。
採点の仕組みを熟知している武と実来では、初めから勝負の結果は見えていた。
ズルではないが、不公平と思われてしまうのも仕方ない。
(今思うと、少し大人げなかったな。一度くらい勝たせてあげればよかったかも。でもわざと負けたら、それはそれで実来ちゃん怒りそうだしな)
『わざと勝たせてもらっても嬉しくないし!』
そんな風に怒る場面が容易に想像できる。
思わず苦笑いしてしまった。
「なに笑ってるの!」
苦笑いによって、実来の怒りゲージは上昇。
かなり怒っている。
いつも陽気な彼女がこんなにも不機嫌になっているのは、初めて見るかもしれない。
(実来ちゃんって負けず嫌いだったんだな……。それよりも、どうにかして機嫌を治してもらわないと)
その方法について、思案を巡らせていく。
(そうだ! あれを渡してみよう!)
武は懐からヘアピンを取り出す。
今日のお礼にと思って、最初に行ったアパレルショップで買ったものだ。
これを渡せば、少しは機嫌が治るかもしれない。
(家に帰ってから渡すつもりだったけど……しょうがないよね)
なにしろ今は、緊急事態。
トラブルには、臨機応変に対応するしかない。
「はい、これ」
武は手のひらにヘアピンを乗せると、実来へそっと差し出した。
そっぽを向いていた実来は顔を戻した。
目を白黒させている。
「私にくれるの?」
「うん。今日は実来ちゃんのおかげで、たくさん勉強になったから。そのお礼だよ」
「ありがとうクロちゃん!」
ヘアピンを両手で受け取った実来は、包み込むようにして両手で握る。
大事そうに、自分の胸へそっと押し当てた。
「こんなに嬉しいプレゼントは初めてだよ! 一生の宝物にするね!」
実来は満面の笑みを浮かべた。
まさかそこまで喜んでくれるとは、思ってもいなかった。
嬉しいながらも、武は少しこそばゆい気持ちになってしまう。




