【2話】JKとファミレスへ
悲しい結果に終わった人生初デートの翌日。
午後八時の、ファミレスのテーブル席。
テーブルの上に置いていた武のスマホが、ブー、と震える。
画面を見てみると、『トインに新着メッセージが来ています』という通知が表示されていた。
(誰だろう?)
そう思ってトインを開こうとしたら、
「黒崎さん。私の話ちゃんと聞いてますか?」
対面に座っている女性から、責めるような声が飛んできた。
彼女は赤上香奈、16歳。
武が勤めている喫茶店――『ノワール』でアルバイトをしている、高校二年生だ。
両端で束ねられたツーサイドアップの赤髪に、オレンジ色の瞳をしている。
香奈とは週に数回仕事帰りに、ファミレスで会話するような関係だ。
こうして今二人でここへ来ているのも、それだった。
36歳のおっさんが16歳の女子高生となにを会話しているとかというと、それは恋愛相談。
といっても、おっさんの恋模様を話しているのではない。
逆だ。
女子高生の恋愛相談に、おっさんが乗っているのだ。
香奈は、一つ学年が上の先輩に恋をしている。
そのことについて色々と相談に乗り、先輩とうまくいくようにアドバイスをしていた。
(正直言うと話を聞いてなかったけど、たぶん先輩のことだよな)
香奈とファミレスで話す話題の半分以上は恋愛相談。
おそらくそれであっているはずだ。
スマホをポケットに入れた武は、苦笑いを浮かべる。
「聞いてたよ。先輩のことでしょ?」
「違いますよ! やっぱり聞いてないし!」
頬を膨らませた香奈が、ぶー、とむくれてしまう。
(外したか……。というか、今日は全然赤上さんの話が入ってこないや……)
いつもならそんなことはないのだが、今日は違っていた。
集中力が散漫になって、ボーっとしてしまう。
そうなったのはきっと――というか、確実に昨日の件があったからだ。
一日たった今でも、まだ武はショックから立ち直れていなかった。
「私が聞いたのは昨日のことですよ!」
「……え?」
「マッチングアプリの人とデートしてきたんですよね? 昨日!」
(……そういえば赤上さんにも、そのこと話していたんだっけ)
それを話したのはわりと最近だというのに、すっかり忘れていた。
やっぱりまだ、ショックから立ち直れていないようだ。
「で、どうたったんですか? うまくいったんですか?」
「どうだったもなにも……デートする前に終わっちゃったんだよ」
「…………はい?」
会えはしたが、ずっと騙されていたこと。
デートをする前に帰ったこと。
怪訝な顔をしている香奈に、昨日の出来事をありのままに伝える。
「そうだったんですか。それは……残念でしたね」
哀れみの言葉を口にした香奈だが、その口元には溢れんばかりの笑みが浮かんでいた。
言ってることと表情が真逆だ。
(絶対残念だと思ってないよね?)
どちらかといえば、ざまぁみろ、といった感じに思える。
(嫌われてるのかな……。仲良いいと思ってたんだけどな)
ずーんと落ち込んでしまう。
昨日のことで精神的に参っているのに、さらに追い打ちを掛けられてしまった。
(やった! 黒崎さんフリーのままだ!)
香奈が喜んでいるのは事実だが、それはざまぁみろとかそういうことではない。
武を別の女に取られなかった。
そのことが、それはもうめちゃくちゃに嬉しかったのだ。
香奈が好きなのは、一つ学年が上の先輩ではない。
それはもう過去の話。
今好きなのは、自分の倍以上も歳の離れているおじさん――黒崎武だ。
香奈の恋愛相談を、武はいつだって親身になって聞いてくれた。
先輩との恋路がうまくいったと言えば自分のことのように喜んでくれるし、反対に失敗したときには香奈以上に落ち込んでしまう。
つまりそれは、香奈のことを大切に思ってくれているということ。
他人を大事にできる武のことを、香奈はいつも素敵だと感じていた。
その感情は武との時間を重ねる度に強まっていき、いつしか恋心へと変わっていた。
ぶっちゃけていうと、ファミレスに来ているのは先輩への恋愛相談が目的ではない。
それは建前。武との時間を過ごしたいというのが本音だ。
(この状況ってチャンスだよね!)
武は今、女に振られて傷心中。
ここで慰めれば、仲をグンと縮められるはず。絶好のチャンスだ。
「かわいそうに……黒崎さんなにも悪いことしていないのに!」
「……うん。ありがとうね」
(香奈ちゃん……めちゃくちゃ気持ちのいい笑顔してるなぁ)
怒りの声を上げる香奈の口元は、それはもうニッコニコ。
まったく怒っていない。嘘をつくのが絶望的に下手だ。
「という訳で、これからはお互いの呼び方を変えましょう。私は黒崎さんのことを、『武さん』って呼びます。だから私のことも、『香奈』って呼んでくださいね!」
「え、急にどうして?」
「嫌なんですか!」
「別にそうじゃないけど……」
語気を強めた香奈は、威圧感ムンムン。
なにも悪いことはしていないのに、責められているような気になってしまう。
そんな風に言われてしまえば、従わざるを得なかった。
「それじゃあこれからよろしくお願いいたしますね。武さん!」
「うん。こっちこそ。えっと……香奈ちゃん」
ぴきーん!
香奈の脳に快感が走った。
脳内が急速にピンク色に染まっていく。
(名前で呼び合うってことは、実質もう付き合っているってことだよね! 入籍前ってことだよね! うひゃーっ! ヤバいヤバい! 武さん――ううん、夫の顔を見れない!)
これ以上ここにいたら、興奮でどうにかなってしまう。
顔を真っ赤にした香奈は立ち上がると、猛スピードでファミレスから出ていった。
(香奈ちゃん、いったいどうしたんだ……)
顔を真っ赤にしたと思えば、なにも言わずに出ていってしまった。
そうなった理由が、まったくもって分からない。
小さく首を捻ってから、武は立ち上がる。
ここにいる理由もなくなってしまったので、家へ帰ることにした。
「あ、そういえば……」
トインの通知がきていたことを、すっかり忘れていた。
ポケットからスマホを取り出した武は道の上で立ち止まり、トインを開く。
瞬間、目を見開いた。
『もう一度会ってくれませんか?』
トインに届いていたのは、そんなメッセージ。
送ってきたのは、武を騙していた清楚系美人――水島麗華だった。