【18話】お返し
「武さん。昨日はお料理を教えていただいて、どうもありがとうございました!」
「……は?」
気の抜けた声を上げたのは、麗華だ。
(昨日? 料理? ……なに、どういうことなの?)
香奈がなにを言っているのか、まったく理解できない。
「昨日は俺の家で、香奈ちゃんに料理を教えたんですよ」
「私の作った料理を、武さんに食べてもらったんです」
「へー……」
涼しい反応をしてみる麗華だが、内心穏やかではない。
ビールの入ったジョッキを握る手は、カタカタと激しく震えていた。
「香奈ちゃんが作った料理、とってもおいしかったよ」
「ほんとですか! それではまた、料理を作りに行ってもいいですか?」
「もちろん! 香奈ちゃんの料理をまた食べられると思うと楽しみだなぁ」
「わーい!」
香奈は無邪気にはしゃいだ。
そして麗華を見て、ドヤァ……。
一瞬だけではあるが、ものすごいドヤ顔をかましてきた。
(こ、この子……!)
麗華はマウントを取りにいった。
しかし、それは失敗。
いつもの間にか、逆に取られていた。
イライラが溢れてくる。
悔しくてしょうがない。
ジョッキを握る手の震えは増していき、外へ飛び出したビールがテーブルを濡らしていく。
(ほんとムカつく子だわ!! というか、黒崎さんもなんなのよ! 他の女の話をするなって、私言ったのに! それなのに、香奈ちゃん香奈ちゃん香奈ちゃんって! ……あ)
憎い女の名前を心の中で連呼していたことで、麗華はハッとする。
(そういえば私、名前で呼ばれてないわ)
「た、武さん」
ボソッと呟いてみた。
ドヤ顔していた香奈が怒りの形相になるが、そんなのは無視無視。
まっすぐに武を見つめる。
「私、これから『武さん』って呼びます。だから私のことも名前で呼んでください。それから私と話すときも、敬語じゃなくていいです。香奈ちゃんと同じようにしてください」
「え、えっと……」
武はあたふたと困惑している。
どうしてですか、と言いたげだ。
しかし麗華は、まったく退く気がない。
有無を言わさないという鋼の意志をこめて、じっと見つめ続ける。
武はそれに折れたのか、「はい」と言って小さく頷いた。
「武さん? 『はい』じゃありませんよね?」
「あ、すみませ――じゃなくて、ごめんね。……れ、麗華さん」
「ふふふ。初心なカップルのやり取りみたいで、なんだか楽しいですね」
武の顔が赤くなる。
それを隠すようにしてバッと俯いた。
カップルと言われて照れてしまったのだろう。
ちょっとかわいい。
(これでお返しはできたわね)
横では香奈が、瞼をピクピクと震わせている。
険しい顔になっていた。
(いい気味ね)
マウントを取られたことによるお返しは成功。
流し目で横を眺める麗華は、勝ち誇った顔をしていた。
 




