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【14話】いつの間にか好きになっていた


 今から約一年前。

 赤上香奈は高校生に、親戚がマスターをしている喫茶店――ノワールでアルバイトを始めた。

 

「黒崎です。分からないことがあったら遠慮なく聞いてね」

 

 仕事を教えてくれることになったのは、勤続二年目の男性――黒崎武。

 どこにでもいそうな、冴えないおじさんだった。

 

(どうせだったら、イケメンか綺麗な女の人だったらよかったのになぁ)


 アニメや漫画だったら、こういうシチュエーションのときには美形が出てくると相場が決まっている。

 だから香奈はワクワクしていた。

 

 それなのに出てきたのは、冴えないおじさん。

 現実の非情な仕打ちに、ショックを受けずにはいられない。

 

(がっかりだ)

 

 武に抱いた第一印象は、そんなものだった。


 しかし働きだしてすぐに、その印象は変わった。

 

 武の仕事ぶりは、スピーディーかつ丁寧。

 仕事の教え方もとっても上手だった。

 

 しかも、ものすごく優しくて気遣いができる。

 

 いつもおおらかな雰囲気をしていて、質問をすれば嫌な顔一つせず答えてくれる。

 

 ミスをしても、適切な注意をしてくれてから励ましてくれる。

 頭ごなしに怒るようなことは決してしない。

 

(この人……すごい人だ!)

 

 仕事ができる上に人格者。

 それが、黒崎武だった。

 

 冴えないおじさんなんてとんでもない。

 尊敬に値する人だ。

 

 いつも間近で見ていたことで、抱く印象が最初とまるっきり変わっていた。

 

 

 そんな日々が、一か月ほど続いたある日のこと。

 香奈が休憩室のテーブルに座って休んでいると、そこへ武がやってきた。


「赤上さん、お疲れ」

「お疲れ様です」


 挨拶を交わした後、武は香奈の対面に座った。

 

(そういえば黒崎さんって、仕事のとき以外ではどういう人なのかな?)


 これまであまり雑談をしてこなかったから、プライベートの部分がいまいち分からない。

 ちょっと気になってしまう。

 

「黒崎さんって、お休みの日とかどう過ごしているんですか?」

「家にいることが多いかな。パソコンで小説を書いたり、アニメを見たりしてるね」

「アニメなら私も見ますよ。どんなの見てるんですか?」

「今見てるので一番好きなのは、『転生したら最弱魔法使いでした』ってやつかな」

「それ私も見てますよ! 設定が面白いですよね!」

「そうそう! 結構シリアスなところがいいよね!」

 

 香奈は大のアニメ好きなのだが、高校の友達にはそういう話をできる人がいない。

 久しぶりに趣味の話ができて、とっても楽しい。

 

 そこから、休憩の終わりまでアニメの話は続く。

 二人で大盛り上がりしていた。

 

 

 それからは毎日休憩時間になると、武とアニメの話をするようになった。

 さらにはそれだけでは時間が足りないので、仕事終わりにファミレスで話すようにもなった。

 

 聞き上手な武との会話は、楽しくてしょうがない。

 香奈はアニメ以外にも、色々な話をしていく。

 

 そしていつの間にか、

 

「私、一つ学年が上のサッカー部の先輩が好きなんです。サッカーしてるところが、もう本当にかっこよくて! ……でもその人、ものすごくモテるんです。だからライバルが多くて……」

「俺でよかったら相談に乗るよ」

「いいんですか? ありがとうございます!」

 

 恋愛相談をするようになっていた。

 

 武は香奈の相談を親身になって聞いてくれ、様々な提案をしてくれた。

 

 それらがうまくいったことで、恋路はかなり発展する。

 向こうから連絡してくることもかなり増えたし、好意的な言動をたくさんしてくれるようにもなった。

 

 告白すればたぶん成功する。

 そんな風に思えるくらい、先輩との仲は縮まっていた。

 

 しかしそんな状況に、香奈はまったく喜びを感じていなかった。

 なぜならそのときにはもう、別の人――武のことを好きになっていたのだ。

 

 武はいつも親身になって話を聞いてくれる。

 香奈のことをものすごく大切に思ってくれていることが、いつも痛いくらいに伝わってきた。

 

 こんなにも大切に扱ってもらえることが、香奈は嬉しかった。

 武との時間を過ごすたびに少しずつ惹かれていき、気付けば恋愛感情を抱くようになっていた。

 

 あんな冴えないおじさんのことを好きになるなんて、自分でもびっくりだ。

 でも、なってしまってものはしょうがない。

 

 ライバルがたくさんいる先輩とは違い、武には女性の匂いがしない。

 だから香奈は安心していた。

 

 ゆっくりじっくり、時間をかけて好きになってもらおう。

 そう考えていた。

 

 しかし最近、ライバルが現れてしまう。

 モデル顔負けの超絶美人――水島麗華だ。

 

「ちょっと武さん! あの水島って人と、どういう関係なんですか!」


 三人でファミレスに行った翌日。

 香奈は、麗華との関係を武に問い詰めた。

 

 そうしたら武は、「飲み友達だよ」と答えた。

 武のその言葉に嘘はなさそうで、恋愛感情を抱いているとは思えなかった。

 

 でも、麗華は違う。

 麗華も武のことを飲み友達だと言っていたが、あれは嘘だ。

 

 確実に恋愛感情を抱いている。

 武を見る目には熱がこもっていた。

 あれは恋をしている顔だ。

 

 麗華は人間性に大きな欠陥を抱えているものの、超絶美人。

 あんな美人に会ったのは初めてだった。

 悔しいが、それは認めるしかない。

 

 ライバルは、顔もスタイルも国宝級。

 香奈とは住んでいる世界が違う。まったく相手にならないだろう。

 

 でも、香奈は諦めていなかった。

 顔もスタイルも負けていても、武を好きだという気持ちだけは負けない。

 

 それに、勝っているところもある。

 豊かに盛り上がった自分の胸元へ、香奈は目を向ける。

 

「あんなぺったんこ女には、絶対負けないもん!」

「どうしたの?」

 

 気持ちが高まるあまり思わず決意表明してしまった香奈に、対面の武は目を丸くした。

 

 二人は今、ファミレスのテーブル席にいる。

 いつものように先輩への恋愛相談をするというていで、仕事終わりにここへ来ていた。

 

「ごめんなさい。なんでもありません」

「そっか。……そういえばさ、前に先輩から食事に誘われたって言ってたよね。 うまくいったの?」

「えっと……それなり、でしょうか」


 どっちつかずのふわふわした解答になってしまう。

 でも、そうとしか言いようがなかった。

 

 先輩となにを話したのか、香奈はまったく記憶がない。

 なぜならそのとき、武との間に産まれてくる子どもの名前をずっと考えていたからだ。

 

 それに熱中するあまり、先輩の話がまったく頭に入ってこなかった。


「うまくいったんだ。ゴールインまでもうすぐかもね!」


 武がニッコリと笑う。

 香奈の成功を、自分のことのように喜んでくれていた。

 

 香奈のことを考えて大切に思ってくれていることの、なによりの証明だった。


(やっぱり私、この人のことが好き)


 武のことをまた一つ好きになる。

 

「私、頑張りますね!」


 その言葉に香奈は、大きな決意をこめた。


(水島さんには絶対負けない!)



「うん! 応援してるよ!」


(香奈ちゃん気合入ってるな。先輩と、どうかうまくいきますように!)


 武は心の中で、強くそう願った。

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