【12話】昨夜の謝罪
仕事を終えた武は、家に帰ってきた。
いつもならリビングで一息つくところだが、今日はそこを通り抜ける。
向かう先は、寝室。
実来がどうなったのか、気になっていた。
コンコンとノックしてから、
「入るよ?」
ドアを開ける。
中は無人だ。
今朝の七時の時点ではベッドで爆睡していた実来が、今はもういなかった。
「ちゃんと帰れたみたいだね」
きっと、自分の家へ帰ったのだろう。
今日一日ずっと気がかりだったが、これでやっと安心できる。
ピンポーン!
来客を知らせるチャイムが鳴った。
インターホンを見てみると、そこには実来が映っていた。
(どうしたんだろ? 忘れ物でもしたのかな?)
「今開けるよ。ちょっと待っててね」
インターホン越しにそう言ってから、武はドアを開けた。
「昨日はご迷惑をおかけして、本当に申し訳ございませんでした!」
ドアを開けて対面するなり、実来は開口一番に謝罪をしてきた。
申し訳なさと誠意をいっぱいに感じる。
べろべろに酔っていた昨日の彼女とは、まるで別人だ。
心の底から反省しているのが伝わってくる
ギャルっぽい派手な見た目をしているが、根は真面目な子のようだ。
「それと、サンドイッチもありがとうございました。とってもおいしかったです」
「お口に合ったようでよかったよ」
「あと、これ!」
実来はお菓子の包みを両手で持つと、それを武へ差し出した。
「お詫びの品です!」
「別に気にしなくてもいいのに。……でも、ありがとうね。いただくよ」
ここで断れば、実来の誠意の気持ちをくじいてしまうことになる。
だから武は受け取ることにした。
「今度からは飲みすぎないように気をつけます」
「……そうだね。それがいいと思うよ」
「失礼します」
ペコリと頭を下げてから、実来は自分の部屋へ帰っていった。
彼女は強く反省している。
これでもう二度と、昨日のような間違いを起こすことはないだろう。
翌日。
午後十一時。
「今日も楽しかったな」
家への帰り道を歩いていく武の口元は、大きな弧を描いている。
先ほどまで麗華と個室居酒屋で話していたのだが、今日の彼女も絶好調。
指示が不適切な上司や生意気な後輩のことを、それはもうめちゃくちゃに口汚く罵っていた。
最高に面白かった。
思い出すだけでもおかしくて、笑えてくる。
しかし武の笑みは、家の前についたところでパッと消えた。
顔が引きつる。
「えぇ……」
ドアの前には人がいた。
地面に座って両膝を抱え、背中をドアにくっつけている。
それは武の知人。
お隣さんの、桃川実来だった。
(俺の家の前でなにしてるんだ?)
「どうしたの?」
「やっと帰ってきた! ずっと待ってたんだからね!!」
責めるような声とともに香ってきたのは、強烈なアルコール臭。
顔を見ると、真っ赤になっている。
(だいぶ酔ってるな……)
今後は飲み過ぎないように気を付ける――昨日謝罪に来た実来は、武にそう言ってくれた。
あの言葉は、いったいなんだったんだろうか。
「今日もいっぱいお話ししよ!」
「分かったよ」
実来はずっと家の前で待っていた。
それを追い返すなんてかわいそうな真似を、武はできなかった。
 




