【11話】イレギュラーな朝
リンリンリーン♪
翌朝、七時。
スマホから飛び交うアラームで、武は目を覚ました。
いつもより寝たのが遅かったからか、まだたっぷりと眠気が残っている。
このまま二度寝したいところだが、そうもいかない。
今日は水曜日。
祝日でもない普通の平日。
つまり、ノワールの営業日だ。
従業員である武は、しっかり働いてこなければならない。
「……いててて」
体を起こしてみると、全身が筋肉痛のような痛みを訴えた。
慣れないソファーで寝た影響が、さっそく出てしまったらしい。
「あの子は起きたのかな」
チューハイを飲みながらずっと愚痴を言い続け、しまいにはベッドで寝てしまった彼女――桃川実来。
彼女のことが気になった。
「見てくるか」
ソファーから降りた武は、寝室に向かった。
ベッドの上には、まだ実来の姿がある。
ぐっすり眠っていた。
「おーい。もう朝だよ」
声をかけて、軽く体をゆすってみる。
しかし実来は、起きる気配がまるでなかった。
気持ちよさそうに爆睡している。
(これは無理そうだ)
諦めた武は寝室を出て、キッチンへ向かった。
朝食の支度を始める。
「起きたらきっと、お腹減ってるよな」
頭に思い浮かべるのは、ベッドで爆睡している実来のことだ。
あの分だとおそらく、昼くらいまでは起きないだろう。
朝も昼も食べないでいたら、お腹が減っているはずだ。
いつもより多め――二人分の朝食を作る。
武と実来の分だ。
ここまでしてあげる義理はないのかもしれないが、一人分増えたところでそこまで手間は変わらない。
それにずっと話を聞いていたからか、少しだけ情のようなものが湧いていた。
朝食ができあがる。
実来の分はラップをかけて、冷蔵庫へ入れておいた。
「あとは……」
冷蔵庫に朝食が入っている、という内容の書き置きを、テーブルの上へ置いておく。
こうすれば実来も気付くだろう。
これでイレギュラー対応は終了。
あとはいつも通り。
朝食を済ませて、玄関へ向かう。
「そういえば、そのままにしてたっけ」
カップラーメンが入ったレジ袋を拾う。
泥棒に入られたとビックリして落としてから、すっかり放置していた。
しかし実際に入ってきたのは泥棒ではなく、べろべろに酔っぱらった隣人だった。
そんな彼女は、今もまだ武のベッドでぐっすり眠っている。
「ほんと、どうしてこうなったんだろう……」
謎の状況にため息を吐いてから、武はカップラーメンを拾う。
リビングのテーブルの上にそれを置いてから、ノワールへと向かった。
******
「いったー!!」
目覚めた実来が最初に感じたのは、痛覚。
それもとんでもなく鋭い、突き刺すような頭痛だった。
反射的に体を起こす。
そして、ポカンとなった。
「あれ? ここどこ?」
瞳に広がるのは、見知らぬ部屋だ。
よく見てみれば、寝ていたベッドも自分のものではない。
「あ……そういえばなんか、おじさんと話した気がする」
記憶が徐々に浮かび上がってくる。
昨夜は確か、会社の帰りに居酒屋に立ち寄ってお酒を飲んでいた。
先輩とのことで、ムカついたことがあったからだ。
それから実来はコンビニで大量の缶チューハイを買って、家に帰った。
まだ飲み足りなかったので、家でも飲もうと思っていた。
そうしたら、知らないおじさんに会社の先輩の愚痴をぶちまけていた。
おじさんがものすごく聞き上手だったので、とっても楽しかったのを覚えている。
(つまりここは、そのおじさんの家ってこと!?)
状況から考えると、そう推理するのが一番自然だった。
「知らないおじさんの家で寝るとか何やってんだろ、私……」
自分の意味不明な行動に、ガックリと肩を落とす。
その状態で、スマホを開いてみる。
瞬間、実来は瞳を大きく見開いた。
「……どうしよ」
バキバキに割れた液晶画面には、いくつもの電話通知が表示されている。
全て会社からだった。
時計を見てみると、午後一時。
いつまで経っても出社しない実来を心配して、電話をかけてきたのだろう。
このままでは無断欠勤となってしまう。
「早く連絡しなきゃ! でもその前に、家に帰ったほうがいいよね!」
寝室を飛び出た実来は、玄関へ向かおうとリビングを歩いていく。
そのとき、テーブルの上に置いてある書き置きが目に入った。
『食事を作りました。冷蔵庫に入っているので、よかったら食べてください』
「これって、あのおじさんが書いたんだよね?」
冷蔵庫を開けてみれば、手作りサンドイッチが入っていた。
(おいしそー!)
ちょうどお腹が減っていた実来は、ありがたくサンドイッチを食べることにした。
「うっっっま! なにこれ、めっちゃうまいじゃん!!」
サンドイッチは絶品。
お店で出せるクオリティだ。
今まで食べてきたサンドイッチの中で、間違いなく一番の味だった。
(あのおじさん、聞き上手だけじゃなくて料理もうまかったんだ)
冴えない見た目からは想像できないほど、彼はハイスペックだったらしい。
「なんかお返ししないとだよね」
朝までベッドを占領した上に、朝食まで作ってもらった。
これでなにもしないのは、さすがに申し訳ない。
「って、会社に連絡しないといけないんだった!」
それを考えるより先に、やることがいっぱいある。
サンドイッチを手早く食べた実来は、急いで武の家から出ていった。
 




