【10話】泥棒!?
ぐるるるるる!
自宅でゴロゴロしていた武の腹から、大きな音が上がった。
「……コンビニ行こうかな」
現時刻は、午後の十一時。
今から調理をするというのは、なかなかに手間だ。それはやりたくない。
しかし簡単に食べられそうなものは、残念ながら手元にはなかった。
この空腹を満たすには、どうしてもコンビニへ出かける必要があったのだ。
コンビニはここから、徒歩五分の距離にある。
さして大きな手間ではないと判断し、武は腰を上げた。
それから、約十分ほど。
夜食を購入した武は家へ戻ってきた。
手に持ったレジ袋には、カップラーメンが入っている。
「……あ」
出入り口のドアの鍵穴に鍵をさしたところで、武はやらかしに気付く。
鍵を開けようとしたら、既に開いていた。
どうやら、戸締りをせずに出かけてしまったらしい。
(いくら近いとはいえ不用心だな。気をつけないと)
きっと泥棒というのは、こういう隙をついてくるのだろう。
反省しながらドアを開ける。
「うん? なんだこれ?」
玄関には、女性もののヒールが脱ぎ捨てられている。
コンビニへ出かける前にはなかったものだ。
しかし、武は一人暮らしだ。
女性とルームシェアしているなんていう事実はない。
つまりは、見知らぬ誰かが家の中にいる。
「まさか、本当に泥棒が入ってきたのか……」
背筋が凍りつく。
手からすべり落ちたレジ袋が、玄関へ転がった。
(……まずは確かめないと)
覚悟を決めた武は家に上がった。
おそるおそる足を動かしていく。
この家の間取りは1LDK。
まずは、上がってすぐのところにあるリビングから見てみる。
異常なし。
続けて、トイレ、浴室と順番にチェックしていく。
こちらも異常なしだ。
「……あとは寝室だけだな」
ドアノブに手をかけた武は、ゴクリ。
生唾を飲んでから、一気にドアを開けた。
異常…………あり。
「ぷっはー!」
部屋の中には、二十歳くらいの見知らぬ女性がいた。
ベッドの縁に腰かけて、ストロングチューハイをごくごくと飲んでいる。
顔は真っ赤。
べろべろに酔っぱらっていた。
(ヤバいヤバいヤバい! こういうときってどうすればいいんだ!)
意味不明な状況に直面して、武は大パニック。
頭が真っ白になってしまう。
(け、警察だ! ともかく警察を呼ぼう!)
ポケットからスマホを取り出し、震える手で『110』を打ち込む。
あとは電話をかけるだけだ。
しかしその直前で、武は動きを止めた。
女性の顔に見覚えがあったのだ。
(お隣さん……だよな?)
彼女は確か、三月の末くらいに引っ越してきた隣人だ。
名前も知らなければ話したこともないが、出入り口の前で一度だけすれ違ったことがある。
状況からして、酔っぱらって部屋を間違えてしまったのだろう。
警察に通報するべきなのかもしれないが、若者に失敗はつきもの。
ここは『部屋を間違えている』と注意して、早々にお帰りいただくとしよう。
「あの……」
「え? おじさん誰? どうして私の部屋にいるの?」
「ここは俺の家で、あなたの家はその隣です。帰るところを間違えていますよ」
「……なに言ってんの?」
女性は、顔を前へ突き出した。
背中まで伸びた長い金色の髪が、それに合わせて揺れる。
武を見つめる黄色の瞳は、怪訝そうにしていた。
ここがどこなのか分かっていないみたいだ。
「……ま、いいや。隣座って」
女性が隣をポンポンと手で叩く。
(……なんで?)
困惑して突っ立っていたら、「いいから早くー」と急かされてしまう。
「……分かりました」
言う通りにしないと、女性は話を聞いてくれそうにない。
帰ってもらうためにも、武は仕方なく言うことを聞く。
女性の隣に腰をかけると、甘い匂いがふわりと香ってきた。
しかしすぐさま、強烈なアルコール臭が鼻を襲う。
甘い香りは一秒とたたずに、上書きされてしまった。
なんというか、台無しだ。
「おじさん、名前はなんていうの?」
「黒崎武です」
「じゃあクロちゃんだね! 私は桃川実来! よろしくね、クロちゃん!」
顔を近づけてきた実来が、にんまりと笑う。
彼女はものすごくかわいい。
屈託のない笑顔を間近で向けられて、武はドキッとしてしまう。
(って、いかんいかん!)
ドキドキしている場合ではない。
武にはやらなければいけないことがある。
「桃川さん。さっきの話の続きだけど、ここは俺の家で――」
「あ、ダメだよ!」
ぶー、と声を上げた実来が、顔の前で両腕をクロス。
大きなバッテンを作った。
「私のことは実来って呼んで! それから敬語も禁止だよ!」
「……うん。分かったよ実来ちゃん」
「うんうん!」
「じゃあ話を戻すけど、ここは俺の家で――」
「ねぇ聞いてよクロちゃん! 私の会社にね、とっても嫌な先輩がいるんだよ! 新卒の私に容赦なく嫌味を言ってくるんだけど、それがもうひどくて――」
そこから、かれこれ三時間ほど。
実来は缶チューハイを飲みながら、会社にいる嫌いな先輩の愚痴を絶え間なく吐き出し続けている。
武が口を挟む隙はまったくない。
こうなってから三時間も経つというのに、『家を間違えている』ということが一向に言い出せずにいた。
「あー、愚痴ったらスッキリしたよ! それじゃあ私寝るね!」
「……寝るって、どこで?」
「おやすみ!」
なんと、それはここ。
武のベッドに横になった実来は、瞳を閉じてしまった。
「ここで寝ちゃダメだよ! それなら自分の部屋で――って、もう寝てるし……。……どうするんだよ」
実来の家に運び込みたいところだが、彼女の家の鍵を武が持っているはずもない。
である以上、
「……仕方ないか」
このままにしておくしかなかった。
立ち上がった武は寝息を立てている実来へ、上から布団をかけた。
「おやすみ」と呟いてから、部屋を出る。
玄関の近くにあるクローゼットを上けた武は、ブランケットを取り出した。
リビングのソファーへ横になって、ブランケットにくるまる。
「……どうしてこうなったんだろう」
誰もいないリビングに疑問を投げてから、武は目をつぶった。
 




