第1話:本能寺よりLINEで出陣申請
2作目でござる。毎日エピソード更新する所存。
「拙者、今日より征夷大将軍を目指す所存――でござる」
教室が、静まり返った。
授業が終わり、いつものようにだらけムードが漂う2年B組。その中心で、立ち上がったのはクラスで最も地味とされていた男子、田所将宗である。
誰もが“また変なこと言い出した”という目で見ているが、当の本人は大真面目だった。制服の上からなぜか布のたすきをかけており、そこにはマジックで「征夷大将軍」の文字。
地味でおとなしく、歴史の話になると突然しゃべり出す。戦国オタクとして知られるが、普段は体育のときに後ろで一人、謎の忍び走りをしている程度の無害な存在だった。
そんな、 前日までただの“戦国オタク”だった男が、ついに一線を越えたのである。
「……お前、昨日の歴史の授業で何かバグった?」
「いいや、むしろ覚醒したのでござる。天命が下ったのだ。現代の混迷、この乱世を鎮める者……それが拙者に他ならぬと!」
「田所、マジかよ……」
クラスメートの苦笑を受けながら、田所は教卓に自作の巻物を広げた。表紙には達筆でこう書かれている。
「令和幕府政権構想案(第18版)」
「まず第一に、本校を“幕府直轄領”と定め、文武合一の政を敷く。次に生徒会を廃し、代わりに“御評定衆“を設置。彼らにより、日々の問題に武断的裁断を下すものとする。放課後の部活動は諸侯の兵訓練とみなし、志ある者は加勢すべし!」
「なんで部活が戦前提なの……」
「まず、内政担当としてクラス委員長の佐伯殿に仕官を願いたい。そなたのカリスマとシステム手帳、拙者の政権には欠かせぬ」
「やだよ。てか“仕官”って何?」
「では副将軍として、クラス一の武士である坂口殿に――」
「俺、野球部だけど?」
「うむ、軍馬の訓練に通ずるであろう」
「軍馬いねぇだろ令和に!」
さらに田所は、巻物の最後に書かれたQRコードをホワイトボードに貼りつけた。
「――これは何?」
「LINEグループ“御評定衆“につながるコードである。明日の昼休みに“評定”を開くゆえ、臣下希望者は合図に従い図書室へ参れ」
「スマホ対応かよ幕府!!」
「IT活用は統治の基本でござる! LINE、Googleフォーム、さらにはClassroomまでも導入予定!」
「幕府、クラウド化すんな!」
誰かが笑い出した。やがてクラス中に、くすくす、そして爆笑の波が広がっていく。
だが、田所将宗の目はきらきらと輝いていた。誰よりも真剣で、誰よりも愉しそうだった。
その背後の壁に、クラスメートがいつのまにか書いた落書きがある。
「田所幕府、本能寺より出陣」
現代に、もうひとつの幕府が開かれようとしていた――。