『短編小説』コーヒーと、日曜と、嘘つきな猫
商店街の奥に、小さな喫茶店がある。
名前は《スロウ》。看板は古びているけど、扉を開けるとコーヒーの匂いがふわりと鼻をくすぐる。
日曜の昼下がり、風邪明けの僕は、まだ本調子じゃない身体を引きずって、その店に入った。
「いらっしゃい。体調、まだ本調子じゃないでしょ」
迎えてくれたのは、店主の小野さん。口数は少ないけど、やたらと人のことに気づく人だ。
「どうして分かったんですか?」
「顔色。あと歩き方。お腹壊した人って、無意識に歩き方変わるのよ」
見破られすぎてて、ちょっと怖い。
「今日の気まぐれブレンドはどう?」
「…おとなしくミルク多めのカフェオレでお願いします」
ソファに沈んでいると、いつの間にか隣に猫が座っていた。
黒と白のまだら模様で、片目だけ金色。名前は「シマ」と言うらしい。
「その猫、人の嘘が分かるのよ」
カフェオレを置きながら、小野さんが言った。
冗談かと思ったけど、シマはじっと僕を見つめたまま、なぜかぴくりと耳を動かした。
「……ほんとは、今日、家で寝とけって言われてたんです。彼女に」
「ふうん。じゃあ、その猫にバレたわね」
シマが小さく「ニャ」と鳴いた。
そのあと、シマはテーブルに乗り、器用に店内に置かれた紙ナプキンを一枚、前足で僕の方にずらした。
『ちゃんと帰って寝ろ』と、手書きで書いてあった。
「それ、今朝私が書いたメモ。なんでこいつ、それ持ってきたんだか…」
ふと見ると、シマの片目が、まるで「分かってたよ」と笑ってるように光っていた。
僕は苦笑いしながら、半分ほど飲んだカフェオレを見つめる。
「…いいお店ですね、ここ」
「嘘でも嬉しいわ」
小野さんがそう言ったあと、シマがまた小さく「ニャ」と鳴いた。
その声が、なぜか少し、眠気を誘った。