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辛辣令嬢と夜会③

「我が家を陥れた貴女が幸福になるなんて私は許せないの……それに王子であるウィリアム様と結婚して貴女が王族になるだなんて、絶対に許されないことだし、この私が許せないのよね!」


 ヴィオラはそう言って胸元からアイスピックのような短剣を取り出す。


 シーラには無いたわわな胸元があるからこそできるその技に、シーラは心の中で 「おおぅ!」 と感嘆の声を上げる。


「貴女のせいで、我がスクワロル家は大損害を被ったのよ!」


 キッとシーラを睨みつけながら、ヴィオラの言葉が続く。


 姉メロディはシーラのせいでウィリアムと婚約を解消し、他国へ嫁がなければならなくなった。


 妹ルーナはシーラのせいで気が可笑しくなり、問題を起こし修道院へ行く事となった。


 そしてシーラのせいでスクワロル家は王都入禁となり、他の貴族から相手にされなくなった。


 その上シーラのせいでスクワロル家は子爵位に落とされ、跡を継いだヴィオラも良い笑いものになった。


 どうにか探し出し婿になった男は口五月蠅く、ヴィオラの行動のすべてに口を出す。


「シーラ・ランツ! 全てあんたのせいよっ! 私はあんたのせいで婚約を解消させられた! あの人は私を愛していると言ったのに、王家に睨まれたからってこの私を簡単に捨てたのよ! 許せるわけがないわ!」


 短剣を持つヴィオラの手にグッと力が入る。


 フルフルと震え、血走る目は狂気を持っている。


 悪女よりも悪霊のようなその顔に、シーラは心の中で拍手を贈る。


 ヴィオラが自分の世界の住人だということは分かっていたが、ここまで酷いとは……


 シーラは自分勝手な思考を持つヴィオラを本当に面白い人だと思った。


(スクワロル元伯爵に育て方を聞いてみたいものですね……)


 ある意味スクワロル元伯爵は天才なのかもしれない。


 三人の娘を毛色の違う悪女に育てたのだから。





 だが、スクワロル家に起こった問題は、全て本人たちの行いのせいだ。


 メロディはウィリアムとの結婚を自ら諦めたし、ルーナはウィリアムの妻になるためにシーラを陥れ消そうとした。


 そしてスクワロル元伯爵は、そんな娘たちにどこまでも甘く、自分にも甘かった。


 未来の王子妃を襲って降爵で済んだのだ。


 奇跡に近い。


 その恩情に感謝し心を改めることをしなかったからこそスクワロル家は落ちぶれて行ったのだが、我儘に育ったヴィオラがそれを受け入れ反省するはずもなく。


 また隠居したスクワロル元伯爵も(ヴィオラ)の想いを止めることも教育し直すことも無く、ただ自分の殻に閉じこもり見て見ぬふりをした。


「美人で有名だった私が今ではいい笑いものよ! 私が声を掛ければ喜んでいた愚かな男たちも、私と仲良くなりたいと願っていた馬鹿な女たちも、王家を怖がって皆離れて行った……全部、全部あんたのせいよ! あんたが余計なことをしたからスクワロル家はこんな状態になったのよ! なのにあんただけが幸せになるだなんて許さない! この私が絶対に許さないんだから!」


 悪鬼がごとく顔を歪ませシーラを責め立てるヴィオラ。


 せっかくの美貌もここまで来ると醜女でしかない。


 その上言っている事は全く通りが通らない、逆恨みだ。


 けれどシーラはそんなヴィオラを見て歓喜に震える。


 何故なら今シーラの目の前には、子供のころ夢で思い描いたそのままの悪女がいるからだ。


 自分だけの世界を持ち、自分だけが特別で、自分の思い通りになると思っている女性。


 それがこのヴィオラ・スクワロルだ。


 愚かな悪女、その物だった。


(ふぉぉぉ! これこそが夜会の本番ですわ! 新しく女傑となったこの私と悪女ヴィオラとの女の戦いです!!)


 シーラはウィリアムの婚約者。


 ここでヴィオラに負けるわけには行かない。


 本物と言える悪女の前、新米女傑シーラはふんすと気合を入れた。


「スクワロル子爵、貴女の言い分は分かりましたわ」


「……へっ?」


 怖がっているのかと思いきや、うんうんと頷きだしたシーラを見て、ヴィオラが一瞬毒気を抜かれた顔を見せる。


 まさかシーラがヴィオラの言い分を素直に認めるとは思わず、正直驚いてしまったのだ。


「ですが、貴女の言い分はハッキリ言って全て間違っております。ただの子供の戯言、そのレベルですわね」


「なっ!」


 キッとまたキツイ顔になったヴィオラの前、シーラは怯むこともせず目をキラキラと輝かせ「まず一つ」と言って指を一本出した。


「まず貴女のお姉様メロディ様とウィリアム様の婚約解消についてですが、今現在十六歳の清き乙女であるこの私がどうこうできるはずがありません」


 シーラの言う通り、ウィリアムとメロディが婚約解消となったのはシーラがまだまだ幼いころ。


 それこそ英雄や女傑に目覚めたばかりのころだ。


 王子様(ウィリアム)になんて興味を持つ訳がない。


「それは、貴女の父親が、なにか企んだに決まっているわ……」


 ヴィオラも流石に思う所があったのか、子作りしか才能のないシーラの父(アティカス)に責任転嫁をする。


 シーラは 「はいはい、やっぱりそうきますよね」 と軽く頷き、次の指を上げる。


「それから貴女の妹であるルーナ様ですが、私と会う以前からウィリアム様に懸想し、想いを募らせていたと彼女の日記が証明しています。それは貴女もお父上から聞いたのではないのですか?」


「……っ!」


 確かにルーナが問題を起こした後、ヴィオラは父親(スクワロル伯爵)から詳しい説明を受けた。


 ルーナが書き残した日記には(メロディ)を責め立てる言葉と、ウィリアムを慕う言葉ばかりが並んでいて、シーラがウィリアムの婚約者となってからは、望まぬ婚約を押し付けられたウィリアムへの同情が書き記されていた。


「そしてスクワロル家の処分ですが、降爵で済んだ陛下の判断は十分に甘いものですわ」


「何ですって!」


「歴史を隅から隅まで学んだ私が言うのです、間違いありません。これはルーナ様がまだ学生であったことと、メロディ様がウィリアム様の元婚約者であったことが大きいと思います」


 勿論シーラが重い罰をルーナに望まなかったことも寛大な処置の理由となる。


 けれどヴィオラの顔を見ればそこは納得できていない様で。


 ヴィオラの中ではどこまでも自分は悪くなく、どこまでも行ってもシーラが悪であるようだった。


 憎々し気な悪女らしい顔をするヴィオラの前、段々楽しくなってきたシーラは元気に次の指を上げた。


「それから貴女様の婚約解消ですが、こればかりはお気の毒としか言えないですわね」


「あんた!」


 怒りから手を上げそうになったヴィオラに対し、シーラは名を強く呼ぶ。


「ヴィオラ様! 婚約は家と家の契約、その契約内容が変わったのです、解消されることは当然、貴女も伯爵家を継ぐ予定だったのですから、それぐらいの覚悟はあったのでしょう?」


 勿論、メロディとルーナのせいで降爵したのは間違いない。


 けれどスクワロル元伯爵の態度や、ヴィオラのこれまでの行動が違ったら、また別の処分が降りていた可能性はある。


 スクワロル元伯爵は自分にも娘にも甘く当主としての厳しい判断が出来ず、そしてヴィオラは普段からの行いが悪すぎて当主には向かなかったのだ。


「よって、私のせいでスクワロル家が落ちぶれたなどあり得ません! これまでのあなた方家族の行いがただ自分に返って来ただけ。王家やウィリアム様を恨むことも大間違い、ただの愚行です。私シーラ・ランツ、女傑として貴女に物申します。貴女の行動はただの子供の我儘。自分勝手な被害妄想。逆恨みも甚だしいですわ!」


「な、何ですってっ!」


 ヒステリックに叫ぶヴィオラの前、シーラは堂々と胸を張った。


「その上子熊将軍の弟子であるこの私をそんな玩具(短剣)で脅せると思っている当たり、世間知らずも良いところ、女子爵の名の廃れですわね!」


「っっ!!」


 フルフルとまた震えだしたヴィオラの前、冷めきった目を向けシーラは扇を広げる。


 その姿はまさに女傑。


 シーラが思い描いた女傑その物だった。


 女傑になりきったシーラはフフンッと鼻で笑い、醜い顔のヴィオラに獲物を狙う猫のようにキリリッとした目を向けた。


「私シーラ・ランツ、またの名を辛辣令嬢。私は脅されようが拷問されようが屈しはしない。どんな辛い思いをしようとも、愛するウィリアム様の婚約者を降りる事などあり得ないのです!」


 シーラ(辛辣令嬢)らしい言葉を吐き、シーラは (決まりましたわ!) と心の中で自分を褒めたたえる。


 そんなシーラの前、遂に堪忍袋の緒が切れただろうヴィオラが鋭い刃物を振り上げた。


「シーラ・ランツ! あんただけは許さないわ!」


 その瞬間、天井からストンッとエヴァが舞い降りる。


 そして短剣を振りかざしたヴィオラの手を取り、ぐるんと彼女の腕を後ろ手に回すと、武器をいとも簡単に解除した。


(ぬほおおお! エヴァ! カッコいいですわっ!)


 興奮するシーラの前 「離せ、離しなさい!」 と騒ぐヴィオラを抑え込みながら、エヴァはシーラに声を掛ける。


「シーラ様、お怪我は?」


「はい、何ともございません!」


 シーラの様子と言葉を聞き、エヴァがホッとした瞬間 ドガンッ! と物凄い音がしてトイレの扉が吹っ飛んだ。


「シーラ!」

「シーラ嬢!」


 扉を破壊した人物は英雄の息子子熊将軍ことジクトール・グリズリー。


 その後ろからはシーラの愛しい婚約者ウィリアムも駆けつけ、シーラをぎゅうっと抱きしめる。


「良かった、良かった、エヴァがいると分かっていても心配したよ!」


「ウィリアム様、私は大丈夫だと最初に言ったではないですか」


 この夜会、ヴィオラの行動に目を光らせていた王家。


 当然彼女が武器を隠し持ち、夜会へ入場したことは分かり切っていた。


 けれどそれだけで罰すればまた軽い罪で終わる。


『ならばこの私が餌となりましょう!』


 そう言ったシーラの言葉にトウモロコシ国王が乗ったのだ。


 勿論万全の守りをシーラにつけ、見守っての餌役。


 準王族となったシーラが一人でお花摘み(トイレ)に行くなどあり得ない。


 そんな簡単な罠にヴィオラは引かかったのだ。


 どれだけ愚かだったかが分かるともいえる。


「ふがふがふぬぬ!」


 猿轡をされたヴィオラがまだ何か言っている様だが、シーラの目にはもうウィリアムしか映らない。


 優しいこの方をスクワロル家の呪縛から解き放てることが出来て良かった。


 それが嬉しくって、ウィリアムをぎゅっと抱きしめ返す。


「ウィリアム様、私は大丈夫ですわ」


「シーラ、シーラ!」


 半泣き状態でシーラを抱きしめるウィリアムの背を撫でながら 「愛しい貴方の事は一生このシーラ・ランツが守り抜きますわ!」 と心の中で誓うシーラなのだった。

 

おはようございます、夢子です。

ブクマ、評価、いいねなど、応援ありがとうございます。

とても励みになっております。


女傑シーラの戦いでした。


↓こちらもよろしくお願い致します。


辛辣令嬢の婚約

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辛辣令嬢と学園

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