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悪女なガゼルは肉食でした

 意気揚々と狐の会にやって来たシーラ。


 第二王子ウィリアムの婚約者という事で、当然今日のお茶会で一番良い席に案内された。


 そして右横にエヴァ、左横にブレンダ、斜め右前にエブリン、斜め左にホストであるフォアラと、最強の布陣を組みお茶会を楽しむ。


 立派な傘付きのテーブルに、色とりどりの可愛らしいお菓子。


 たまにふわりとそよ風が吹き心地良い。


 運ばれて来たお茶はビリジアン王国から取り寄せたブレンドティー。


 フォアラと相談し今日のメニューを決めたであろうグース伯爵夫人の貴婦人としての実力に、シーラは感服する。


(流石ガブリエラ様のご友人ですわ!)


 シーラの中でグース伯爵夫人の評価が爆上がりだ。




 仲間と寛ぐシーラの下、時折挨拶に他の席に着く若きご婦人方がやってくる。


「シーラ様にお会い出来て光栄ですわ」


 未来の王子妃に掛ける定番の言葉にシーラもニッコリと微笑みを返す。


「私もあなた様にお会いできて嬉しゅうございますわ、オホホホホ」


 女傑道を突き進むシーラだ。


 自分に対する賛辞は有難く頂戴する。


 当然そのままその言葉を真に受けることはあり得ないし、己惚れるつもりもないが、今日の狐の会の女性達はシーラが微笑むだけで何だか頬を染めているようで、不思議な感覚がある。


(まあ、私もついに女傑の仲間入りかしら? ヌフフフフ)


 心の中でシーラが鼻高々にほくそ笑むほど、皆の視線が熱い気がするのだ。


 その上キャッキャウフフとシーラを見ては、皆楽し気に盛り上がっている気もする。


(はて? 私の新たな武勇伝でも広がっているのでしょうか?)


 シーラは猫のような見た目以外、ごくごく平凡で特に変わったところのない普通の女の子だ。


 女傑になろうとは思っているが今の自分はまだ半人前、特に面白みがある令嬢であるはずがない。


 なのに何故シーラ(自分)に視線が集まるのか、女傑だからだとしても可笑し過ぎる。


 実はその理由にはシーラ自身が招いたある訳があった。


「そう言えば聞きましたわ、シーラ様の初恋のお相手は第二王子殿下だったのですね。あの頃は王城の騎士様かと勘違いしていましたが、第二王子殿下だとは私達も気づきませんでしたわ」


「……へっ?……」


 はて? 何のことでしょう?


 フォアラの問いかけが聞こえた女性たちからキャーと黄色い歓声が上がる。


 シーラの初恋は熊将軍ことヘクトール・グリズリー、享年八十一歳だ。


 ウィリアムであることはあり得ないし、そんな事は一度も言った覚えはない。


 身に覚えのないシーラに、フォアラの言葉は続く。


「何年も前に兎の会の茶会で想う方がいらっしゃるとシーラ様はおっしゃられていましたよね。その初恋が実られたと今話題なのですよ。王都では観劇も催されて、若い女性に大人気の劇になっているそうですわぁ」


「……劇?」


「ええ、劇ですわ」


 フォアラがうっとりとした表情を浮かべる。


 シーラの左横に居るブレンダも同じ様な表情を浮かべているため勘違いをしているのだろう。


 シーラがウィリアムにぞっこんラブ。


 そんなあり得ない噂は実は以前から回っていた。


 それはシーラが兎の会で話した 『恋する年上の相手』 イコールウィリアムだと皆に勘違いされたからだ。


 ウィリアムと婚約した手前それをわざわざ反論する事などシーラはしなかったし、噂を知らなかったシーラにそれをする機会がある筈もない。


 その上シーラの初恋相手が享年八十一歳のヘクトール・グリズリーだと言っても、誰も(弟子以外)信じる者はいない。


 ましてや理想の殿方が子熊将軍ジクトール・グリズリーであるだなんて、照れ隠しの冗談としか思えないからだ。


「シーラ様とウィリアム様は運命の出会いをしたわけですわね」


 春の妖精エヴァの一言にまたキャーッと黄色い歓声が上がる。


 ニンマリとした顔にも見えるので、確信ある一言なのだろう。


 そんな噂が噂を呼び、第二王子の結婚を目前に庶民や貴族からの王家の人気を盛り上げるべく、シーラとウィリアムの劇が公演されることになったのだが。


 英雄にしか興味がないシーラが恋愛系の劇に興味を持つ訳もなく、ましてや自分の恋が演目になると知ったウィリアムが恥ずかしがってシーラを誘う訳もなく。


 ここまで皆に広まるまでシーラは自分の恋愛劇の存在など知らなかったのだが、今話を聞いたシーラはプルプルと震えだした。


(遂に遂に私の人生が演劇になったのですね!! これは完璧に英雄の仲間入りではないでしょうか?!)


 内心大喜びのシーラ。


 近いうちにウィリアム様と見に行かねばなりません! と気合いも入る。


「まあ、私とウィリアム様の恋が演劇になっているなんて、私まったく存じませんでしたわ」


 扇子を広げオホホと笑うシーラの口元は、ふにゅふにゅと嬉し気に緩んでいた。


(シーラ・ランツ、女傑歴伝の始まりですわ!)


 嬉しくって仕方がないシーラだった。






「お花摘みに行って参りますわね」


 楽しいお茶会も順調に進み、ご機嫌なシーラはトイレに行きたくなってきた。


「では私も……」


 と、貴婦人スマイルを浮かべるエヴァも立ち上がり一緒にトイレへと進む。


(エブリン以外とのお花摘み(ツレション)は初めてですわね)


 そんな思考を抱えながらトイレに向かっていると、シーラはドンッと勢い良く誰かとぶつかった。


「あーら、ごめんなさい、余りにもちんちくりんで見えませんでしたわぁ」


 倒れかけエヴァに支えられたシーラを悪女らしい視線で見つめ、嫌味を言ってきた女性を見てシーラは驚く。


 目の前の女性は背が高く美人と言える容姿で、ドレスで協調できるたわわな胸もある。


 その上手足も長くシュッとしていて、その立ち姿は野生のガゼルのよう。


 そんなガゼルな女性は濃い赤色の髪に、紺色の瞳、そしてふっくらと色気のある唇を持っており、その唇を際立たせるかのような黒子が唇の下についていた。


 正に悪女の中の悪女。そんな風貌をしているのだ。


 悪女歴伝を嗜むシーラの目が釘付けになるのも当然だった。


「貴女はスクワロル家のヴィオラ様ですね、シーラ様は未来の王子妃ですよ、不敬を謝りなさい」


 貴婦人スマイルはどこへやら、エヴァが怒りを前面に出しヴィオラを睨みつける。


 だがすでに子爵位を継いだヴィオラはどこ吹く風、フンッとエヴァを軽くあしらい尊大な態度を見せる。


 今現在まだ王子妃でないシーラや、ただの貴族夫人でしかないエヴァリンよりも、自分(ヴィオラ)の方が立場は上、ヴィオラはそう思っているようだ。


 だが実際はシーラは既にウィリアムとの婚約を済ませているため、いわば準王族の扱いになる。


 それにエヴァはエヴァリンに扮しているが、そんな準王族であるシーラの護衛だ。


 ただの子爵でしかないヴィオラよりも立場は上となる。


 なので問答無用で不敬なヴィオラを切り捨てることも可能なのだが、この場は王妃ガブリエラの友人グース伯爵家の茶会の会場。


 流石に血を流すような流血事件を起こす訳にはいかない。


 ここで何か問題が起きればヴィオラだけでなく、ホストであるグース家も責任を取らなければならなくなるからだ。


 そんなこともありエヴァは太腿に隠した短剣を取り出したいのを我慢し、ヴィオラを注意するに留めた。


 だが貴族令嬢としての学びが足りないヴィオラが、そんな常識やエヴァの思考に気づくはずなどない。


 倒れ込むシーラを睨みつけるようにして、クスッと見下したように微笑んだ。


「謝るのはそちらのお子様でしょう? 子爵であるこの私にぶつかったのよ。私が怪我でもしたら大問題になっていたのだから」


 黄色いドレスで倒れ込んだタンポポ(雑草)のようなシーラを見て、ヴィオラはフフンッと勝ち誇ったように鼻で笑い、そんな言葉を吐く。


 どうやら彼女は自分自身の立場をかなり高く考えているようだ。


 女性子爵は珍しいため、それも当然なのかもしれない。


 だが所詮子爵は子爵。


 準王族に適う訳がない。


 その上スクワロル家は恩赦でやっと許された立場だ。


 常識ある人間ならば気軽に茶会など出れはしないし、こんな態度をとったりもしないだろう。


 なのに悪女らしく堂々と我儘に立ち振る舞うヴィオラは、自分が愚か者だと宣言しているようで。


 この人には何を言っても無駄かもしれないと、エヴァがいつものスンとした表情を浮かべ (このまましょっ引いて王城の牢屋に突っ込んでやろうか) と思うほど、常識人とは呼べない女性だった。


「エヴァ、私は大丈夫ですわ」

「シーラ様、ですがっ!」


 こいつ消しましょうよ! と目で訴えるエヴァに対し、シーラは首を横に振る。


「角を曲がる時気をつけていなかったのは確かですもの、私の不注意ですわ。スクワロル子爵、申し訳ありませんでした。お怪我はございませんか?」


 シーラは甘える猫のように優しい声で問いかける。

 

 すると未来の王子妃が下手に出たのが嬉しかったのか、ヴィオラの顔に優越感が浮かんだ。


「フフッ、慣れない茶会に出たばかりの子供(おこちゃま)ですものねぇ、仕方が無いから今回ばかりは許してあげるわぁ、次は気を付けなさい」


「はい、スクワロル子爵、お許しいただき有難う存じます」


 勝ったわ。


 未来の王子妃よりも私は上よ!


 頭を下げたシーラを見てヴィオラは悪い笑みを浮かべる。


「じゃあね、次は無いと思ってよ」


「はい、気を付けますわ」


 ヴィオラの笑みを見たシーラは嬉しくなった。


 あんなにも悪女らしい悪女は初めてだったからだ。


 優越感を抱えシーラたちから離れて行くヴィオラの背に向けシーラは呟く。


「エヴァ、悪女の中には現実が見えない愚か者も多いのですわ。自身の行動で身を亡ぼす、彼女はまさにそれでしょう。これから先彼女がどう落ちぶれていくのか……私はそれが楽しみになりました。ヴィオラ・スクワロル。悪女な彼女の最期が楽しみですわ」


 そう言ってニッコリ笑ったシーラを見て、エヴァは辛辣令嬢(シーラ)の二つ名を思い出したのだった。



こんばんは、夢子です。

ブクマ、評価、いいねなど、応援ありがとうございます。

とても励みになっております。


スクワロル家の次女ヴィオラです。

長女はメロディ、ウィリアムの元婚約者でした。

三女ルーナはシーラを襲おうとした人物です。


↓こちらもよろしくお願い致します。


辛辣令嬢の婚約

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辛辣令嬢と学園

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