狐の会に初参戦ですわ
「シーラ様、お迎えに参いりました」
今日はシーラが楽しみにしていた狐の会の日だ。
午前中に準備を整え軽い昼食を済ませた頃、シーラの下にエヴァがやって来た。
成人して間もない若き女性が集まるお茶会とあって、男性は付き添うことが叶わないため、王家の影であり、未来の王子妃であるシーラの影兼護衛でもあるエヴァが付き添う形となったのだ。
楽しみ過ぎて笑顔満載のシーラの前、エヴァがスンとした表情のまま頭を下げた。
「エヴァ、有難うございます。今日は宜しくお願い致しますね」
「はっ、しっかりと護衛を務めさせていただきます」
発言は頼もしいエヴァだが、今日は狐の会に参戦と合って騎士の服装ではなく、若き貴婦人らしい若葉色のドレスを身に纏っている。
髪色もエヴァの持つアッシュブラウン色ではなく、今日はズーラウンド王国に多いと言われている茶色の髪色だ。
ただ瞳の色はいつもの冷えた錫色でエヴァらしい。
今すぐにでも誰かを刺し殺せそうでカッコイイともいえる。
優し気な色合いのドレスに似合わないスンとした澄ました顔が、尚更エヴァが影であることを表していた。
「シーラ様、本日の私の設定はシーラ様の遠い親戚、エヴァリン・ラットとなります。年は二十歳、結婚二年目、夫の名はマイクで男爵位、その夫とは恋愛結婚、日々甘々な生活を送っている……となりますのでどうぞ宜しくお願い致します」
心配げな父アティカスに見送られ馬車乗り込むと、エヴァがエヴァらしい表情のままシーラにそんな声掛けをして来た。
馬車での密談。
シーラは自分も諜報員の一員になったかのようで、ちょっとだけワクワクしながらエヴァの言葉に頷いた。
「エヴァリン・ラット……王国で一番縁戚が多い貴族家の名ですね。承知しましたわ」
ラット家の名を聞きシーラは納得する。
このズーラウンド王国でラット家の名を知らない貴族はいないだろう。
そう言われる程ラット家は縁戚が多く、鼠のような貴族として有名だ。
夜会では名前だけではなく、北のラット出身、南のラット出身と名乗らないといけない程なので、変装にはもってこいの家名だった。
そしてエヴァが着ているドレスは若葉色で、狐の会でもっとも好まれる色だ。
特に新妻となった令嬢は一度は着るとも言われている色でもあり、自分は 「結婚したばかり」 と狐の会で示す色でもある。
今はシーラの前スンとし表情を浮かべているエヴァ。
だが、どうやったかは分からないがいつもよりも若く見えるし、初々しさまで醸し出している。
流石ウィリアムが変装の名人だと認めるだけのことはある。
実年齢は分からないが、二十歳と言われれば誰だって信じるだろう。
シーラは昆虫王ならぬ昆虫王妃ともいえるエヴァを目の前にし、狐の会が益々楽しみになっていた。
「シーラ様の本日の衣装はとても素敵ですね……」
シーラが良からぬ考えに至っている事が分かったのか、エヴァが話しを変える。
今日のシーラのドレスは薄い黄色で、まるでタンポポのよう。
裾はふわっと広がる軽いもので、ウィリアムのスケスケ好きを表現したものだとシーラは思った。
十六歳の可愛らしい少女にはピッタリなドレスだが、女傑を目指すシーラとしては少しだけ不服だった。
出来れば赤か黒が良かったけれど仕方がない。
シーラはウィリアムの婚約者。
ウィリアムが喜んでくれてこその女傑なのだ。
「そうですか? 有難うございます。ウィリアム様が贈って下さったドレスなのですが、少し子供っぽくないでしょうか?」
「……ウィリアム様が……確かにウィリアム様らしい色合いですね」
シーラへの執着を示すようなウィリアム色のドレスを見て、エヴァが何かを納得する。
この特別な女の子は誰にも渡さない。
私の大切な婚約者であるシーラに手を出すなよ。
そう言っているかのようなドレスを見て、やはり変態王子ウィリアム様だとエヴァは納得した。
「私的には紺か赤、もしくは黒が良かったのですが……」
「……紺か赤ですか……孔雀の会でしたら深紅や深緑が人気色ですが、狐の会ですので淡い黄色で宜しいかと……」
ウィリアムの為にも黄色のドレスを着て上げてください。
エヴァはそんな思いを込めて苦言を呈す。
だがそこはシーラ、思わぬところに反応する。
「孔雀の会! ふぉおお、熟女の集まりですね! 私も早く孔雀の会に出席できるようになりたいです!」
孔雀の会とは子育ても女主人としての仕事も全て終わらせた熟女だけのお茶会。
シーラ憧れのお茶会の名が出て、思わず興奮した声が漏れる。
いつか必ず私もこの王国の礎に!
そんな想いがあるシーラなのだ、エヴァの話に興奮しないはずがないのだった。
「シーラ様、そろそろお茶会の会場に到着いたしますよ」
エヴァの声掛けで、シーラは車窓に視線を送る。
今日のお茶会の会場はグース伯爵家。
王妃の友人でもあるグース夫人が、娘をホスト役にし開いてくれたお茶会だ。
グース家の一人娘フォアラは、昨年結婚し婿を迎えている。
そしてブレンダとも友人関係にある為、シーラの狐の会の初お茶会に選ばれたともいえる。
「シーラ様、エヴァリン様、ようこそお越し下さいました。グース伯爵家のフォアラと申します。本日は庭園の方にお茶会の会場を準備させて頂きました、どうぞごゆるりとお過ごしくださいませ」
王子の婚約者であるシーラの登場に、今日のホストであるフォアラが声を掛けてきた。
そんなフォアラの後ろにはグース夫人が付き添っていて、優しい微笑みのまま娘のホストぶりを見守っている。
少し垂れ目で優しげな顔立ちのグース親子。
フォアラの方は新婚だからだろう、エヴァとちょっと似ている薄緑色のドレスを着ていて、夫人の方は黒子に徹するためか、目立たないベージュ色のドレスだ。
本来ならば年齢的に狐の会には参加しないであろうグース夫人なのだ。
今日は出来るだけ娘に任せる。
その衣装や立ち振る舞いからそう言っている様だった。
「フォアラ様、お招きありがとうございます。ランツ家が長女、シーラ・ランツと申します。本日のお茶会をとても楽しみにしておりましたの。どうぞ一日宜しくお願いしますわね」
「はい、こちらこそ宜しくお願い致します、シーラ様。私、ブレンダ様からシーラ様のお話を聞いて、お会いするのを楽しみにしておりましたの。ブレンダ様ももう会場にいらっしゃってますわ。シーラ様の到着を心待ちにしておりましたのよ」
フォアラのセリフを聞き、グース夫人がピクリと動く。
聞く人によっては遠回しに「遅い到着ね」と言っているような言葉に、ちょっとだけ動揺したのだろう。
けれど狐の会はそう言った失敗をし学ぶ場所でもある。
貴婦人になるための社交の場。
若き令嬢のレッスン場でもあるのだ。
多少の失敗は許されるものだし、何よりそんな些細なことを女傑シーラが気にするはずも無かった。
フォアラの言葉に 「有難うございます」 と答えると、今度は自慢の護衛であるエヴァを紹介した。
「フォアラ様、こちらは私の遠縁にあたるエヴァリン・ラット様ですわ。本日私の付き添いとして来て下さいましたの。どうぞよろしくお願い致しますわね」
「エヴァリン・ラットでございます。どうぞよろしくお願い致しますわ」
いつものスンとした表情はどこへやら、エヴァがふわりと春の妖精のように柔らかく微笑む。
(ふぉおお! エヴァの淑女スマイルですわぁ!)
内心驚くシーラの横、エヴァとフォアラの挨拶は和やかに終わる。
そしてそれを見守るグース夫人はエヴァの存在を理解しているようで、フォアラの後ろからシーラとエヴァに目配せを送って来た。
王家の影であることは分かっておりますわ。
グース夫人の瞳がそう語っているようで、挨拶を終え茶会の会場に進むシーラの興奮はマックスに達していた。
「さあ、エヴァ、若き女の戦い、その幕開けですわよー!」
握り拳を作り気合を入れるシーラの横、エヴァは貴族夫人らしい笑顔を浮かべ 「シーラ様、ただのお茶会ですよ」 と小さく突っ込んだのだった。
こんばんは、夢子です。
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エヴァの年齢は非公開です。
スンとした表情が標準顔です。
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