手長猿と雄鶏にはなれたようですね
「よ~ぅ、シーラ、ジェームズ、それにエブリンも、久しぶりだな、元気だったか?」
シーラは今日、モンキナ伯爵家へとやって来た。
近衛騎士団の一年間の研修期間が終わり、サイラスとラトン家の末娘ブレンダとの結婚式が無事に終わり、新婚家庭となったサイラスの元へ遊びに来たのだ。
相変わらずひょろひょろっと背が高く、手足が長いサイラスはゴリラというよりも手長猿かごぼうのよう。
シーラとしてはもう少し体に厚みが欲しいところだが、近衛騎士は見た目も大事だそうで、あまりウエイトを増やせないらしく、シーラ希望の100キロ越えは無理のようだ。
残念だが仕方がない。
それでもサイラスの騎士としての実力はかなり高いようなので、一人前となった弟子を手長猿になったと認めてあげようと思った。
(人生百年時代ですもの、今は手長猿でも充分、いずれゴリラですわ)
師匠シーラは何歳になってもシーラ思考だった。
「もう、サイラス様、親しき中にも礼儀ありですわよ。きちんとご挨拶してくださいませ」
「へへへ、ブレンダ、ごめんごめん」
「もう、サイラス様ったら」
サイラスの妻となったブレンダが、伯爵家の跡取りにしては軽すぎる挨拶を注意する。
だけど新婚だからだろうか、それとも姉さん女房に尻に敷かれているからか。
ブレンダに注意されてもサイラスはどこか嬉しそうで、ちょっとだけ鼻の下が伸びているため本物のお猿のようだ。
「ブレンダ、これからは気をつけるよ」
「サイラス様、絶対ですわよ」
甘い雰囲気を出し見つめ合うサイラスとブレンダは、聞かなくとも幸せそうな様子だ。
(うんうん、サイラスも大人になりましたわね)
どこまで行ってもシーラの師匠目線は変わらない。
子供の頃のサイラスを知っているからこそ、尚更なのだろう。
「サイラス、ブレンダ様、今日はご招待いただきましてありがとうございます。お二人の仲の良さが分かって嬉しいですわ」
「うん、とっても仲が良さそうだし、幸せそうだよね」
「ええ、羨ましいぐらいですわ」
皆に言葉を掛けられ、サイラスとブレンダは照れた様子で笑い合う。
新婚特有の甘い空気に当てられてしまった感はあるが、皆もお年頃なのでそこはお互い様な部分もあった。
「さあこちらへどうぞ、お茶菓子と軽食をご用意しておりますの。皆様とお会いするのも久しぶりですもの、今日は時間を忘れてゆっくり楽しみましょう」
しっかり者のブレンダに促され、茶会用のセッティングがされた円テーブルへと着く。
色とりどりの鮮やかなお菓子と一緒にシーラ推奨の羊羹も置いてあり親しみが湧く。
それに一口サイズの可愛いサンドイッチもある。
これならば食いしん坊なサイラスも飽きる事はないだろう。
今日のお茶会が長くなることを期待している準備を前に、シーラの口角も当然ご機嫌に上がった。
「そうですわ、ジェームズ様、エブリン様、ご婚約おめでとうございます。結婚はいつごろになりますの?」
ホストブレンダに声を掛けられ、初々しいカップルであるジェームズとエブリンは頬を染める。
学園在学中に婚約話が上がっていた二人。
エブリンの初恋が無事叶ったという形だ。
ツンデレとシーラに認定されたエブリンは、今現在ジェームズの前でデレしかない。
そんなエブリンを優しげに見つめるジェームズは、やっと一人前の男らしさを身につけたようにシーラには映った。
(ジェームズも雌鶏を守る雄鶏ぐらいにはなれましたわね。きっと子供が出来れば獰猛さも身につくはずですわ)
雄鶏になったと認めても、将来的にやっぱりジェームズを大鷲にしたい。
残りの人生約80年。
ジェームズにはこのまま頑張って貰うしか無いだろう。
「えーっと、結婚はシーラとウィリアム様の結婚式の三ヶ月後を予定しているんだ、ね、エブリン」
「ええ。出来ればウィリアム様とシーラのお子様と同年代の子供が欲しいと思っておりますの」
ポポッと頬を染め未来の話をするジェームズとエブリン。
第二王子であるウィリアムとその妃となるシーラを側近として支えるため、子作りも計画的だ。
「それはウチも一緒だな。支える為にはシーラの子供と同級生か、一、二個上ぐらいが丁度いいもんなぁ」
「うん」
「ええ」
「そうですわね」
「皆様……ありがとうございます」
弟子と友人からの心強い言葉に、シーラの胸は熱くなる。
実際子作りは神まかせに近い。
そんなに上手く行くとは限らないけれど、その気持ちが何より嬉しかった。
「私、最低でも四人は子供を産む予定ですの、ですから皆様どうぞ宜しくお願い致しますわね」
「「「「最低……四人?」」」」
シーラの宣言を聞いて皆の顔色が悪くなる。
この国の貴族の出生率の平均は二人。
四人兄妹になる予定のランツ家は子沢山となるため、そこを最低ラインと考えるシーラに皆の喉がゴクリと鳴った。
「はい。目標としては十人ぐらいでしょうか? 十人十色と言いますでしょう。色んな形の英雄や女傑を育てるのが私の妃としての仕事ですから、頑張らねばなりませんの」
頬に手を当てコテンと可愛らしく首を傾げるシーラ。
やっぱりスケスケをたくさん用意してウィリアム様には頑張って貰わなければと、脳内は寝間着色に染まっている。
「「シーラみたいなのが十人も……」」
幼い頃からシーラを知るサイラスとジェームズの顔色は悪い。
確かにシーラには散々お世話になったけれど……
シーラが十人もいたらどうなるか。
二人は脳内で十人のシーラに囲まれていた。
「「十回も出産……」」
ブレンダとエブリンはそう呟き固まった。
顔面蒼白とまではいかないが、結婚、婚約を期に出産について色々学んだ二人の顔色は悪い。
命の危機もあり、痛みもある出産に、十回も耐えられるだろうかと不安しかない。
二人は無意識のうちお互いの手を取り合っていた。
「私、心強い友人がいて幸せですわ」
ニコニコで答えるシーラの周り。
皆、引き攣った笑顔になっていたのだった。
「そ、そう言えば、先日の狐の会にスクワロル子爵家のヴィオラ様がいらしていましたわ」
子作りから話を変える為か、ブレンダが狐の会の話を始める。
狐の会とはデビュタントを終えた令嬢や、結婚したばかりの令嬢の集まり。
十六歳前後から二十半ばあたりの令嬢たちが集まるお茶会だ。
ヴィオラ・スクワロルと言えば、学園で問題を起こしたルーナの姉。
長女、三女が問題を起こし、伯爵位から子爵位に落とされ、スクワロル家は王都立入禁止となっていたのだが、ウィリアムの結婚を前に恩赦が出て王都入場も叶うようになったらしい。
そこで跡取りとなったヴィオラは早速お茶会に顔を出したのだろう。
王都入禁の後なのだ、迷惑をかけた家に対し挨拶に駆け回りたい気持ちは分かる。
だがブレンダはふぅと小さくため息を吐いて笑顔を消した。
「色々あったスクワロル家ですから、普通に考えてあの方も控えめになっていらっしゃるかと思ったのですけど……」
ヴィオラ・スクワロルは以前から気が強く、度々揉め事を起こしていた。
事件の後、前の婚約者とは婚約解消になった為、今は別の者を婿に迎えたそうだが、全てに対し納得がいっていない様子だった。
国王に見限られたスクワロル家。
そんな家に婿に入ってくれた相手の愚痴、いや、悪口を狐の会で散々披露し、その上降爵は不当だったと言っているようだ。
まさに王族批判である。
ブレンダの笑顔が消えるのも当然だった。
「お茶会で注目を集めたかったのかもしれませんけれど、少しやり方を間違えているように思いましたわ」
ふぅとまた溜息を吐くブレンダの横、サイラスもジェームズもエブリンもため息を吐く。
だがシーラだけは違う。
ムフフとほくそ笑み、それを隠すように扇を広げた。
(これは面白い、悪女の登場かもしれませんね!)
ヴィオラ・スクワロルの評判の悪さを聞き、一人ワクワクが隠せないシーラだった。
こんばんは、夢子です。
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サイラス、ジェームズは幼いころからの友人です。
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