辛辣令嬢と悪女子爵【後編】
ヴィオラ視点です。重い話になりますので苦手な方は飛ばしてください。
それからのスクワロル家は悲惨だった。
父が隠居という名の蟄居となったため、ヴィオラは誰にも祝られることなくひっそりとスクワロル家当主となった。
だが当主と言っても何をして良いか分からない。
王都に居られないため家族全員で領地に向かうことになったが、領地運営を全て代官に任せていた父は全く頼りにならず、母は妹の件があってからずっと寝込んでいたのでハッキリ言ってお荷物だった。
学園を優秀な成績で卒業したとはいえ、ヴィオラに領地運営のノウハウがある訳ではない。
せめて少しでも盛り立てようと茶会を計画してみたが、手紙を出しても誰からも返事が返ってこない。
ヴィオラと同じ年頃の女性達は丁度結婚や出産で忙しいからだろうと、ならば男性メインの夜会を開催しようとも思ったが、当然そちらも上手く行かなかった。
商人達を呼びよせスクワロル領の特産品を新たに作ろうかと思ったが、顔を出した悪徳商人に父が騙され大金を失う羽目になり、日々の生活が苦しくなっていた。
地味目なドレスに殆どすっぴんと言っていい面。
もう何カ月もドレスは作っていないし、ヴィオラを茶会や夜会へ呼ぶものもいない。
風の噂で元婚約者が商家の娘と結婚したことを知った。
結局平民に落ちたのかと笑ってみたが虚しいだけ。
ヴィオラの心にはぽっかりと穴が開いたようだった。
「ヴィオラ、君の結婚相手を連れて来た。子爵としての仕事を手伝ってくれる頼もしい相手だ。よく話し合いなさい」
そんなある日、父がどうやったかは分からないがヴィオラの結婚相手となる人物を連れて来た。
「マイク・ラットと申します、ヴィオラ嬢、どうぞ宜しくお願い致します」
驚き過ぎて「はぁ……」と気のない返事をするヴィオラの前、マイクという男は優し気に微笑んだ。
ズーラウンド王国に多くいる茶色の髪に人を見透かすようなライトグレーの瞳。
少しだけ目が細いが、体は逞しく引き締まっていて男らしい。
元婚約者の見た目には負けるが、それなりに良い男でヴィオラの横に立っても見劣りはしない。
それに何より、子爵の仕事を手伝えるだけの能力がある。それが魅力的だった。
自分はもう一人で悩まなくていい。
味方が出来る。
そう思ったヴィオラは多少の不満は飲み込み、結婚を受け入れることにした。
結婚式は王都に戻れるようになってから華々しく挙げよう。
そんな相手の言葉にも素直に従うことにした。
だけど。
それから数ヶ月経つと、ヴィオラはこの結婚を後悔しだした。
結婚の記念に腕輪を買いたいといったヴィオラを、マイクは 「ウチにはそんな余裕はないだろう」 とたった一言であしらった。
ドレスを買おうと商人を呼べば 「着れる服はまだ十分にある」 と言って商人たちを追い出してしまった。
子爵として領主の仕事に手を付けようと思ったら 「ハッキリ言って君は足手まといだ」 と簡単な事務仕事しかさせて貰えなくなった。
その上 「今の領地の状態では安心して子供など作れない」 と言って、ヴィオラとの逢瀬を嫌がり白い結婚を望んできた。
一体なんのための夫なのか。
いや夫というよりただの補佐官。
領主代理がいいところだろうか。
お飾りと変わらないじゃないか。
「お父様、マイクは私を大事にしないのよ! それに自分こそが子爵のような態度をとるの! 別れさせてよ!」
父にマイクの行いを訴えてみたが、聞き入れてもらえない。
「だがマイクがいなくなって困るのはヴィオラだろう?」
そう言われれば反論は出来ない。
確かにマイクは仕事は出来るし、領民からの人気もある。
それにマイクが来てからスクワロル家が潤いだしたのは確かで、先日やっと新しいドレスを手に入れることが出来たのだ。
だから仕方がなくマイクの行動や言葉にヴィオラは我慢した。
一々アレはするなコレはするなと五月蠅かったけれど、ドレスや宝石を手に入れるためだと思えば、多少の我慢は出来た。
そんなある日、一通の手紙が届く。
スクワロル子爵宛だったから、マイクではなくヴィオラが封を開けた。
そこにはなんと恩赦が出て、スクワロル家の王都入場禁止を解除する旨が書かれていた。
「やった、やったわ! これで私は元通りの生活に戻れるのよ!」
手紙を抱え喜び出したヴィオラとは反対に、マイクの瞳が冷え行く。
「ヴィオラ、現実を見なさい。今貴女が王都に出て誰が喜びますか? 恩赦に感謝し暫くは領地で大人しくして、殿下の結婚が済んでから、一年先の建国の夜会に出るのが妥当だと思いますよ。まあ、それでも早いぐらいかもしれませんが……」
「何を言っているの? 王都よ、王都に帰れるのよ! それに建国の夜会はもうすぐじゃない! ああ、すぐに衣装を準備して向かわなくっちゃ。ううん、衣装は王都で作るべきよね。こんな田舎のドレスじゃ流行に乗り遅れているかもしれないもの!」
今すぐにでも飛び出して行きそうなヴィオラをマイクが腕を広げて止める。
普段通りの夫の冷淡な顔をヴィオラはキッと睨んだ。
「ヴィオラ、落ち着きなさい。貴女はスクワロル家の当主でしょう。王都へ行くよりもやるべきことがーー」
「五月蠅いわねっ! スクワロル家の当主は私よ! 貴方は私の命令に従えばいいの! 私は貴方が止めても王都に行くわ! 邪魔をしないで!」
これまでのマイクへの鬱憤が溜まっていたヴィオラはマイクを押しのけ扉へ向かう。
王都へ行けば自分が一番幸せだったころのように戻れる。
そんな期待があった。
子爵を継いだヴィオラはただの夫人でしかない学友たちより立場は上だ。
王都の茶会で堂々と嫌味を言ってやることが出来るし、ヴィオラの言葉に反論することが出来る者などいない以上、皆ヴィオラに従うしかないのだ。
それにシーラ・ランツだ。
父親から聞きだしたが妹が襲った相手は、ウィリアム様の婚約者の後釜に入り込んだランツ家の娘シーラ。
平凡な見た目だそうなのに、どうやったかは分からないが美しいと評判のウィリアム様の婚約者になったのだ、厚顔無恥な女に決まっている。
「はぁー……貴方が王都で少しでも問題を起こせばスクワロル家は取り潰しになるんですよ? それでも王都に行くのですか?」
ドアノブへ手をかけたヴィオラは振り返りマイクを睨みつける。
私が問題を起こす?
そんなことある訳がない。
スクワロル家が取り潰される?
この私が王都に返り咲く限り、そんな事になるわけがなかった。
「私は妹や姉とは違うの、スクワロル家の当主になる身として幼いころからたくさん学んできたの、社交界の事は良く分かっているし、どう動けばいいかも知っているわ。それなのに問題を起こすなって……アハハ、この私がそんな事するわけがないでしょう!」
フンッと鼻であしらい扉を開ける。
するとヴィオラの耳にマイクの最後の言葉がかかる。
「貴女が何か問題を起こせば、私とは離婚になりますよ。それでも良いのですか?」
離婚?
脅しのつもりだろうか?
確かにマイクは当主の補佐官としては良くやってくれてはいるが、夫としては落第点だ。
いなくなってくれれば清々するし、恩赦が出た今、ヴィオラと縁を結びたい男などごまんといる。マイク程度の男にすがる必要など無かった。
「別に構わないわ。私には貴方は必要ないもの」
フフフンと鼻で笑い、マイクを残し家を出る。
領地に来て年老いた父や母には何も言わなかったけれど、きっとマイクがどうにかするだろう。
離婚して困るのはマイクの方だ。
ヴィオラに捨てられては困ると、今頃父にでも相談しているはずだ。
「はー、見るものすべてが愛おしいわぁー」
王都での生活は最高だった。
タウンハウスは売りに出してしまったため、女子爵に相応しい宿へと泊った。
それから以前の伝手を使い狐の会の日程を聞きだした。
ドレスを作り、化粧品を買い、装飾品を揃えた。
田舎で作ったダサいドレスを脱ぎ捨て女子爵に相応しいドレスに着替えれば、田舎でくすぶっていたとは思えないとびきりな美女の出来上がりだ。
ヴィオラはプライドを取り戻した。
「貴女、あれだけの事件があったのに、良く顔を出せましたわね……」
ヴィオラに向かい嫌味を言ってきた元同級生に、ヴィオラはお茶を吹っ掛けてやった。
「何をするのよ!」と突っかかって来たから、「私は女子爵よ、馬鹿にしないで!」と言ってやれば、その同級生は青い顔で大人しくなった。
学生時代ヴィオラの傍にいた取り巻き達に会えば 「良くも裏切ったわね」 と頬を叩いてやった。
彼女たちは半泣きになり、それからヴィオラとは顔を合わせなくなった。
きっとヴィオラの威厳ある姿に恐れを抱いたのだろう。
そう思って鼻で笑ってやった。
彼女たちはもうヴィオラがいる限り社交界では生きていけないはずだ。
ざまあみろと罵ってすっきりした。
「まあ、見てシーラ様よ。春色のドレスが可愛らしいわねー」
ある日のお茶会で、やっとシーラ・ランツに会った。
ウィリアム様の威を借りているからだろう、一番良い席に通され、皆から羨望の目を向けられご満悦な様子だった。
(タンポポ女のくせに生意気なのよ)
ちやほやされ有頂天になっているシーラ・ランツにわざとぶつかり脅してやった。
ヴィオラが怖かったのか、シーラ・ランツはすぐに謝り頭まで下げて来た。
「やっぱりまだ子供ね、ウィリアム様がいなければ何もできないのよ、私の美しさの前に怯えていたわ」
けれどそれは全て勘違いだった。
夜会の夜、王家一家とともに入場したシーラ・ランツは、堂々と王族の色を纏い、誰よりも可憐に美しく、可愛い姿を会場中の貴族たちに見せ付けたのだ。
震え怯えていた茶会の時とは別人のようだった。
ダンスを踊れば 「春の精のようだ」 と言われ。
会話をすれば 「英知の女神のようだ」 と褒められていた。
それに 「シーラ、愛しているよ」と、場所も弁えず、ウィリアム様がそんな言葉をシーラ・ランツに掛けていた。
あんな子供と婚約させられるだなんて可哀想だ。そう思っていたのに、それが全て否定されたようで悔しかった。
だから自分の手で暴いてやろうと思った。
シーラ・ランツなんて大した女ではない。
皆にそう思わせ、呆れさせたかった。
けれどタンポポだと侮っていたシーラ・ランツはヴィオラが思うよりもずっと強く、したたかだった。
『私シーラ・ランツ、またの名を辛辣令嬢。私は脅されようが拷問されようが屈しはしない。どんな思いをしようとも、愛するウィリアム様の婚約者を降りる事などあり得ないのです!』
ヴィオラがどんなに脅してもシーラ・ランツは心が折れることは無かった。
それどころかどこか嬉し気で、ヴィオラの言葉に感激しているようで気持ち悪かった。
「許さない! 許さない! シーラ・ランツ、貴女だけは絶対に許さない!」
そう叫んでみたけれど、猿轡をされたヴィオラの声がシーラ・ランツに届きはしない。
「私は女子爵なのよ! 離してよっ!」
そう言っても城の騎士達はヴィオラの言葉を聞きもしない。
女子爵だと言っているのに、平民用の牢屋に入れられた。
「お父様を呼んで! マイクをここに呼んで頂戴!」
そう叫んでも、当然誰も聞き入れはしない。
不当な扱いだと訴えても、誰にも相手になどして貰えなかった。
そんな惨めな牢獄生活を送っていたヴィオラの元、教会の鐘の音が聞こえた翌日に、愛するマイクがやっと顔を出したのだ。正直ホッとしたし嬉しかった。
「マイク! 遅いじゃない! 何でもっと早く迎えに来なかったのよ! 今まで何をやっていたのよ!」
夫の顔を見てヴィオラが最初に言った言葉はそれだった。
迎えに来てくれて有難うという訳でもなく、迷惑をかけてごめんなさいと謝るわけでもなく、能無しだと罵った。
「別に私は貴女を迎えに来た訳ではありませんよ」
「えっ?」
「貴女が起こした事件の顛末を話に来ただけ、それだけです」
「事件って……」
ヴィオラを見るマイクの目の冷たさにゾクリとする。
確かにマイクは目が細かったけれど、今は射殺せそうなほど鋭い目つきをヴィオラに向けている。
この人が私の夫?
マイクはスクワロル領にいた時とは別人のようだった。
「まったく、貴女のせいで私の仕事が倍に増えましたよ……その上上司にも怒られるし、踏んだり蹴ったりです。ここまで愚かな行動を起こす者は初めてですよ。いったい貴女は自分を何だと思っているのでしょうねー」
「マイク……?」
ヴィオラと夫婦になる日、初めて見せたあの優しい笑顔はどこへ行ったのか。
厳しいながらもヴィオラを支えようとする慈愛ある眼差しはどこへ行ってしまったのか。
それに上司とは何のことなのか?
彼の上司は妻であるヴィオラしかあり得ないのに。
今マイクの浮かべる表情はヴィオラへの愛情など見えもしない 【無】 だけだった。
けれど瞳だけには怒りが籠っているようで、その辺にいそうな平凡な 【マイク・ラット】 とはもはや違う人だった。
「まず、貴女が王都で使った金銭は領地の三分の一を売って賄いました」
「はあ?」
領地を売る?
子爵ではないマイクにそんな勝手なことが事出来るはずがない。
ヴィオラの目が怪訝なものに変わる。
「それから貴女が怪我をさせた女性たちの補償にもう三分の一を」
「怪我なんて……」
大げさに騒ぐ女たちの言い訳を聞き入れるだなんて、マイクもやっぱり当主になるのは無理だとヴィオラは思った。
「それから殿下の婚約者であるシーラ様に手を出したことで父上が自ら毒杯を飲まれ亡くなりました」
「えっ……?」
「弱っていた母上は事件を聞き、胸を痛めその翌日に亡くなりました」
「な、んで……」
「それと、スクワロル家の持つ子爵位は剥奪されましたので、貴女はもう貴族ではありません。まあ、この牢屋に入っているのでそれぐらいは理解できているでしょうか……それから残りの領地は王家に返上されました。シーラ様への詫びにしては少なすぎる領地ですが、もう手元には何も無いので仕方がないですよね。ああ、それと貴女と私はとっくに他人です。貴女が出て行った次の日にはもう離婚の手続きを終えていましたよ。まったく、子供のお世話も楽じゃない。本当にどうやって育てたら貴女のような人が育つのでしょうかねぇ。今は亡き父上にそこだけは聞いとくべきでしたよ……」
淡々と詳細を告げたマイクは 「では」 と言ってヴィオラの前から去って行った。
夫でなくなったとか、領地が無くなったとか、いろいろ言われたけれど、姉でもなく、妹でもなく、自分のせいで両親が亡くなった事が何よりもショックだった。
「お父様とお母様が……? 嘘よ、そんなの、嘘に決まっているわ……」
ヴィオラは詳しく聞こうとマイクの名を叫んだ。
けれどマイクが戻って来ることは無く、ヴィオラの声が枯れただけだった。
その後、ヴィオラはそのまま数年間牢獄に監禁され続けた。
いつまで経っても王家への反感が彼女から消えることが無かった為、どこかへ送ることが出来なかったのだ。
その後、第二王子ウィリアムと、シーラ王子妃の間に第一子が誕生した事でヴィオラに恩赦が与えられ、厳しいと言われる修道院へと送られる事となった。
この優しい処置には、シーラ王子妃の心使いがあったかららしいが、ヴィオラは 「なんで私が……」 と不服を口に出していた。
本来ならば極刑でも可笑しくなかったヴィオラに対し、シーラ王子妃はそれを望まなかったらしい。
そしてヴィオラはその数年後に命を落とした。
若き頃の美しさはとっくに消えていて、彼女がヴィオラ・スクワロルであり元貴族だと言っても、修道院で信じる者などいなかった。
彼女の死は病死と記載されているが、ただの平民となったヴィオラの死因など、誰も興味を示すものなどいなかった。
~おわり~
おはようございます、夢子です。
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ヴィオラのお話はこれにて終了です。
夫のマイクは王家の間者の一人、マイク・ラットはどこにでもいる名前です。
エヴァが夫の名として使っているのはわざとです。
ヴィオラは当主だったため他の姉妹よりも罪が重くなりました。
それに姉メロディは婚約解消をしただけなので一番軽く。
妹ルーナはシーラだけを狙ったので、そこだけの罪になりました。
その点ヴィオラは誰に対しても酷いことをしていたので羊の会のころから評判が悪く、伯爵家の跡取りでなければ女の子は仲良くしなかったと思います。
元婚約者はそんなことは知らず、ヴィオラの見た目に騙されましたね。
この後、いつものごとく登場人物紹介を投稿します。
もちろんおまけ小説もありますので楽しんでいただけたら嬉しいです。
ここまでシーラ・ランツの物語を読んでいただいてありがとうございました。
また次回作でもお会いできることを期待しています。
夢子