お父様の才能を受け継ぎますわ
ズーラウンド王国にあるランツ伯爵家。
穏やかな朝食の席、品のある姿で優雅に朝食をとる少女は、ランツ伯爵家の長女シーラ・ランツ。
肩まで伸びたふわふわの赤茶色の髪に、好奇心があふれる薄緑色の瞳。
ちょっとだけ釣り上がり気味の瞳はまるで猫のよう。
シーラは父アティカスをちょっとだけ悩ます思考を除けば、一見大人しそうな外見をしている極々平凡な伯爵令嬢だ。
そんなシーラは幼い頃に何故か王妃ガブリエラに気に入られ、第二王子の婚約者になったシンデレラストーリーを突き進む幸運な女の子でもある。
残念ながら初恋は実らなかったシーラだったが、婚約者のウィリアムに対し不満はなにもない。
優しくて勤勉でいずれ英雄になるであろうウィリアムは、シーラにとって理想の婚約者ともいえる。
もし少~しだけ神に希望を述べていいのならば、ウィリアムの身長をもう少しだけ伸ばして欲しいことと、もう少~しだけ体に厚みが欲しいところと、もう少~しだけ体毛を増やして欲しいところだが、王子と名の付くウィリアムは現状維持のままで良いと思っている。
王子様という生き物に理想や希望を持つ乙女たちの夢を壊さないことも、英雄になる者の務めだからだ。
そんな特殊な好みを持つシーラに付けられた二つ名は、辛辣令嬢。
幼い頃の茶会の席で男の子相手に一歩も引かず、言い負かした経緯から付いた不名誉なあだ名だが、シーラ本人はその名を気に入っていた。
「女傑への第一歩ですわ!」
と、父アティカスが心配するのをよそに、ふんすと鼻息荒く胸を張り喜んでいる。
そう、シーラ・ランツは女傑道を突き進む、どこにでもいる平凡で害のない十六歳の女の子だ。
貴族学園を最優秀な成績で卒業し、あと半年で第二王子ウィリアムとの結婚を控えているシーラ。
王子妃教育も本人のヤル気から順調に進み 「もう教えることはありません」 と教師たちに太鼓判を押されるほど、シーラは未来の王子妃としての教養を身に着けていた。
「私は女傑になるのです! 当然の結果ですわ!」
そう意気込むシーラには、心優しい家族がついている。
父アティカスは少し心配性であるため、心から愛する娘が、いまだに王子妃になることに対し不安があるようだが、口には出さず一人胃を押さえ耐えている。
そしてシーラの母セレナは妊娠の達人で、現在四人目を妊娠中。
間もなく妊娠後期になるため残念ながら今現在シーラの側にはおらず、実家に戻っているところだが、シーラは子供を四人も産む母を心から尊敬し、自分もウィリアムとの子を沢山産もうと気合を入れていた。
そしてシーラの弟、マティアス八歳。
姉シーラを尊敬し、いつか子熊将軍ジクトール・グリズリーのようになりたいと、そんな夢を持つまだまだかわいい盛りの少年だ。
今現在英雄伝を読み漁り、自分が英雄となった時の脳内シュミレーションを欠かさないという趣味を持っている。
「僕は英雄の王になる!」
そんな事を言い出すマティアスもまた、父アティカスの悩みの種だった。
そして妹のサーシャ四歳。
こちらも当然姉シーラに憧れ、姉のようになりたいと、今現在読書に力を入れ女傑道とは何かを学んでいる最中だ。
「あたくちはじくとーるさまのおよめさんになるのです」
幼い頃のシーラの様な事を口走るサーシャは、やはり父アティカスの悩みの種である為、色々なストレスからか胃の痛みプラス後頭部の薄れ具合がちょっとだけ気になるアティカスなのだった。
そんな家族とともに、シーラは残り少ない家族との団らんの時間を楽しんでいる。
あと半年たてばシーラも遂に王子妃となり、ウィリアムが公爵位を賜るまでは王城で暮らすこととなる。
だがその前にシーラは才能ある父から受け継がなければならないものがあった。
王子妃になるためには絶対に必要な物。
もう時間は残り僅か、今聞かねばダメだろうと、シーラはナフキンで口元を綺麗に拭うと、父アティカスに話しかけた。
「お父様、少しお聞きしたい事があるのですが、今宜しいでしょうか?」
いつになく真剣な目で自分を見つめる娘を前に、遂に来たかとアティカスには緊張が走る。
結婚を前にした娘はマリッジブルーという不安な心を持つと聞いている。
自分が結婚した時の妻はいたって普通だったが、実家ではきっと色々と思い悩んでいたはずだ。
本来ならばシーラの相談役は母親であるセレナだっただろうが、今現在妊娠中の妻セレナはこの場には居ない。
ならば父である自分こそがシーラの不安を解消して上げなければならないだろう。
ウィリアムとの結婚が嫌になったとでも言われれば、無理に結婚しなくていいと答えてあげよう。
王家に嫁ぐのが不安だと言えば、いつでも家に帰ってきていいと答えてあげよう。
実際無理なことであっても、シーラの心を安心させてあげることが一番大事だ。
そんな思いに馳せながら威厳ある様子で 「うん、父に何でも聞きなさい!」 と答えるアティカスは、ほんのちょっとだけ勇者の様だった。
「では、遠慮なく……お父様とお母様は月にどれ程子作りに精を出していたのでしょうか?」
「へっ……?」
「私も間もなくウィリアム様の元に嫁ぎますでしょう? 出来れば子供は最低四人は欲しいと思っておりますの。その場合どれ程の頻度で子作りをすればいいのか、経験のない私には分かりませんの。逢瀬について詳しい本も手元にはありませんし、お父様に聞くのが一番良いと思いました。お父様はすでに子作りを実践されている、尊敬できる先人ですからね」
尊敬の目を向ける娘を前に、父アティカスは固まった。
てっきり結婚への不安やウィリアムへの不満などをぶつけられると思っていたのだが、思わぬ方向からの攻撃に思考が付いて行かない。
「お父様、お母様から閨に誘われて嬉しい形は有りますか? 男の方は情熱的な感じが良いのかしら? それとも小悪魔的? 男性が好む下着の種類とかに決まりは有りますでしょうか?」
「ぼふぇっ! ゴホッ、ゲホッゲホッ、ちょ、ちょっと待って、シーラ、こんな場所で何をいっているの! 今は朝食の時間だし、ここにはマティアスもサーシャもいるんだよ!」
それ以前に娘が父に向ける質問ではない気がするけれど、驚き過ぎてパニック中のアティカスはそんなところに思い至らない。
それよりもまだ幼い子供たちにこんな話は聞かせられないと大慌てだ。
「父上、僕もこーがくの為に学ばさせてください!」
「あたくちもじくとーるさまとのけっこんのためにちりたいでしゅ!」
手を上げ父に師事を受けたいと、キラキラした目を向けてくる幼い子供たち。
男児であるマティアスならまだしも、まだ四歳のサーシャにだけは絶対に話す訳には行かない。
だが慌てるアティカスの前、シーラは至って冷静で、こてんと可愛く首を傾げ父アティカスを追い込んだ。
「ですがお父様が先程何でも聞いていいと仰ったではないですか。それにお父様の武勇伝はそれぐらいしか有りませんし……結婚前に聞いておかなければならない大事なことでもありますでしょう? ああ、それともウィリアム様に直接お聞きした方が宜しいですか? その方が手っ取り早いのかしら?」
「ダメダメダメ! シーラ! それは絶対にダメだからね! ウィリアム様に閨のことなど絶対に聞いたらダメだからね!」
可愛いシーラが 「ウィリアム様は、どうしたら嬉しいですか?」 なーんて聞いてあの変態王子が興奮したらどうするんだ!
アティカスからはそんな言葉が出かかるが、子供たちの手前どうにか言葉を飲み込んだ。
結婚することは決まっているとはいえ、嫁入り前の可愛い娘に手を出されることは絶対に許せない。
それに変態王子と密かに噂のあるウィリアムの事だ、シーラのちょっとした言葉でどう興奮するか分かったものでは無いだろう。
シーラ・ランツは結婚式のときに既にお腹に子供がいたんだって、などと噂されることは貴族令嬢としてあってはならないこと。
シーラの前、アティカスはダメダメダメと子供のように駄々をこねた。
父親の威厳などあったものではない。
まったくお父さまは……と、シーラが肩を落とすのも当然だった。
「はぁー、分かりましたわ。お父様にもウィリアム様にも子作りについては質問しませんから安心してくださいませ」
シーラの言葉を聞き、アティカスはホッと息を吐く。
お父様って本当に子供っぽいわねと呆れる子供たちの視線に気づくことは無く、良かった良かったと胸をなで下ろした。
(そうですわね、ウィリアム様への質問は下着の好みぐらいにしておきましょうか……)
父の慌てっぷりを見て、シーラはそう思い直す。
王族であるウィリアムには子作りに励んでもらわなければならない。
いずれ公爵家を興すならば優秀な子供は何人いてもいいぐらいだ。
それに出来れば尊敬する英雄ヘクトール・グリズリーのような子供を産みたい。
そんな新たな目標を持ったシーラは、結婚を前にふんすと気合を入れるのだった。