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せめて、今だけは

作者: 寺崎 征十郎


静かでまだ冬の冷たさを残している初春の夜。

大好きな男の子とのデートの帰り。

家まで送ってくれるという彼に甘えて、二人手を繋いで歩いている。

今日は楽しかったね、なんてなんでもないことを話しながら、繋いだ手の暖かさと頼もしさにドキドキしてしまう。


ずっと続けばいいのに。

そんな恋愛ドラマの主題歌みたいなことを考えてしまう。


それにしても今日は本当に楽しかった。

ちょっと失敗しちゃったこともあるけど、彼が笑ってくれて、つられて私も笑って。

私達の高校生活三年間をそのまま一日に凝縮したような、いつも通りの楽しい一日だった。


ずっと続けばいいのに。

そんな聞き分けのない子供みたいなことを考えてしまう。


本当はこの後に行きたいところもあった。

背伸びのしすぎかもしれないけど、それでも行きたかった。

彼が、欲しかった。

けど、それは出来ない。

私だけはそれをしちゃいけなかった。



だって彼は、私の彼氏じゃないから。

私の大事な親友の、大切な人だから。



高校三年間。

私と彼女は彼を巡ってずっと勝負をしていた。

彼に選ばれるためにいっぱい努力をした。

そして、卒業式の日。彼は彼女を選んだ。


選ばれなかった私は、彼女のお願いして最後の思い出として一日だけ、恋人ごっこをさせてもらった。

だから、偽物の恋人の私に許されているのは、こうして手を繋いで歩くことくらい。

彼女は好きにしてもいいよなんて言ってたけど、そんなことできる訳がなかった。

そう言った時の彼女の目に余裕はなくて、一片たりとも彼を渡したくないって気持ちでいっぱいだったから。


彼の足が止まる。

私の家に着いてしまった。

だから、ここで恋人ごっこはおしまい。

私は手を離して彼の方に向き直った。

正面から見た彼の顔には、分かりやすいくらいに戸惑いの色が浮かんでいる。

彼は優しいから、たった一日だけの恋人になんて声をかけていいか考えてるんだろうな。

そういうところが、たまらなく好き。


今日は本当にありがとう。

夢みたいな一日だった。

これだけで、私の三年間は報われたよ。

だから、あとは全部あの子にあげてね。

泣かせたら容赦しないから。

それじゃ、バイバイ。


それだけ言うと私はさっさと玄関をくぐって扉を閉める。

外の気配はすぐには動かず、しばらくしてから遠ざかっていった。


途端に両脚は力を失い、その場で崩れ落ちる。

堰を切ったように涙があふれる。

胸が苦しい。嗚咽が止まらない。


終わってしまった。

私の初恋。

たまらなく大好きな彼。

もう手を繋げない。

恋人のように振舞うことも許されない。

あの心地いい温もりに触れられない。

胸の中の大事なものがすっかり抜け出てしまったような、言いようのない虚無感がのしかかる。


私はこの失意に向き合えるようになるのだろうか。

私は次の恋を始められるようになるのだろうか。


彼と彼女と三人で過ごす時間を失って、これからも生きていけるのだろうか。


彼女に言ったらきっと怒られるだろうな。


けど、大丈夫だよ。

きっとすぐに立ち上がるから。

だから、せめて、今だけは。

ただ、泣かせて。


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