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十年前に出会った吸血鬼が求婚してきましたが、断固拒否です。  作者: 藤崎 風華
第一章「吸血鬼の噂」
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九話「優しすぎる吸血鬼」

 甘城が私の肩に込める力は強くなっていく。それとともに、抵う力もなくなっていった。

 正直のところ、私は怖かった。どくどくと心臓が鳴っているのが自分でも分かる。

 どれだけ血を吸われるのだろうか。錯乱してるヤツから吸われると痛いのだろうか。なんてことを虚ろな甘城の目を見ながら考えた。


 何でこんな時はストーカーしてないのよ、久徳。こういう時に出てきてよね。


「……もう、役立たず…………」


 小さく呟きながら私はついに腕をだらりと下ろす。諦めて、目を閉じようとしたその時。


「がはぁっ!」


 衝撃音とともに私の視界から甘城が忽然と消えた。


「やっべ! 蹴りすぎた! 思ったよりぶっ飛んじまったぜ、ハハッ」


 続け様に降ってきた声の主を見る。そこにいたのは思わぬ人物だった。


「岡山だっけ、大丈夫か?」


 こちらに阿久田が手を差し出している。驚いて名前の訂正もできないまま、その手を握れば、ぐっと腕を引っ張られた。私は立ち上がって軽く砂埃を叩きながら、遠くに倒れている甘城を窺う。

 すると、阿久田が足を踏み出した。


「アイツ、どうしちまったんだよ。女襲うキャラじゃねえだろ」


 そんなことを言いながら甘城の方に歩いていくので、不覚にも私は少し笑ってしまう。確かに、普段のあの様子では想像がつかない。むしろ襲われそうである。


「ねえ、近づかない方がいいと思うけど」


 私は阿久田の背中に言葉をかけるが、彼が止まる気配はなく、段々と甘城と阿久田の距離が縮まっていく。


「俺は襲われねえよ。ってかお前こそ早くどっか行った方がいいぜ」


 阿久田がこちらに顔を少し向けて手を振った。

 何故そんなにも自信満々なんだと思った矢先、阿久田は人間じゃないと久徳が言っていたことを思い出した。つまり、任せても大丈夫なのか?

 私は二人を視界に入れながらゆっくりと一歩ずつ後退る。

 私の知る限り、血を飲まなければ甘城は回復しないが、どうやら彼らは知り合いのようなので何とかしてくれるのだろう。


「ふぅ……」


 公園の端近くまで辿り着くと、私は安堵の息を小さく吐く。そして、振り向いて足を踏み出そうとしたその一刹那。何か降り立ったような、どすっという重たい音が背後から聞こえた。


「えっ?」


 私は錆びたロボットのようにぎこちない動きで振り向く。


「逃げろぉおーー岡山ぁーーーっ!」


 届いてくる阿久田の叫びと、こちらへ伸びる甘城の右腕。動揺している私の体は思うように動いてくれなくて、かろうじて後ろに一歩下がる。

 また捕まってしまう、そう思ったのも束の間、ピタリと甘城の体が止まった。


「……ぐっ」


 甘城は自分の右腕を左手で握って、腕を下ろした。


「はあ……はあ……逃、げて、ください……」

「甘城……?」

「は、やく……空白の時間が、あったということは、きっと、錯乱状態に……。やっぱり、僕は人の血は……飲みたくない……そ、れに、あなたは僕を、庇ってくれたから……あなたの血は、もっと、飲みたく、ない……」


 涙を流しながら苦しそうに甘城は言う。自分の生死に関わっているというのに、ここへきて正気を取り戻して「血は飲みたくない」なんて。

 甘城は優しすぎる。

 こんなに優しい人が吸血鬼になってしまうだなんてあんまりだ。彼の人生が可哀想でならない。


 ぐっと拳を握り込む。私は一つの賭けに出ることにした。


「ねえ、甘城。私の血、飲んで」

「は? 何言ってんだよ、岡山」


 後ろで様子を伺ってた阿久田が私と甘城の間に入る。そろそろ名前が気になって仕方ないが、今はそんな話をしている場合じゃない。


「錯乱状態じゃない今なら飲む量を加減できるかもしれない。だから、とにかく早く」


 阿久田は顔に似合わない苦い表情をしながら甘城の方を見た。甘城は首を振っている。


「でき、ません……ぼく、言われてから、自分で、飲もうとしたんです……でも、無理だった……怖いん、です……」

「信じて、大丈夫だから。私ね、しょっちゅう、あの吸血鬼に血吸われてんの」


 どうも、私は甘城(こいつ)に甘くなってしまう。またアイツに拗ねられてしまうかもしれない、と面倒なほうの吸血鬼を思い浮かべる。


「ほら、顔見たくないならあっち向くからさ」


 私は甘城のすぐ側で背を向けて立った。すると、怖じ怖じと優しく私の肩に手をかけた。

 続いて首に鋭く冷たい感覚。牙が立てられたのが分かる。だが、その牙は私の皮膚を刺すことはなく、一度離れた。


「や、やっぱり……」

「…………私の血さ、千年に一度とか言われてて、それくらい美味しいらしいよ」

「えっ……?」

「そう聞いたら飲んでみたくならない? 千年に一度しか味わえないジュースとか私飲んでみたいけどなー」


 振り返って甘城に笑いかけた。何故か甘城は頬を染めて、ポカンと口を開けている。

 変な顔、と思っていたらパシッという乾いた音が鳴った。


「男ならビシッと決めてしまえ」


 阿久田がにかっと笑みを浮かべた。そこで甘城はようやく肩の力を抜いて頷く。

 その姿に私は安心し、また反対を向こうとしたら腕を握られた。


「面と、向かってで、大丈夫です……」


 腕と反対の肩を引かれ、私たちは向き直った。手にはちゃんと力がこもっており、何だか少し緊張でドキドキとしてしまった。


「ありがとう……ございます、岡山さん」


 思ったことはすぐに口に出るタイプの私でも、さすがにこの雰囲気で「私は奥山です」なんて言えるわけもない。

 静かに目を瞑る。


「いただきます」


 その言葉の直後に、私の首に痛みが走る。だが、それはすぐさまフワリとした感覚に変わった。

 そして、私の体は次第に力が抜けていった。私は遠退く意識の中で、大事なことを思い出す。


「トイレット……ペーパー……」

 

 そこで私の意識は途絶えた。


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