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十年前に出会った吸血鬼が求婚してきましたが、断固拒否です。  作者: 藤崎 風華
第二章「憑かれた幼馴染」
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六話「奮闘する狐さま」

 あれから気絶している健人を久徳に担いでもらい、私はお兄ちゃんと合流すべく家に戻った。

 家に入っている間、久徳たちは玄関前で待機している。ちなみに隠れ身の術(なんて言うと吸血鬼というより忍者だが)のおかげで目立たずに済んでいる。


「お兄ちゃん! お酒、買ってきてくれた?」

「おうよ」


『響』と書かれたパッケージの箱を差し出される。『ウイスキー』という文字が飛び込んできて、私はお兄ちゃんを睨んだ。


「ちょっ、これウイスキーじゃん!」

「ダメか?」

「神様にあげるお酒って言ったじゃん!せめてウイスキーじゃないでしょ!」

「買ってきてやったのに文句言うなよ。今時の神様はウイスキーも飲むかもしんないだろ? ちな、これ1万3千円な」

「はあっ?!」


 衝撃価格に開いた口が塞がらない。いくら神様に献上するお酒とはいえ、値打ちがありすぎるというものだ。


「いやいや、高すぎ」

「神様にあげるウイスキーが安物じゃだめだろ。そもそも酒って高いんだぞ」

「未成年の私には分かりませーん」

「まあ安心しろよ、それ、すげえ美味いんだ。きっと、神様も気に入ってくれるぜ?」


 あの狐が味を選り好みして酒を飲んでいるのかは知らないが、居酒屋のアルバイトをしているお兄ちゃんが言うのだから信用しておこう。


「まあ、とにかくありがとう、行ってくる!」


 私はウイスキーの入った箱を大事に抱えて、リビングを飛び出した。



 神社に着くと、狐の前には甘城と阿久田がいた。

 私は二人に駆け寄ると、お礼を言った。


「教えてくれて、本当にありがとう!」


 私の後ろに立つ久徳を、甘城は窺いながら「いえ」と首を振る。阿久田は特に気にする素振りは見せず「おう」と答えた。


「お前達はもう用はないだろう、さっさと出て行くんだな」


 久徳が阿久田に鋭い視線を向けながら言う。彼の顔は先ほどとは一変、「何で俺だけがそんなに睨まれているんだ?」と言いたげだ。

 何とも言えない空気が漂う。それを破ったのは狐だった。


「もう、ここから出られへんデ」

「え? 出られないんですか?」

「神社に結界を張ったんヤデ。酒も持って来てくれとるみたいやしナァ、狸退治といこうやないカ」


 健人を担ぐ久徳が前に出れば、阿久田と甘城が察して後ろに下がった。

 久徳が狐の前に健人の体を横たわらせる。


 これで、健人が治る。私は後ろに下がり、祈るように両手をギュッと握り合わせた。


「さあ、始めヨカ」


 その言葉を合図かのように、狐の体は光り輝いた。反射的に目を瞑る。

 次に目を開けたとき、そこには大きな神々しい狐がいた。一目見て、これが本来の〝神〟としての姿なのだと判った。


「すごい……」


 その姿と放つオーラから畏怖の念を抱き、自然と言葉が出ていた。阿久田と甘城も呆気に取られたように狐の神様を見ていた。


「さあて、狸よ。出てくるんヤナ」


 狐の美しい尻尾がゆらりと揺れる。すると、健人が呻き声を上げた。


「ぐぅああ!」


 この声は健人のものだ。


「健人!」


 私が咄嗟に前へ出ようとしたら、久徳に後ろから引き止められた。


「今、あそこには入れない」

「でも健人、苦しそう。大丈夫なの?」

「無理矢理、妖狸を引き剥がそうとしているのだろう。致し方ない」

「ねえ、健人は助かるのよね?」

「……上手くいけば、な」


 それってつまり、成功しなかったら死んじゃうってこと?


「ぐあああっ!」


 また苦痛な叫びをあげる健人。


「健人ー!!」


 健人に向かって私は必死に叫ぶ。

 あんなに苦しそうなのに、本当にこれで助かるの……?

 涙を流しながら、振り向く。


「無理に引き剥がす以外、方法はないの?!」

「あの神がどんな術を使うのかが分からない。だから、何とも答えられない」

「久徳なら?」

「出来たら部屋にいた時点でやっている。それに、神社全体よりさらに強い結界があそこに張ってあるから、あそこに割り込むのも厳しい」


 今は大人しく祈るしかない、という久徳な無情な言葉に私はへたり込む。

 

「しぶといヤツじゃなぁ」


 狐の周りにポツポツと火のようなものが現れた。そして、瞬く間にそれらは健人の方へ飛んでいき、彼を囲んだ。


「早よ、出てこい。狸め」


 ぼうっと燐火が強まるのと同時に健人の声が辺りに響く。

 私は震えながら様子を見守る。そんな私の体を久徳が抱きしめた。


 お願い、神様。酒臭いとか言って、ごめんなさい。どうか、健人を助けて。


 私が手を握り込んだそのとき。

 健人の体からひゅっと何かが飛び出て、狐の前に降り立った。

 それは、随分と大きな腹を持った狸だった。


「オレノ邪魔ヲスルノハ……オ前カ」


 聞き覚えのあるがさついた低音。私を襲った狸に間違いない。


「セッカク、体ヲ奪エタノニヨオ」

「狸よ、そんなことを言っている場合と思うてか?」


 先ほどより大きい燐火がいくつも出現し、狸に目掛けて放たれる。

 私は側で横たわる健人に被害が及ばないか冷や冷やとした。どうにか健人だけでもこちらに運べないだろうか?

 ちらりと久徳を見上げれば、大きな手が私の頭に乗った。


「そんな顔をするな」


 久徳が手のひらを健人の方に向ければ、健人の体がふわりと浮いた。そのままこちらへ運ばれて来た健人は私の前で緩やかに地面に背をつけた。


「健人……」


 私の涙が健人の手に落ちる。サッと軽く拭って、私は健人の手を取った。

 その肌からはちゃんと人の温かさを感じられ、私は安堵の息を吐く。


「良かった……」

 

 そうして15分ほど、経った頃。私を含め、ここにいる全員は気付いていた。狐がなかなか苦戦していることに。


「実は、狐ってあんま強くねえ?」


 言わないでおいたことを阿久田はぼそっと呟く。


「でもこの間、狸は弱いとか何とか言っていたような……」


 便乗するように私も小声で責める。

 すると、甘城はフォローどころか追い打ちになるようなことを言った。


「だ、大丈夫ですよ、きっと! 狐の神様は狸よりずっと強いと言っていましたし……!」


 甘城以外が何とも言えない目を狐の方に向ける。狐は狸からの攻撃を防ぎながらも、ジト目でこちらを見てきた。


「むむ、神様(わし)を馬鹿にするでない。言い訳ではないが、わしは戦う専門じゃない上に完全体ではないんじゃ!」


 必死のあまり、もはやエセ関西弁も抜けていることには誰も突っ込まなかった。

 

「せやかてヤデ、見ておくんヤナ、ここはわしの領域ヤデなぁ!」


 思い出したかのように使った方言は大分怪しいものだ。しかし、狸を倒すのに懸命な狐サマをこれ以上、責めることを私たちはしなかった。


「ほれ、ほれい」 


 狐がひょいひょいっと狸の周りを駆け回り、次々に燐火を繰り出した。

 それらが一気に狸に直撃した刹那。地鳴りと突風が巻き起こった。


「朱莉……!」

 

 すかさず私を抱きしめる久徳。

 この強風と何かを切り裂くような音……あの時の……?


「…………くっ」


 久徳の腕の中で風が止むのを待つ。少しすると収まり、私は目を開けた。


「あれ……」


 初めに視界に飛び込んできたのはうつ伏せで倒れている狸であった。

 もしかして、あの時の風ではなく、狐が狸を倒すための攻撃だったのだろうか。


「おっ、狸倒せてんじゃん!」

「すごいです、神様!」


 体を起こした阿久田と甘城が賞賛する。しかし、狐の雰囲気はどうも喜ばしいという雰囲気ではなかった。

 重たい声で狐は私の顔をじっと見た。


「わしではない……それどころか、まずいぞ」


 私が首を傾げれば、私を抱きしめていた久徳が立ち上がって健人を指した。


「落ち着いて聞くんだ。この男の〝魂は抜けている〟……つまり、死んでいるんだ」


 え? 死んだ…?


 理解の追いつかない頭。

 だって、狸は健人から引っ張り出して、倒したんでしょ……?



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