魔王の思惑とプラナリアンの断食生活
一方そのころ、西の果てにある魔王城では……
「魔王様。既にお聞き及びかもしれませんがフンボルド王国でついに勇者が召喚されたという噂が世間を賑わせております」
「ふん。愚民どもめが。勇者ごときで騒ぎよってからに。妾にとって勇者など脅威でもなんでもないわ」
跪いて勇者降誕の報告をする一般兵士の前にクソデカい玉座にちょこんと腰掛けるゴスロリ服を来た幼女の姿があった。その姿たるや何と面妖なことだろう。頭には円錐の小さな角のようなものが2本生えており、それは彼女が明らかに人族とは異なる種属の者であることを示している。
「それでは……いかがいたしましょうか?」
「妾が出るまでもない。そうじゃな。プラナリアンあたりに任せるとしよう」
魔王と呼ばれたゴスロリ幼女がパンパンと両方の手のひらを合わせ2度柏を打つと、一般兵のすぐ背後の床にオニデカい魔法陣が出現し、そこから細長いスライムのような何かがずるりと這い出ててきた。
「プラナリアン。召喚に応じ、今ここに馳せ参じ候」
「よくぞ参ったプラナリアンよ。お主にひとつ頼みたいことがあるのじゃ」
「なんなりと」
「フンボルド王国に召喚された勇者を暗殺して参れ」
「御意」
両者の丁度、間に挟まれる形となってしまった一般兵はどこか落ち着きのない様子でおずおずと幼女に近づくや否や、彼女の耳に口を寄せて何やら耳打ちをし始める。
(よろしいのですか?魔王様)
(何がじゃ?)
(あのような気持ちの悪いヌメヌメとした物体に勇者暗殺を一任しても)
(バカ。それを言うでない。もしあやつに聞こえでもしたらどうするのじゃ。あのような容姿でもプラナリアンは驚異的な再生能力を持ち、それ故に鉄砲玉として最も相応しい優秀なモンスターなのじゃぞ。聞くところによると召喚された勇者というものは並外れた魔力量らしい。そこに再生能力にステータス全振りのあやつを勇者にぶつけることで勇者の魔力を枯らす。そうなれば後は簡単よ)
(さすがは魔王様。常に戦いの2手、3手先を。いいえ、100手先を考えていらっしゃる 。まるで将棋のようですね)
(そう褒めるでない。むず痒くなるではないか。そなた所属は?)
(ハッ。第三小隊所属であります)
(明日休暇を取ってもよいぞ)
(ありがとうございます)
配下の者に褒められたことにまんざらでもない様子の幼女は機嫌が良いのか顔をやや赤らめていた。
それを悟られたくなかったのか幼女はゴホンと1つわざとらしい咳払いをし、すぐにキリっとした表情に切り替え、視線をプラナリアンに向ける。
「よーし。プラナリアンよ。早速勇者、討伐の旅に出るがよい」
「魔王様。大変申し上げにくいのですが、我が再生の力。実は時間をしばし要するのであります」
「む、何か問題でもあるのか?」
「我々プラナリアン族は1週間ほど断食をしないと身体を切断された際に体内の消化液によって自分の肉体が溶解していってしまうのです。そのため1週間ほどお待ち頂ければと……」
「なるほど。そうであったか……分かった。1週間お主に時間を与えようぞ。その代わり妾の期待にしっかり応えみせよ」
「はっ。必ずや。それでは私はこれにて。早速、身を清めるために滝行及び断食のためしばしお城を離れさせて頂きます」
プラナリアンは厳めしいバリトンボイスでそう答えるとヌメヌメと蠢きながら王室を立ち去った。
◆
魔王城の薄暗い廊下を這いずりながらプラナリアンは身体から触手を伸ばし端末を操作していた。検索エンジンの検索窓に入力する単語は『宿坊』それに一文字スペースを空けて『格安』と器用に入力し、検索ボタンをタップする。すると魔王の領地内に存在している宿坊いくつか候補が画面内に表示された。
(断食コースは1泊8800ニヤオ……これが1週間となるとなかなかキツイものがあるな。何とか経費で落ちないだろうか)
ニヤオとは魔王の領地内のみに通用する通貨単位である。月の給料が手取りで130000ニヤオであるプラナリアンにとってはかなり痛い出費である。日々の節制のおかげで月にいくらか貯金はできているので支払えないことはないが、これまで安月給でも文句を言わず懸命に働いて稼いできたお金を、仕事のために使うのは言い知れない抵抗感がある。
(勇者を倒すことができれば、魔王様から認められ待遇も必ず良くなる。そのための必要な初期投資と思えば安いものだろうか……うーむ)
魚や肉など毎日バランスよく摂取することを心掛けているプラナリアンにとって食事は日常生活の中の唯一の楽しみであった。退勤後のモロミエ&モロダシストリートの出店で食材を調達しボロい賃貸で、自炊をするのが彼の生きがいだ。断食するということはその生きがいを1週間も奪われるというわけだから、とてもじゃないが未熟な自分の意識レベルでは3日と持たず自炊してしまうのは火を見るよりも明らかなわけで。
だから他人に強制され管理されるような環境に1週間、身を置きたいと彼は考えているのである。
(むっ。ここは格安だな。1泊1700ニヤオ。空き室残り1だと!?)
考えるよりもまず身体が動いた。自然と触手の先は日時を選択し、支払方法はニヤオカード払いを選んで、プラナリアンが我に帰るころには既に予約は終了していた。
(勇者さえ倒せば。勇者さえ倒すことができれば……)
浴槽の残り湯を洗濯や洗い物に利用することも、リサイクルショップに立ち寄ることもなくなる。そしてなにより自炊のための食材に予算を割くことができるのだ。
しかしプラナリアンは知らなかった。彼が予約した宿坊が格安なのにはそれなりの理由がしっかり存在することを……。美味い話には必ず裏があるものなのだ。




